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小説          俺が「君を愛す方法」第4話

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全話で約23000字
第4話約3000字。

少し長めですが後半はほんのり甘ずっぱぁい描写です。

1話〜3話までの話のあらすじ

高校教師である俺 冬賀隼也ふゆがしゅんやは放送部の女子生徒  有栖サナありすさなと偽恋愛を続けている。憎む相手の娘である有栖を利用し復讐をするためだ。有栖はそれを知る由もない。

俺の愛する妻と娘を失った過去の経緯いきさつとは?

そして、4話は、俺が知らなかった妻と娘の真実が分かっていく中、あらたな人物と出会い、物語は進展する。

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第4話

大会の結果を持って地元へと戻る。
それぞれの人生の思い出と一緒に帰る。

俺にとっちゃ、ただの記録にしか過ぎないが。

辛い事、悲しい事は時が解決してくれる、とかよく人は言う。日にち薬なんて言葉もあるけど、俺は、どうやらその薬は効かないらしい。相変わらず俺の心は空っぽで死ぬために生きていた。


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有栖ありすや、舞野まいのが3年生になる前のある冬の日、ショッピングモールで小学生が売り物のピアノに触っていた。5.6年生くらいだろうかその少年は、ピアノの前でフゥッーと息を吐くと、その後、なんとも美しいメロディーのワンフレーズを見事なまでに奏でて見せた。近くを歩く人達が振り返り立ち止まる。初老の男性が大きく拍手をした。

少年は、ハッと我に返って恥ずかしそうにあたりを見回して、母親らしき人の元へと駆け寄っていった。

なんだか、聴いた事のあるフレーズ。
なんだろう。甘く柔らかい思い出?‥‥。

それから俺は偶然にもその1ヶ月後にまたその少年に会ったのだ。

前日はいつに無く雪がよく降った。駅へと向かう道の途中で少し坂道になった所があるのだが、そこを足元を見ながらゆっくり歩いていた少年が俺の目の前で転んだ。

溶けかけてまた凍った雪に滑ったのだ。
転んだままの少年に思わず駆け寄った俺は、その少年がショッピングモールでピアノを弾いたその子だとすぐにわかった。

「大丈夫?」

「はい、ありがとうございます。」

「君、1ヶ月くらい前、ショッピングモールでピアノ弾いていた子だよね?
あのワンフレーズ、なんて曲?」

「あー、『星に願いを』です。リー.ハーラインの作曲です。」

星にねが‥‥。俺は、その場で固まった。

「君、名前は?」

小田拓真おだたくまといいます。」
オダタクマ‥‥。聞き覚えのある名前だ。

「ひとりで帰れるかな?俺、ちょっと急用思い出しちゃったんで行くよ?」

「あ、あの、ありがとうございました。」

俺は振り向いて少年に軽く手を振った。

『星に願いを』ってあの曲、柚良ゆらが弾いてた!
俺は、今ある力を全部出し切って走った。
家のドアを開けると寝室の押入れへと息を切らして向かった。見るのが辛くて押入れのダンボールに詰めた、柚良のピアノ教則本。
赤丸、花丸、可愛いシールが貼ってある。

柚良‥‥。柚良‥‥。君が今、天から降りてここにいるなら、この曲を弾いてくれ。
あぁ‥‥。

『まりおかピアノ教室 発表会』のプログラムがはらりと落ちた。


連弾部門 奏者 小学3年 小田拓真おだたくま

       小学1年 崎田真子 さきたまこ

   曲名『星に願いを』

崎田真子?小田拓真との連弾は、うちの娘じゃなかったのか?

タクマくんと連弾をすると張り切っていた。『星に願いを』を何度も同じところを間違えてその度に「あっ、」「あっ、」とため息を漏らし練習していた‥‥。俺の淡い記憶が蘇る。

ピアノが大好きだった。妻の麻美あさみによく似た、瞳の綺麗な色白の子だった。柚良とは、些細なことでケンカしたままだった。俺、嫌われたまんま柚良を天国に逝かしちゃった。

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俺は2人が愛おしくてたまらなかった。眠たくなるとすぐ俺に寄ってきて肩や膝を枕代わりにする、2人もよく似て寝顔もそっくりだった。
麻美あさみ…‥。大学の時から俺の心のど真ん中にいつも居座っていた君。もう、どこにもいない。そしてその君の分身、柚良。2人を守りたかった。
その温もりを大切な温もりを有栖一家が!!

有栖一家が!!

