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国境なき翻訳者団

                             松井ゆかり

「国境なき医師団」が紛争地域の医療に貢献している様子を報じるニュース等を聞かれた事があると思いますが、本日は「Translators without Borders : 国境なき翻訳者団」について紹介したいと思います。

お友達にこの組織のボランティア翻訳者がいた! ボストン在住の翻訳家 本山真弓さん。彼女から、この組織はIT技術とボランティア翻訳者を動員して、多岐にわたる翻訳作業を行っている(機械翻訳ではない)と聞いて、その仕組みに興味を持ちました。

当会では、行政のHPの多言語対応につき頻繁に取り上げていますが、コミュニティに住む外国人への情報提供を、行政の仕事と限定するのではなく、もう少し広い視点で捉え、「Translators without Borders」のような仕組みも参考に、ボランティアの力を利用する可能性もあるのではと考えました。

翻訳作業の流れ

• ボランティア翻訳者はメーリングリストに登録され、現在募集中の翻訳案件=「タスク」がEメールで送られてくる。(毎日・週一度など、受信頻度は本人が設定可能)

• ボランティアは、各「タスク」の概要・ワード数・提出期限を見て、引き受けるタスクを選ぶ。強制ではないので、引き受けなくても構わない。「タスク」は比較的短く設定されており、引き受けるボランティアが引き受けやすい工夫がされており、通常その日のうちに提出可能な分量に区切られている。

• 引き受ける場合、Eメールに記載されているリンク先に飛んで 、作業を担当を表明するアイコンを押す(ここではsubmitと呼ばれる) すると、翻訳者コミュニティ用の専用翻訳システム(Kató)に移り、すぐに翻訳作業が始めらる。

(注:このKatóシステムは自動翻訳ソフトではない。複数の翻訳者がグループで作業を行っても、アウトプットの一貫性が保てるように、原文と翻訳後の原稿をチェックし、句読点や、同一の単語に対して同じ訳が使われているか等がチェックできる模様。)

• 例としては、一つの原稿が複数(例えば3つ)の「タスク」に分割され、3人の異なるボランティアが担当する(同一人物の場合もある)、翻訳の質を担保する為、「タスク」2は必ず「タスク」1のレビューが完了後しか開始できない。「タスク」2の翻訳者は「タスク」1の内容を見て一貫性を保てる。3つを同時並行翻訳はしない。

• 「タスク」を提出すると、別のボランティア(reviewerと呼ばれ、比較的経験の長いボランティアが担当)によるレビューが行われるシステムが構築されている、訂正があればここで行われ、ほぼ一日以内にはレビューが完了している模様。

• 完成後、翻訳ボランティアの仕事の質についての採点結果がオンライン上にある翻訳者のプロフィールページにフィードバックされ、実績として加算、表示されてゆく。具体的には、訳したワード数、経験分野(legal, literary, education, health, peace & justice等)、翻訳をレビューした人による採点(5段階評価で、accuracy, fluency, terminology, style, designについて評価)、技術向上のために受講した研修等の記載。

• 米国では一般的だが、履歴書に、ボランティア活動での成果を記入することは、求職時にスキルの証明の一環として行われている。上記プロフィールページの評価内容を、そのような目的に使用するボランティアもいる。また翻訳者キャリア支援制度があり、一定ワード数以上のボランティア翻訳をするとこの組織から推薦状を書いてもらうことができる。つまり金銭的報酬はなくとも有益な経験が得られそれを証明してもらえるため、仕事の質を上げるインセンティブが働く。

• また、単に言葉だけでなく、組織の組織のビジョンや翻訳者としての行動規範、心構え等についても研修がある。


 作業量や頻度のノルマはないため、引き受け手のない「タスク」が残ることもあるようで、私の知人は、募集メールに残り続ける「タスク」を見るに忍びず、引き受けてしまう根っからのボランティア翻訳者のようです(笑)

仕組みのポイント

繰り返しになる部分もありますが、この組織が多くのボランティアを動員し、質の高い翻訳を提供し続けられる仕組みのポイントは:

1) ボランティアの外国語能力に関しては一定の基準を設け、別の経験あるボランティアがレビュー・評価することによりアウトプットの質を担保している。

2) 翻訳者コミュニティが共通して使用する翻訳作業システム、メーリングリストによるタスク通知、オンライン上の評価フィードバック等、IT技術を駆使し、全てオンライン上で作業・連絡を可能にし、効率化を図っている。また、これにより能力あるボランティアの募集に地理的制約が生じない。

3) 「タスク」を比較的短く分割し、事前に詳細を通知することにより、翻訳者の精神的負荷を軽減、作業時間予定を容易にし、レビューまでの時間を短縮する工夫がされている。


4) 仕事の質をフィードバック、記録する事により、翻訳者は技能向上の指針、キャリア支援を受け、組織は各ボランティアの能力、経験を把握できる 相互に有益な関係を築いている。

行政やコミュニティのボランティア通訳組織のご参考になればと思います。本山真弓さんありがとうございました。

組織に合った有効な「しくみ」について興味を覚え、他にも2例ほど、お話を伺いましたので、後日別途投稿致します。

                          (2021年2月13日)

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