見出し画像

短編怪談1 床

僕の日課は目をつむること。
見たくないものを見ないように。
ぎゅっと瞑る。

そうすれば、人と変わらない日常しか見えない。
でもたまに、無理やり目を開けられることがある。そんな時、僕は走って逃げ出す。そんな事する奴は大抵怖いを通り越して命の危険を感じる奴だからだ。

でも、僕の世界は二つあることに変わりはない。

だいいちわ
ゆか

あの日、僕は空き家にいた。深夜2時。学生が起きていて良い時間ではないが、ノリという名の呪縛によって対して仲がいいわけでもない数人で、いわゆる出るという噂の空き家に立ち入ったのである。

「なぁ、なんもなくねぇ?」
「んぁ、そうだなぁ。寒いし、かえるか?」
山田と田中が口々に言う。
空き家はもぬけの殻で、さしたる物もなく、ただ埃の匂いしかしなかった。
フローリングの上を土足で歩いているからか、湿気で悪くなっているのかミシミシと音が立つ。
僕は早く帰りたくて仕方がなかった。
僕の隣でぼんやりしている小荷田。
こいつが問題だった。
小荷田が歩く度、物に触る度に僕の目が開きそうになる。気持ち悪い。はっきりとした嫌悪感を僕は小荷田に抱いていた。
「そうだな。帰ろう、正直飽きた。なぁ小荷田も、もういいだろ?」
僕がそう言うと小荷田は「ん〰」といいながら床を強く踏みつけ始めた。

ダン!ダン!ダン!

「どうした!?」
「え、おまえなにやってんの!?」
「やべぇんじゃねぇか!?」
僕たちがパニックになった中で、小荷田はただ、ぼんやりとした顔で強く何度も何度も床を踏みつける。

ダン!ダン!ダン!

こわい
そう思った瞬間僕のおでこが痛む。無理やり瞼を開かれそうになる感覚。
僕は思わず小荷田を突き飛ばした。

がしゃっ!

近くにあった化粧台に小荷田が手をつく。
「小荷田!お前なにしてんだよ!」
そう怒鳴ると小荷田はきょとんとした顔で
「なにって壊すんだよ、床を。」
「床?」
「お前らも聞こえただろ?床から人の声が。壊してくれって」
「お前なにを言って……?」
戸惑う僕と田中の脇を通って山田が小荷田に近づく。
「お前なぁ、そういうの止めろって。まじでビビるから。なっ?もういいだろ。帰ろうぜ!今の音で誰か警察に通報とかあるかも知れないし。」

そう言って小荷田の肩を掴んで入ってきた窓につれていく。
小荷田は押されながらぼんやりと踏みつけていた床を見つめる。そして、言った。
「あぁそうだな、もう壊れたし」
驚いて床をみた瞬間。僕の目は抉じ開けられた。
世界が暗く滲みだす。

割れたフローリングの床から人の顔、腕、足の順番で見えた。
うごいてる
それは男だった。油なのか、べたべたの顔でニタニタ笑い、フローリングの裏から割れ目に自分の体を押し付けている。
僕は田中に飛び付いて、おもいっきり窓の方に引っ張り、山田に怒鳴る。

「走れ!!!」

僕が田中を、山田が小荷田を引っ張り、飛び出すように空き家を出て、数百メートル走った。
ただただパニックだった。
そして、四人でファミレスに入って無言で夜を明かした。

日常戻るのは簡単だと思う。
見なかったこと。
聞かなかったことにすればいいのだ。
だから僕は日常に戻れる。


でも、そうはいかない人もいる。


小荷田は数日後、実家の床下で発見された。
警察は自殺と断定したらしい。それ以外詳しい話は聞いていない。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?