見出し画像

ベンチャー企業のM&A活発化から紐解く、IT業界のM&A動向【2018年】

2018年に国内で成立したM&Aのうち、IT業界が占める割合は35%。

▲IT業界M&A件数推移(件)

2018年のIT業界のM&A件数は、11月末時点で979件(公表ベース)だ。

これは、過去最多であった昨年の748件を大幅に上回るペースであり、日本のM&A市場において、初の単独業種で1,000件を超す見込みだ。

なぜ、IT業界のM&Aがここまで活発化しているのだろうか。
本記事では事例を踏まえ、その背景について解説をしていく。

IT業界の中でもベンチャー企業のM&Aが増加した2018年

冒頭にある通り、2018年のIT業界のM&A件数は、1,000件を超える見込みである。

買収金額で見ると、10億円未満の比率が82%でベンチャー企業や中小企業の割合が大半となっている。

さらに、地域別で見ると公表ベースの統計では、売手・買手共に8割が東京の企業、次いで、大阪・神奈川・福岡・愛知等の企業数が多い主要地域が続くものの、日本M&Aセンターの実績では、地方のIT企業からの相談も年々顕著に増加しており、この傾向は今後も続くものと推測する。

なぜベンチャー企業と大手との連携が増えているのか

ベンチャー企業でのM&Aが活発な背景のひとつに、IPOとM&Aを並行して考えるベンチャーの経営者が増え、EXITの手段・成長の手段として、M&Aが積極的に選ばれているということが挙げられる。

以前までは、ベンチャー企業の成功はIPOが王道であり、成長への道のりであったが、近年ではその意識も変わり、売却をポジティブに考える起業家が増えてきた。

一方、大手企業も上記で述べたオープンイノベーションの流れの中で、資金調達のし易い市場環境も相まって、今年も数多くのベンチャー企業と大手企業との提携が実現した。

ベンチャー企業のM&Aは、大きく二つに分けられる。

経営者が新たな事業を始めたい等の理由で、Exitするケースと、そのまま経営者として残り、シナジー発揮にコミットし加速成長を目指すケースだ。

前者の「経営者が新たな事業を始めたい等の理由でExitするケース」は、0→1を行うことへの興味関心が強く、1→10と、組織や管理体制を作っていくことが余り得意ではないという経営者に多い傾向がある。当社への相談でも、IPOの準備を本格的に進めている中、創業者自身が自身の人生と向き合い、本当に望む道を進むために、M&Aを決断するという例も少なくなかった。

それとは対象的に、後者の「そのまま経営者として残り、シナジー発揮にコミットし加速成長を目指すケース」は、単独での成長にもどかしさを感じ、競合の成長スピードも睨みながら、より速く成長するためには、大手グループに入るのが合理的だと判断する経営者に多い傾向がある。

事例
1.ソラコム社:KDDIのネットワークを利用し、IoT事業の海外展開の加速へ
2.dely社:Yahooグループに入り、顧客基盤を活用しIPOを目指す

また、海外のIT企業の大手から、日本のベンチャー企業への投資も増えている。

代表例はセールスフォースだ。自社の顧客情報管理(CRM)クラウドサービスと親和性のある、マーケティングや顧客分析、EC分野などを投資対象としている。過去に投資してきた企業も、クラウド会計ソフトのfreeや、クラウド名刺管理のSansanなど一貫してクラウド開発企業だった。

このように、大企業が自社のエコシステムを広げるために、直接、あるいはコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を通じて、自社の経済圏に近しい事業を行うベンチャー企業へ投資する流れが国内外で加速している。

2018年のキーワードは技術革新・オープンイノベーションの波

ベンチャー企業だけでなく、中堅中小企業の間でも同様に、本業を強化・加速するためのM&Aが増えている。

その要因として外せないのは、従前より続く後継者問題・エンジニア不足である。

それに加え2018年は特に「技術革新・オープンイノベーションの波」に関連するM&A、資本提携が顕著に増加したのが特徴だ。

ひとつずつ、さらに詳しくみていこう。

1.後継者問題
IT業界に限った話ではないが、国内2/3の企業で後継者がおらず、事業承継の手段としてM&Aを選択する経営者が年々増加している。
もはや、後継者不在という問題は大きな社会問題になっており、当社に寄せられる中でも「後継者がいないから売却したい」という相談が大半という現状だ。

関連記事:2018年のM&A振返りと2019年展望:本業加速型M&Aが主流に

2.エンジニア不足
盛況なIT業界による追い風の影響もあり、良いエンジニア、技術者を中々確保できないケースが多く、M&Aに活路を見出す買手のIT企業が増加傾向にある。

3.技術革新・オープンイノベーションの波
自前主義に拘らず外部企業と積極的に連携する企業が以下の3つの理由を実現するために増加。

・クラウド化の進展に伴い、労働集約型ビジネスモデルからの脱却
・新たな技術、サービスの獲得
・ビジネスのデジタル化の促進

その背景には、第四次産業革命と呼ばれる、技術革新の波・デジタル化の潮流が、国内の全産業に波及し、その中心にあるIT企業が異業種を交えて連携を加速していることが挙げられる。

