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ホテルのコンセプトをどう練るか、競争力の源泉は・・・。 龍崎翔子さん×星野佳路さん「Nサロン」トークセッションレポート

これまで数多くのホテルや旅館を再生してきた星野リゾート代表・星野佳路さんと、学生ながら5つのホテルを運営するホテルプロデューサーの龍崎翔子さん。30年後を見据えて、日本のホテルをどう変えていったらよいのか。ビジネス×クリエイティブをコンセプトに掲げるNIKKEIとnoteの共同コミュニティ「Nサロン」は4月15日、お2人をよく知るMATCHA代表取締役社長の青木優さんをモデレーターとしてお招きし、『伝統産業を、デザインとクリエイティブで再定義する。』と題して世代を超えたイノベータートークセッションを開催しました。なお、グラフィックレコーダーの成田富男さんと中尾仁士さんに、セッション内容をリアルタイムに描き起こしていただきました。トークセッションのハイライトをグラレコとともにお伝えします!

日本のホテルの現状は

星野さん 日本のホテルの栄光時代は、1980年代前半だったと思います。日本の御三家と言われるホテルが、雑誌のランキングで世界1位を取った時代ですね。そこから失敗した理由は、バブル崩壊ではなく、なぜ日本のホテル会社がアメリカでホテルを運営するのかという問いに答えられなかったからです。その後、日本のホテル会社は低迷を始めた。現在、世界のホテルは欧米の運営会社が駆逐しており、日本のホテル会社は国内に留まっている。「さて、これから、どうするの?」というのがこれまでの流れですね。

龍崎さん 金沢とか仙台などちょっとした地方都市にいくとホテルの選択肢がないことがユーザーとしての問題意識にありました。富裕層向けのラグジュアリーホテルか、リーズナブルなビジネスホテルしか選べないんですね。そんな中、大きな転機は、2011年ごろからゲストハウスが「おしゃれ化」したこと。急激に洗練されて、インターネットを通じてバックパッカーたちが質の高いゲストハウスの情報を共有するようになり、泊まれるカフェのようなおしゃれ系ゲストハウスが増えました。その後、ビジネスが成立すると注目したデベロッパーによる不動産系のゲストハウスも増えてきた。最近の流れはライフスタイル系ホテルと言われるホテルが増えてきたことです。日本にもともとあったブティックホテルもこの3年ぐらいで急に増え、この分野もデベロッパーの参入が盛んになっています。 

競争力の源泉は何か

星野さん ホテルは真似しやすい業態なんです。だから競争力の源泉はどこにあるか、見極めないといけない。新しいホテルは常に出てくるので、表面的なデザインなどではない真の競争力を見つけなければならない。星野リゾートの競争力の源泉は、「生産性」だと思う。日本のホテル運営会社が再び世界に出ていくにはどういうシナリオがあるのか。いまさらながら世界に出て行って勝ちうるパターンとは何か。世界のホテルと違ったパターンを見つけないといけないが、その答えは生産性ではないか。もちろん「常に新しい魅力」を提供することも競争力の源泉だ。モチベーションの高いスタッフが、常にあたらしい舞台をつくり続けるといった集客も大事。だが、生産性を高めて利益率を上げて、投資家を味方につけていくことが真の競争力につながる。

龍崎さん ウチの競争力の源泉は商品企画力だと思う。湯河原で引き継いだ温泉旅館は赤字だった。あまり条件がよくない旅館で、考えついた企画は「卒論執筆パック」だ。卒業を控えた学生が卒業論文を書くために温泉に「缶詰」になるというものです。料理も質素にして、当初は1泊2食で7000円と安価に設定したところ、めちゃバズった。これに味をしめて「大人の原稿執筆」パックも売り出し、こちらも好評となりました。このほか「積読(つんどく)解消パック」など「パック」商品が売上高の8割を占めています。交流サイト(SNS)も積極的に活用しています。なかでも注目しているのが、客の投稿を活かすUGC(ユーザージェネレイテッドコンテンツ)。自分たちのホテルが「刺さる」層に効くマイクロインフルエンサーにPRしてもらう。自分から載せたい、と思ってもらえる仕掛けづくりが大事。写真映えも客の宿泊体験を完成させる大事な1ピースだと思う。

「言葉の力」の磨き方

星野さん 自分で表現力を磨こうなんで思ったことはないんです。31歳で社長に就任した当時に、今いるスタッフが辞めないように必死に考えたことと、頻繁に研修をしてスタッフとコミュニケーションをしたため、表現力が鍛えられたのだと思う。さらには、リクルーティングのときにも口説くための表現力は必要だった。社長になってから最初の10年間の本当に大変な時期に、いかにコンパクトに、記憶に残る表現をするかということが、あらゆる場面で求められた。その経験の積み重ねが、今につながっているように思いますね。あと、経営者は、自分自身で思っているよりも、もっと自信があるように言わなければいけない。それは経営者の役割なんです。

龍崎さん 感性と言葉は別物だと思います。私は、自分のセンスを良いと思っていないんです。それより消費者としての自分をきちんと認識して、解像度が高くなるまで突き詰める、ということを大事にしています。なんとなく過ごしてしまうのではなく、何をイケてると思うのか、何が欲しいと思うのかという気持ちを言語化してビジュアル化しています。「言葉」については、私が小中学生のときに生徒会長をしていて、壇上で話すときに小学生でも飽きない言葉を考えていたのがルーツかな思っています。また、インタビューを受ける機会が多く、自分の考えについて深く考えられるので、そういう機会でも表現力を鍛えられてると思います。

