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決着をつける、ということ

朝ドラの話しかしないのか、と自分でも思わざるを得ないのですが、切なさや苦しさはまさにこの15分の中に凝縮されているのです。

『スカーレット』第30話にて草間さんは戦時中に生き別れた妻とついに再会します。なんとなく評価が定まりきらなかた本作において、今回がドラマの品質を語る上でのエポックメイキングとなるのではないかと感じます。

戦時中の苦しさも戦後の混乱も私にとっては歴史の一つです。想像することはできますが、本当にどれほどの苦しさやつらさがあったかということは理解することはできないのです。その時代に生きるということは、そこで起きるできごとの影響を全て受け入れるということです。

草間さんは戦時中に夫婦で満州へ赴き、夫人とは別々に帰国します。戦後の混乱の中、草間さんは妻を探し続けますが、生死すら確かな情報を得られずに長い長い年月を過ごします。

しかし、草間さんの周囲にいる人たちは、あえて彼に奥さんの情報を知らせなかったという背景が昨日の放送回で明らかになります。奥さんは他の男性と生きる道を選んでいたのです。

どの時点で草間さんがその事実にたどり着いたかは不明ですが、手帳の中に写真を持ち続け、直接声をかけることをしなかったことからも彼には心の整理に時間が必要であったことがわかります。

草間さんは喜美子にこれは「夫婦の問題だから」と告げますが、彼自身の問題であることは誰よりも自分自身が知っています。生涯、顔を合わせないという選択肢もありました。草間さんにそれができなかったのが「自分自身が生きている」ということを相手が「知っている」ことにあります。

妻は新しい男との生活を選びました。草間さんが戦死したと思ったからかもしれませんし、誤報があったのかもしれない。戦後にはあちこちで起きた問題なのかもしれませんが、戦争を生き抜いた男に対してはあまりにも絶望的な状況です。

思い出さなければいけないのは、草間さんは戦後しばらくの間心を病んでいました。信楽で過ごした日々が彼に滋養を与え、自分の人生を生きるために東京へ向かわせたのですが、彼を待っていたのはあまりにも苦しい現実でした。

食べられなかった焼飯、他のお客が先に帰るまでそこで過ごした長い時間、見つめあっただけで交わされない言葉、残された離婚届、「幸せに」とだけ書かれたメモ。その一つ一つに草間さんの「戦後」がありました。

生きてさえいてくれれば、彼女が幸せになってくれれば、という心境にたどり着くまでにどれほどの葛藤と苦しさがあったでしょう。喜美子の存在がどれほど今日の草間さんを救ったことでしょう。草間さんの「戦後」はようやく決着をつけられたのです。彼の人生はようやく次のステップに進むことができるのです。

「先生に礼!お互いに礼!」なんてさわやかで心地の良い挨拶でしょう。
草間さんはどうしても決着をつけられなかったものに蓋をせず、しっかりと終わらせることができました。

草間さんの生き方が喜美子の指針になっていく。
『スカーレット』はようやく見応えが出てきました。



小説や新書、映画や展覧会などのインプットに活用させていただきます。それらの批評を記事として還元させて頂ければ幸甚に存じます。