もうひとつ、以前の日本企業は、新たな商品・サービスを生み出すために、自らで人材を採用・教育し、研究開発を行っていた。それに対し、近年は自動運転技術等で他業種と連携する自動車業界をはじめに、あらゆる業界において成長スピードを上げ、海外企業を含めた競争に勝つためのオープンイノベーションがIT業界で浸透していることも大きな要因と言えるだろう。

これらのM&Aに共通するのは、本業を加速させるためのM&Aであるということだ。

【6つの事例紹介】IT業界における本業加速型のM&A 

さらに、「本業加速型M&A」について、IT業界を含めて行われたM&Aの事例を6つ紹介する。

事例1: ㈱ラクス & ブレインメール㈱
【取引時期】2018年2月
【取引価格】15.75億円
【株式取得】100%
両社共に、クラウド型メール配信サービスを提供しており、機能・サービス面・価格面はお互いが補完関係にあった。両サービスはそれぞれ異なった特徴・強みを持っていることから、双方のノウハウとリソースを投下することで、売上拡大、利益率、シェアの向上を目指す。

事例2:㈱三菱総合 & ㈱アイネス
【取引時期】2018年5月
【取引価格】29.45億円
【株式取得】8.73%
双方の強みとする、公共・金融分野を中心に、商品開発、営業チャネル、技術・ノウハウ、人材等で包括的な協業体制を築き、先端技術を取り込んだ、サービス及びシステムソリューションの提供と受注機会の拡大を図る。

事例3:㈱CIJ & 日本フィナンシャル・エンジニアリング(JFE)㈱
【取引時期】2018年9月
【取引価格】ー
【株式取得】100%
JFEは設立以来、金融システムに強い人材とともに、銀行の業務ノウハウと豊富なシステム構築経験を有している。CIJは2016年に金融ビジネス事業部を立ち上げており、互いの強みを活かして金融事業の一層の拡大を目指し、グループ内の技術者のスキルアップ、営業案件の共有、パートナー調達を連携する。

事例4:LINE㈱、㈱三菱UFJ銀行等 & free㈱
【取引時期】2018年8月
【取引価格】65億円
【株式取得】ー
freeは企業ミッションを、「スモールビジネスを、世界の主役に。」と新たにし、ビジネスの強化に寄与できるプラットフォーム形成の実現へと加速。LINE、三菱UFJ銀行との業務提携を行い、人工知能(AI)技術を使った最先端の機能開発や、バックオフィス業務効率化のソリューションを提供。

事例5:㈱NTTドコモ & ㈱オールアバウト
【取引時期】2018年5月
【取引価格】26.77億円
【株式取得】16%
両社で新たなマーケティングソリューション(データを活用した広告商品)の開発、生活者向けメディア事業の拡大など、両社事業の発展を目指す。双方が持つデータを連携させ、企業向けコンテンツマーケティングの強化、共同広告商品の開発、販売を行う。

事例6:KDDI㈱ & ㈱カカクコム
【取引時期】2018年8月
【取引価格】793億円
【株式取得】16.7%
「価格.com」「食べログ」などのサービスと、「auスマートパス」等のau利用者向けサービスとの連携を通じて、顧客のライフスタイルにあわせた最適な商品・サービスの提案を実現。両社のサービス・メディアを連携した事業の高度化を加速。

ビジネスモデルの転換期「2025年の崖」

2018年9月。経済産業省は「2025年の崖」と題したレポートを出した。

端的に言うと「日本企業の古い基幹システムの維持、メンテナンスばかりやっていては、急速に進むデジタル競争の敗者になってしまう。システム刷新をせず、技術的負債とリスクを抱え続けることによる、経済的な損失は2025年から5年間で最大12兆円/年にもなる。」というものである。

日本のシステム開発業界は、労働集約型の多重下請構造でこれまで大掛りな基幹システムを各企業の個別業務に合わせ、人を集めて開発し、その工数で対価を得るビジネスを続けてきた。

しかし、今後は基幹システムにおいても、欧米のようにクラウド化が進むことが予想され、単純な受託開発ビジネスは時間をかけて緩やかに淘汰されていくだろう。

あらゆる産業においてデジタル化が進む中、同レポートではIT企業が目指す姿として、「受託業務から脱却し、最先端技術活用の新規市場を開拓し、クラウドベースのアプリケーション提供型ビジネスモデルに転換していくことが必要である」とも述べられている。

こうした流れにおいて、IT業界でのM&Aは今後も上昇傾向だろう。

次世代に繋いでいくために

「経済環境・業界環境」が良い今だからこそ、次世代に向けた成長戦略を真剣に考える時期である。

そこでの選択は自助努力のみではなく、外部連携も積極的に検討して行くべきであり、そうしなければ、永続的に存続、発展して行くことが出来ない時代になったのではないだろうか。

文:日本M&Aセンター 業界再編部 副部長 IT関連業界責任者 瀬谷祐介

関連記事
2018年のM&A振返りと2019年展望:本業加速型M&Aが主流に
2018年の調剤薬局業界M&A動向まとめ
2018年の建設関連業界M&A動向まとめ
2018年食品業界M&Aの振り返り 件数は過去最多を更新

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?