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2.新宿

は平日も、休日も、朝も、昼も、夜も、人で溢れている。

土曜。18時。私はJR新宿駅にいた。見ろ、人がゴミのようだ。というもはや刷り込みにも似た言葉が頭に浮かんだが、行き交う人に混ざり煙のように消えていく。

南口を出て左に曲がり、LUMINE2を目指す。エスカレーターを上がるとすぐ、ISETAN MiRRORがある。今月号のMAQUIAで気になってたADDICTIONのリキッドファンデと、 Yves Saint-Laurentの新作ティントバームを試そう、そう思い足早に向かった。


昇進してから、金遣いが荒いな。わかっているけど、辞められない。ストレスのはけ口を別のものにすり替えたいけど、忙しさを言い訳に出来ていないままだ。

彼が上司になって、私はデザイナー職からディレクター職にジョブチェンジをした。デザインをすることは嫌いではなかったが、クライアントや経営層のクソみたいなエゴを形にすることに疲れていた。

自分の好きなものを表現するには、上に昇り詰めるしかないんだよ。

彼はそう言って、私をWebディレクターにした。そして、同時に、部署のリーダーにし年収を100万以上上げた。皮肉にも、わたしがクソみたいなエゴを生み出す側に一歩近づいた。


ADDICTIONのリキッドファンデをBAにつけてもらったけど、ツヤっぽいところは好みだったものの、カバー力が足りなくて買うのを諦めた。

「別のシリーズは、マット仕上げですがカバー力は抜群ですよ。」

そう言われて試したリキッドファンデを買うことにした。Yves Saint-Laurentのリップは、目当ての色が売り切れだったから別の色を買った。


フロアを一通り確認する。

さっき買いすぎたから、軽く一周するだけで帰ろうと思っていたところ、snidelのマネキンが着ていた、編み上げがサイドに施されたライダースに目移りする。ライダース、着たいけど童顔の自分には合わないんだよな。そう思って手を出さなかったが、このライダースなら似合うかもしれない。試着だけ、そう思い店員に声をかけライダースに袖を通す。重いな。着心地は最悪。いつもひどい肩こりが余計ひどくなる重さ。でも、見た目は抜群だった。

「お客様、かわいい系だから編み上げのライダースがすっごくお似合いですよ。」

色違いのライダースを着ている店員に言われたが、この人一日中これ着てて疲れないのかな、と思った。口にはしなかった。どうしよう。悩む素振りをしてはみたが欲望が勝つのがわかる。理性とは別の何かが「買います」と店員に告げた。


LUMINEを出て、東口に向かって歩く。あてはない。

昔は真っ先にルミネエストに向かって買い物をしたが、昇進してからはまったく寄り付かなくなった。こだわるブランドもがらりと変わった。それが、昇進したからなのか、彼のせいなのかは、うやむやにしたままだ。しばらく歩きっぱなしだったから、dazzlinの12cmヒールが重たい。もうdazzlinを履く年でもないし、買い替え時期かな。そう思い立ち三越伊勢丹を目指すことにした。

歩きながら、両脇に抱えた紙袋を持ち直し、今日買ったものに思いを馳せるあれ、今日なに買ったんだっけ。思い出せない自分に身震いする。というか、本当に欲しかったものを買った覚えがない。ADDICTIONのリキッドファンデも、Yves Saint-Laurentのリップも、snidelのライダースも、妥協して買ったんだった。


いつからだろう、妥協することに慣れたのは。私はいつも、本当に望むものを手にしないで、どうやって生きていくんだろう。dazzlinのパンプスは、どうしても欲しくて取り寄せてもらって買った。でも今の私に、どうしてもほしいものなんてない。手放して、と誰かに言われたらわかりましたと即答できるものばかりに囲まれている。

じゃあ私のことを本当に欲しい人はいるのか。彼の顔が浮かんだが、人の群れの流れと一緒にどこかへ消えた。考えたら涙が出そうになって、Uターンして新宿駅へ向かった。

(続)