コンセプトをどう練るか

星野さん 私は、最初はあまのじゃくから入るようにしています。あえて周囲が言っていることに反対してみる。例えば熱海だったら温泉街だし、男性が宴会やっているイメージ。そこに「子どもを連れていってみようよ」と、常識に対して真逆で入っていくという気概からスタートするといろんなアイデアが出てくる。こうして多くのアイデアを出していきますが、最後はやっぱり数字ですね。どのぐらいの部屋単価と稼働率になるか? それで結局は王道に戻ってしまったりするが、最初にめいっぱい「跳んでいるもの」をリストアップして、それをどう数字を使って王道の範囲に収めるか。そんなプロセスで練り上げます。

また、決定までのプロセスを重視しています。「奥入瀬渓流ホテル」は苔を楽しめることがヒットしましたが、私に言わせれば軽井沢なんか苔だらけだし、「そんなものわざわざ青森まで見に行くか」と、最後まで疑っていました。しかし、ここはプロセスがよかった。奥入瀬は本来、紅葉と渓流が見られる場所ですが、それにまず反発してみようというところから、いろんなアイデアが出てきた。ここは日本でも多くの種類の苔がそろっており、背景がしっかりしていました。よくよく計算してみると集客できそうという数字的な根拠もあった。現地メンバーの盛り上がりも1つの要素となりました。

龍崎さん どのホテルを始めるときでも「ここはどういう街なのか」を解釈することを必ずやっています。街らしさをどこに求めるかが大事だと思う。京都だったら障子とか、竹とか、赤い傘とか、には絶対したくない。街の歴史と今後を考えるのです。「HOTEL SHE, OSAKA」のあるのは大阪・弁天町ですが、大阪といっても人情とかタコヤキとかお笑いでなく、弁天町であれば、陰ひなたの歴史を持っている場所だと思う。そうした歴史に光を当てて考えます。予算的な問題もありますが、ブランド力のある土地ではやりません。例えば東京の代官山でホテルをやっても、私が代官山のブランドに乗っかっているだけ。「なんやそこ」みたいに思われているような場所で、自分たちの力で街の評価を高めていきたい。

社員のキャリアパスとそのインセンティブ設計

龍崎さん キャリアパスの話をすると、私たちの会社は、単純な接客業として社員を育てていないんです。私は、ホテル業というのが衣食住や、制度設計や、マーケティングや企画など、多様な職種の人が集ってつくる、ひとつの総合芸術的なビジネスモデルだと思っています。ですから従業員にも、接客と、その人の職能を掛け合わせて働いて欲しいと思っていて、最終的には、接客もできるけれども、なんらかの自分の職能も極められる、という状態を目指してほしいと思っています。

星野さん ちょっと古い時代の考えかもしれませんが、社員には『総支配人』を目指してほしいと思っているんです。われわれの組織は、現地の総支配人をいろいろな部隊がサポートするように構成されています。私は、ホテルの総支配人、どんなことでもできるスーパーマン、一国一城の主を全員に目指してほしいと思っている。私は、総支配人としてのスキルが、「どこの国に行っても食べられるスキル」だと思っているんです。そういった、たとえ会社を離れた人でも、星野リゾートにいてよかった、と思えるような状態を目指させることが大事なことだと思っています。

日本のホテルの将来は

龍崎さん 10年後じゃなくてもしかしたら30年後かもしれないが、ホテルは絶対にいつか減ると思う。今後は「移動」の時代になると、泊まるためだけのホテルはなくなる。ホテルがなくなる時代に何が求められえるか、をいまリアルに想像しており、30年後はそれをやりたいという。

星野さん 私は、ホテルは増えると思う。世界ではまだまだ旅をしたことのない人のほうが多く、これからは旅をしやすくなる世の中になると思うからです。ただ、日本のホテル業界は、世界のトップになったときから30年以上くやしい思いを続けています。「世界に通用するホテル運営会社になりたい」というのが私の最後の夢。日本のホテル会社が、世界に一つもチェーン展開していないことは、おもてなしの国としてありえない。私の時代にどこまでできるかわからないが、その足がかりとなる案件をいくつか手掛け、次の世代にバトンタッチしたい。

龍崎さんは、1996年生まれ、京都府出身。8歳時に家族でアメリカ大陸を横断した時、1日の最終目的地であるホテルに「もっと気分が上がるホテルがあったらいいのに」と不満を抱いたという。ホテル経営に興味を持ち、東京大学在学中に北海道の富良野のペンションを購入してホテル経営を始める。現在はL&G GLOBAL BUISNESS, Inc.代表として、北海道以外にも、大阪、京都、湯河原などに計5つのホテルを運営中。

星野さんは1960年、長野県軽井沢町生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、米国コーネル大学ホテル経営大学院にて修士号を取得。米国でのホテル開発や金融機関勤務を経て、1991年に星野温泉旅館 (現在の星野リゾート)4代目社長に就任。所有と運営を一体とする日本の観光産業において、いち早く運営特化戦略をとるビジネスモデルへ転換。「星のや」「リゾナーレ」「界」「OMO(おも)」の4ブランドを中心に、国内外38箇所の施設を運営中。

モデレーターのMATCHA代表取締役社長 青木優さんは、1989年東京生まれ。明治大学卒業後、デジタルエージェンシーaugment5 inc.を経て独立。2013年12月株式会社MATCHAを設立。2014年2月より訪日外国人向けWEBメディ「MATCHA」を運営しています。

このレポートは、NIKKEI山田豊、グラフィックカタリスト・ビオトープ成田さん中尾さんによる共同編集でお届けしました。お読みいただきありがとうございました。

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