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14.新しい朝

が来た、絶望の幕開けに相応しい月曜日の朝だった。


土曜日、家に帰ると体が重くて、何を考えるわけでもなく脳みそがスタンバイ状態になった。パチン。と音がしてスーッと意識が無になっていく。でも体は起きている。ただ、意識だけ、何かを考えるのを避けるように、ひっそり脳みその端っこに追いやっているような、そんな感じだった。

それでも、寝て起きて日曜日、最後の休日にはまた唐揚げを揚げ、あたたかい唐揚げを食べてまた自分の才能にクラクラしながら、多分明日は、何事もなかったように出勤し、月曜に集中して入れられた多方面の定例ミーティングを5つこなして、部下にガッカリし、上司にガッカリし、マーケティング部の新人に体だいじょうぶなんですかー?!なんてオーバーリアクションで話しかけられるだけの、他愛のない月曜日を過ごせるだろう。そう思っていた。


そして今日、「月曜日の朝」を迎えた。心配で目が覚めた。体を起こして、ふとんにしがみついたまま、今日の予定が頭をよぎる。今日は、定例ミーティングが5つある。いつも通り、無能だと罵られるし、この休みを無駄にする気かと公開処刑され、部下に公開処刑され、上司に公開処刑される。ああ、これが現実だった。昨日の自分は、何を考えてたんだ。バカか。やっぱり無能か。もうダメなのかもしれない。

パチン。とまた頭の中で音がした。でも脳みそは考えることを辞めなかった。そっか、もう、私は普通じゃないんだ。本当にバカみたいだった。仕事を頑張ってきたことへの意味が一瞬でなくなったと思った。そこまで考えたところで、布団に顔を突っ込んで、声を出して泣いた。誰かにとって都合のいい人でしかなかった。会社にとっても、チームにとっても、彼にとっても。誰かの一番でいたかった。特別な唯一の人でいたかった。でもそれは全部勘違いだったんだな。生きてる価値なんて、半年前あたりからなくなってたんだな。

泣きながら、彼にLINEで「ごめんなさい」「もう無理です会社行けないです」「本当にごめんなさい」と送った。相変わらず軽いノリで返信をしてくるこの男に腹を立てる気力すら残ってなかった。電話がかかってきたが出る気力も沸かなくて、「あとでかけます」とだけ返信をして、その間ずっと心がヒリヒリしてて何が悲しいのかもよくわからないのにずっと泣いていた。

また布団に包まり、うつ伏せでただひたすら泣いていた。泣いても泣いても涙は枯れなかった。泣きながら、絶望を感じていた。もうまともに働くことは出来なさそうで、好きなことを仕事にするなんて贅沢ももう言えなくて、一人暮らしすら夢のまた夢になることも現実的で、だからといってキャバや風俗ではろくに客は付かないだろうコミュ障ぶりと体型で、実家に帰ることは更に絶望で、つまり、自分の未来はどん詰まりということだ。NO FUTURE、という文字が頭に煙った。

もう、死のう。そうしよう。

煙たい頭で導き出した答えだった。強迫観念に近い、何かの得体の知れない引力がその答えを導き出した。ろくに動かない体を動かして、近くにあった延長コンセントのケーブルに手を延ばす。確か、位置が良ければ低いベッドに引っ掛けるだけでも死ねると聞いたことがある。ケーブルを左手に持ったまま、体をベッドから床にほぼ落ちる形でずりおろす。

めんどくせぇ、そう思いながらケーブルを首に巻きつけようとしたとき、急に妹の顔が頭に飛び込んできた。ハッとして、思わず息を大きく吸ったら、急に呼吸が荒くなった。現実に飽き飽きしたはずなのに、現実によって引き止められた。ダメだ、死ねない。生きてる理由は0じゃない。0になったら死ねばいいけど、0じゃない以上は生きてないといけないんだよ、人間は。さっきまでの弱気な自分が自分に説教たれた。

死ねない。生きるしか選択肢がなくなったということは絶望だった。どん底を這い上がる気力すら、今後生まれてくるのかわからなかった。死ぬまでの長い間、無にもなれずただ深い悲しみ、恐怖、不安と一緒に過ごすしかないのかと思うとただ純粋に怖かった。妹によって生かされた事実だけが、胸の奥の奥を部分的に温めた。

床に丸まったまま、静かに泣いているうちに寝てしまった。起きたら体がきしんで、そしてもう夕方だった。朝、彼に連絡してからほんの10分くらいの出来事のように思っていたが、8時間は経っていたようだった。腹が減った。その衝動だけを頼りにコンビニへ向かった。とんかつ弁当を買って、家に帰った。とんかつは、おいしかった。肉の味がした。生き物は生き物食べて生きている。ああ、その通りだよ。私は生きている。さっき死に損なった。生きている。それがいいことなのかよくないことなのかよくわからないけど、とにかく絶望はここからはじまるんだ、絶望の幕開けだ、今日という日は。

テレビをつけた。夕方のニュースは、どうでもいい話しか伝えてくれなくて、私が今後どう生きていけばいいかやどうすればまともな思考回路に戻れるのかはどのチャンネルも報道してくれなかった。生きるって、いつから難しくなったんだろう。生まれたときからかな。最初っからハードモードで仕組まれていたゲームだったのかもしれない。テレビは明日の天気予報を伝えた。今日と同じ天気を伝える必要なんてあるのか。はぁ。もう疲れた。明日のことなんてどうでもいい。

とんかつ弁当を食べ、ベッドに潜って寝た。寝ても寝ても、明日がやってくる事実だけがただ怖かった。

(続)