見出し画像

3.仕事

をしに、半蔵門線に乗る。月曜8時半。半蔵門線は、地方からの直通車両の乗らなければ、朝からガラガラの車両で、悠々と職場に向かえる。

東京は苦手だ。地元にいたくないから東京に来た。ただそれだけの土地に思い入れもクソもない。山手線や京浜東北線沿線の企業だけは外して下さい、そう転職エージェントに話した時、一瞬考え込んだ素振りを見せたのをよく覚えている。自我のある生命体がひしめき合っている場所など、気持ちが悪い以外にどんな感情を抱けばいいのか。人がごったがえす状況が生理的にムリ、その気持ちがわからない人間のことがよくワカラナイ。

ここは21世紀なんだろうか。本当は19世紀くらいではないのか。私の知っている21世紀は、少なくとも満員電車という概念もなければ、人と人がぎゅうぎゅうと押し込まれる鉄の固まりなど存在していない。それが毎朝のこととなれば、確実に気が狂ってしまう。日本人の大半は、既に気が狂っているのかもしれない。


朝の表参道はいい。朝日にクリエイティブな建物が映える。

A5出口を出て、COMME des GARCONSから始まり、PRADA、kate spade、UNDERCOVER、ACNEと開店前の店舗を確認しながら、骨董通りに出るまで誰ともすれ違わず、仕事へ向かう。

ほぼ西麻布にあるオフィスは、表参道という名にふさわしいボロ物件だ。継ぎ接ぎに拡張された会議室に、流れの悪いトイレ、お化けが出ると噂の絶えない入り口付近。売上が横ばいなのは、きっとこういう、風水的なものなんだろうと思う。


オフィスに着くと、お決まりのメンツが就業30分前に着席している。

マーケティングの部署の新人と、同じデザイン部の女の先輩。新人はまだしも、ベテランというか重鎮と化したというかお局というか、メンヘラ枠として彼に迷惑をかけまくっている女が、わざわざ早朝から仕事を片付けていること自体、謎。迷宮。お蔵入り事案。デザインするのに、他のデザイナーの倍時間がかかるから、朝早くから取り掛かるでもしないと、並みの仕事が出来ない人。しょうがないといえばしょうがない。

そもそも、私の部署は全員が年上の部下だ。どいつもこいつも、大した技術もないくせに難癖つけては期限を遅らせろと迫ったり、一丸となって私がいかに無能かをミーティングで説いたりする、そういう類の人間達だ。アホか。お前らがほざくほど、私の評価があがるだけだ。「ああいう部下持つとかホントついてないよね」「どっちが年上かわかんないよね」と他部署の先輩に声をかけられるだけ、まだ報われる。

本当に頼りたいのは自部署の人間なのに、1mmも頼る人がいないくて、しかも最初の部下がこのパターンで、本当に、最悪。


私をリーダーにしたのは、いい選択だったのだろうか。部下に対峙するとき、必ずリーダーになったことを悔やむ。今までは、彼がマネージャー兼リーダーという形で兼務していたが、いい加減組織も大きくなってきて手に負えなくなったのはわかる。

社内でも大きい案件で、他の年上のデザイナーを差し置いて私をディレクターとして抜擢して成功した。その功績が買われて、ディレクター職にジョブチェンジしたが、しかし、だ。ディレクションは出来ても、リーダーとしての仕事が出来るとは限らない。

彼が、数ヶ月前会議室に呼び出し私をリーダーにしたいと言った時、少なくともお前はデザイナーで留まる人材ではないし、早かれ遅かれリーダーにするつもりだった、と言っていた。はぁ、あまりに不格好な提案に、返す言葉が見つからなかった。あのメンツをまとめる自信は皆無です、何か言わなきゃと思い咄嗟にこう返した。

それはすごいわかるよ、だから一緒にまとめていこうと彼は言ったが、そう言った数ヶ月後のまったくまとまっていない部署の状態を俯瞰すると、うまい言葉に乗せられただけなのかと疑ってしまう。会議で奴らに何を言われようが、黙って見ている彼は何を考えているんだろう。2人で会っている時は、大人げないよねーなんて酒を介しながら愚痴を言い合ったりするけど、それっきりだ。

上司と部下の話は、もうほとんどしていない。


9時15分、彼がデスクに座る。9時半、始業。9時32分、部下が遅刻。

9時53分、朝のミーティングでワイヤーフレームの作り込みの甘さを部下に指摘される。黙ってみている彼。

9時58分、LPからのCV率が好調だと部下に伝えて褒める。

10時、マーケティング部の同僚と新人とのミーティングで開口一番、部下の愚痴を聞く。

12時半、ランチをthe 3rd Burgerで済ませ、外出後カフェで仕事。

18時、直帰。18時54分、彼からLINE、渋谷で待ち合わせ。

21時、ホテル街。24時、彼が帰る。翌5時、タクシーで家に戻る。

8時半、半蔵門線。


こうして1日は過ぎていく。

私の、大切な20代後半は、騙し騙しの連続によって時が過ぎていくだけだ。

(続)