絶対に許さない。『死』よりも辛い償いをさせてやる。

もう決して聴く事の出来ない愛する娘の奏でる音‥‥。愛しい妻の笑い声。

今までよりも、もっと深い憎しみが部屋を覆った。

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抗不安薬が切れそうだ。辛い時は、これがないと前へ進めない。

いつもの診療内科へ行った。
辛い。麻美と柚良のいない生活。いくら日にちが経とうとも悲しみは癒えない。処方された薬をどれだけ飲もうとも一時的に落ち着くだけ‥‥。

有栖達が3年生になってしばらく経った頃
俺は、体調を崩した。学校を3日も休んだ。
風邪をこじらせ寝込み、熱がひいた後も頭痛がした。時折吐き気も襲ってくる。何もする気になれずにいた。薄暗いアパートの部屋で
深い孤独を感じ叫び出しそうだった。

有栖が何通もメールをくれてる。返信する気にもなれなかった。

休んでから3日目の夕方、誰かがドアのブザーを押した。居留守をした。しばらくして声が聞こえた。

「先生?いるの?有栖です。」

《えっ?有栖?学校を卒業するまではうちに来るなとあれほど約束したのに‥‥》

「有栖?約束しただろ?帰ってくれ。」

「先生?声が聞けた‥‥。よかった‥‥。辛かったね。1人で耐えてたんだね。」

「来ちゃダメだ!」

「分かってる。」

しばらく無言で何十秒か経ったと思う…

〈ガサッ!〉
何かが落ちる音がして、その直後ドンッと大きく、にぶい音がした。

「有栖?どうした?」

俺は思わずドアを開けてしまった。

白いレジ袋が落ちていた。その中身が飛び出して散乱していた。傍らに有栖がうなだれたままその場にへたり込んでいた。

「大丈夫か?」

「ごめんなさい、先生。私、帰らなきゃ。約束だもん。先生を困らせたらダメだよね。」

有栖の頬が濡れていた。俺の顔を見てすぐに目を伏せた。それを見た俺は、

「入れよ。」

有栖の腕を掴み立ち上がらせ、奥へと誘導した。

ドアの外に落ちたレジ袋を後から拾いに行った。市販の風邪薬と、みかんの缶詰。林檎、スポーツドリンク、ごはんの真空パック‥‥。アイスクリームは溶けてベチョベチョになっていた。

ふふっ、典型的な病人グッズだ。

「有栖?あんがとな。心配してくれて嬉しいよ。」

「先生、ごめんなさい‥‥。」

「もう、顔上げて俺を見てくれ。」

俺の顔をゆっくりと見上げる彼女の表情は
不覚にも俺の心を溶かした。かたくななかたまりが崩れそうになったのだ。唇さえも重ねてしまいそうだった。

けれど‥‥。

目の前に、若く美しい少女がいて、その少女は俺に好意を寄せている、そんな出来上がった状況にさえも俺を立ち止まらせる、麻美と柚良の影。何をしていても2人のことを忘れた事はない。

いや、俺は、今、なんなくこの状況を受けいれ、彼女の望み通りに接することが正解なのか?‥‥。

「先生?しばらく居ていいの?」

「あっ、あぁ。」

彼女は、少し安らぎ、そして微笑んだ。

「あのね、やっぱ、熱がある時ってさ、お粥と、フルーツじゃん。買ってきたよ。てかさ、思ったより元気そうで安心したよ。」

「あぁ。」

「先生、さっきから、『あぁ、』ばっかじゃん。あっ、台所借りるね。冷蔵庫‥‥。
えっ?なんもないじゃん!」

「俺、少し横になるよ、まだ少し頭痛もするし‥‥。」

「うん。」

俺は、万年床に横たわった。
有栖が台所に立っている。長めでサラサラの髪をゴムで縛り、その清楚な感じが、また俺を惑わすのだ。

「先生?すりすり器ある?」

微睡まどろむ俺に楽しそうに有栖が聞いた。

「すりすり器?何?すりすり器って。」

「ほら、こうやってシュッ、シュッ、ってするやつ。」

有栖は、身振り手振りで説明する。

「あ、おろし器か?あんま、使わないからなぁ、そんなもん、あったっけかな‥‥。」

「あっ!あった!」

有栖が屈託のない明るい声で叫んだ。

「敢えて林檎の皮をかずにすりすりしまーす。林檎の皮には、ポリフェノールってのがあってね、身体にいいの!」

けないんじゃなくてか?」

俺の冗談ぽい問いに有栖は可愛いげに口をとがらせた。

「先生、出来たよ。」

有栖はテーブルにすりたての林檎を置き、寝床にいる俺に近づいてきた。そして一緒に横たわり、こう言った。

「ずっとこうしていたい。先生の事、大好き。」

そのひたむきな表情に、俺はとっさに顔を背けて、ただ指を絡ませた。

頭の後ろから有栖が

「先生?こっち向いてよ。」

と言う。背中を抱きしめられた。

「風邪、移っちゃうだろ?」

俺は、本音を隠してそう答えた。‥‥。
本音?本音は、はたして、本音は、彼女を憎んでいるのか、そうでないのか、まさか愛してしまったのか、俺自身、わからなくなっていた。

テーブルの上のすりおろし林檎が茶色に変色していた。俺は、それを一口含み、

「有栖、ありがとう、美味うまいよ。」

林檎が美味いと感じたのは、

心底本音だっただろう。


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to be continued

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