短編小説 生き霊

寂れた駅で

喉が乾いて自販機の前に立った

今日は散々だった

イライラを通り越してモヤモヤと頭が熱い

自販機で炭酸系を探していると黒い缶が目についた。

生き霊が見えるようになるミエールz

死霊が見えるようになるミエールα

何だこれ

最近は変な飲み物が増えたがこれはふざけすぎてるな

しかも両方とも微炭酸だ

他の飲み物を見るがこの自販機、この二つしか炭酸がない

最悪だ

完全に炭酸の気分だし、次の電車まで時間がある

近くに自販機はない

仕方ない買うか

下らないネタ商品だし気にしてもしょうがない

どっちにしようか

どっちも同じか

ミエールzを買った。

冷たすぎて持った手が少し痛い。

プシュっと缶を開けて飲む。

安っぽいエナジー系の味だったが飲めないほど不味くはなかった。

半分くらい飲むと軽いめまいがおこった。

膝に手をつく

目眩が収まると同時に自分の身体に何本もの腕が……

驚いた

腰が抜けそうになった

あわてて缶を見る

ミエールzはそう、生き霊がみえるようになる

なんでこんなに生き霊が!?

心臓が早く脈打ち過ぎて痛い

身体が急に冷えた

心臓の音と呼吸の音で頭がガンガンする

どうしよう

どうしよう

悩むだけで時間がすぎる

荒く呼吸をしていたが時間が経つと人間は危険がなければ慣れるもので呼吸が落ち着いてくる

自分の身体をもう一度見るが沢山の腕があるだけだ。

落ち着いてきた

半透明の腕を見る

生き霊か

なんでこんなにいるんだ?しかも腕だけ

一つの手をマジマジと見る

そして、気がついた。

この手は母親の手だ

忘れるわけかがない母親の手だ

他の手を見ると父親の手があった。

仕事をしてる手だ

他の手を見る

あのほくろは唯一の親友の手

あの爪は姉の手

あの手は彼女のだ

どうして?

確かにみんな生きているが、俺はこんなに恨まれているのか?

缶に書かれている文字が目に入った

生き霊とは生きている人間の飛ばす心ですので強い怒り、怨み、憎しみだけではなく、強い愛情や友情も含まれます

と書かれていた。

沢山の腕を見る

地面から沢山の腕が出ていて、自分を支えているように見える

しっかり支えているように

支えてもらっていたのか、俺は

みんな口出さなくても俺のこと支えてくれているのか

視界が滲む

こんなにも沢山の人に俺は支えられていたのか

分からなかった。

イライラして、周りに、当たり散らしたことだってあったのに

気がつくと涙がこぼれ落ちて、膝を地面につけていた

沢山の腕に力が入るのが分かる

言葉にならない声が溢れる

辛いときはいつも自分だけ辛い。周りの人間はなにもわかってない、なにもしてくれないと孤独を感じていた。

でもそうじゃなかった

俺は沢山の見えない心の腕にこんな風にいつも支えられていた

心配されていた。

愛されていた。

孤独じゃなかった。

涙が自分の手を濡らした

電車の音が聞こえる

帰ろうあの町に

そして、みんなに会いに行こう

みんなの顔が頭に浮かぶ

黒い缶はいつの間にか消えていたがその事に気がついたのは電車に乗ったあとだった。


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