17.呼び出し

を受けて会議室に入ったら、社長と取締役が2人、神妙な面持ちで座っていた。こりゃあ新卒の最終面接だな、とつまらないことを頭に浮かべるのは、俺はこれからこの2人に詰められることが確定していて、少しでも緊張を下げたいからという情けない状況だからだ。2人の真向かいに座り、どちらかが喋りだすのを待つ。

「あのさ、わかってる?」と社長が切り出す。「自分とこの部署の状況、芳しくないよね。それわかってて見逃してんじゃないの?」さっそくキレそうになるのは、社長の悪い癖だ。「休職者出して、他のやつらは遅刻だの居眠りだので、リーダーに全部しわ寄せいってんの見逃して、何、マネージャーが何すべきかわかってんの?」申し訳ございません、と反射的に言葉が出る。更に社長は続けた。「こんなめちゃくちゃな状況であの子リーダーにしてさ、ろくにめんどうみないってどういうことなの?彼女は伸びしろあるから伸ばしていきたいって、お前言ってたよな?それがこのザマかよ。」と言いきって、ズルズルと体を引きずってイスに浅く腰掛ける。

次は冷静沈着担当の取締役が口を開く。「彼女の様子がおかしいって思い始めたのはいつ?」と聞く。いつだろうか。記憶を遡る。今から1ヶ月前くらい前、喫煙所でタバコを持ったままうなだれてたのを見て慌てた。その時からだろうか。その話をすると、「お前とクライアントに謝りに行ったじゃん。その時に、誰もクレーム言ってこなかったよね。普通は怒るし。あのあと、そこの社長とも飲みに行ったら、現場は本当に誰も怒ってなくて心配してたって言ってたんだよ。これって彼女の能力だったと思うんだよね。仕事を淡々とこなすだけなら誰でも出来るけど、彼女は人を引きつけるものを持ってた。」と淡々と状況を話す。彼女は、確かに人の懐に潜り込むのがうまいタイプだと思う。年齢より若く見える顔立ちもそうだし、小柄で華奢な体型は男の本能をくすぐる。それに、しっかりしているところと妙に抜けているところのバランスが絶妙だった。男子には好かれ、女子には良くも悪くもあまり興味を持たれないタイプじゃないかと思う。年下には好かれないようだけど。

取締役は「診断出たの?」と続け、「今連絡待っている状態です」と返した。社長は、「ああいうタイプは、人のこと気にしすぎるんだろうね、俺にはわからねえけどさ。」と言った。彼女は人に気を遣いすぎて、でもそれしか人への接し方がわからないんだろう。社長のように何でもかんでもアウトプットすりゃいいと思ってる人間とは違う。

でも社長も取締役も彼女がお気に入りだ。2人は、休職したやつらには一切の関心は抱かないし、どれだけ会社に貢献した人間も、退職するとなったら我関せずだ。そんな役員クラスの人間をも惹きつける彼女は今、何をそんなに抱えているんだろう。

「とにかくさ、リーダー不在だけど頼んだよ。当分リーダー立てるのやめて、立て直すことに専念しろよ。」と社長に念を押される。言われなくても、今の部署にリーダーになれるほど優秀な部下は一人もいない。「あと、部署で顔合わせたくないなら、リモートワークでもいいんじゃん?今どきチャットでやりとりすれば、コミュニケーションに問題ないし。それも提案してみて。」と言う。ここまで一人の社員に優遇措置を取るのを初めて目の当たりにした。俺に言われているわけではないことはわかっているが、そんな部下を持っている俺の目に狂いはない。今の俺が言うなという話だが、彼女を復帰させることは優先度の高いミッションであることは身にしみて理解した。


会議室をあとにして、スマホを確認する。連絡は来ていない。LINEのトーク内容を確認しても、既読になってない。月曜日に泣きながら会社に行けないと連絡してきて、それからいくつかLINEを送ったけど次の日まで連絡が来なかった。火曜に電話をしたら、淡々と大丈夫ですと答えた。全然大丈夫でないことはバレバレで、心配でまたLINEを入れたらすぐ既読になったが、返信はなかった。それから今日までの2日間、部屋の中で倒れてるのではないか、もしかしたら自殺未遂の可能性だって拭いきれない、と悪い妄想を無限に繰り広げ、救急車を呼ぼうか、このまま連絡を待とうか、ここ一週間ずっと自問自答し続けた。

その反面、相変わらず、メンヘラはメンヘラらしくあり続け、真夜中に自撮りを送ってきたり死にたいを言ってみたり忙しい。連絡頻度が逆だったらいいのに、と思う。連絡がないということは、結局俺のことを頼りにしてない証拠だ。これまで一緒に仕事をしてきて、彼女は何でも一人でこなそうとして、結果こなせてしまうから、俺がめんどうを見る隙すらなかった。一緒に飲んでいたとき、もっと俺のこと頼っていいんだよと諭すように言っても、もちろん頼りにしてますよ、とふわふわした顔つきで返してきた。その顔が作り笑顔で固められていたような気がして、今もずっと引っかかっている。


金曜日の今日、午前中は新しい案件の打ち合わせに神保町のクライアント先に向かった。30代向けの女性誌と紐付いたアパレルECを運営している会社で、リニューアルを行うためデザインから実装までうちが担当する。女性誌を見せられ、知ってます?と言われても、知らないとしか言いようがなく戸惑う。メンヘラはいい年してぶりっ子風のヒラヒラのついた服しか着ないから、全くこの女性誌にかすってなくて役に立たない。横に彼女がいて、よく読んでますと言ってくれるだけで緊張感も和らぐのにと思う。

緊張感漂ったままミーティングが終わり、どっと疲れ、オフィスに帰るのもそれはそれで気が進まないから、駅に近いベーグルアンドベーグルで仕事を片付けることにした。レモネードを注文し、2階席でPCを取り出し作業をしていると、彼女からLINEがあった。すぐ開き、内容を確認する。どうやら病院に行ったようで、今から話したいという。彼女にしては珍しいなと思った。相手の都合を最優先に考えることが常なのに、自ら今話しがしたいと言い出した。嬉しい気持ちと、心配な気持ちがマーブル状に混ざり合う。神保町にいるけど出てこれる?とランチの誘いも一緒にすると、頭の悪い人スタンプとかいうTwitterで一時期流行ったというスタンプを連続で送ってきた。彼女の、そういう少しズレてるところが好きだった。グロ系の映画が好きだったり、アクションもののゲームが好きだったり、普通の女の子が好まなそうなものに食いつくところが見ていて潔い。普通の女の子に飽き飽きした年上の層に好かれるタイプだ。だからこそうちの経営層にも好かれるんだろう。

30分くらいして、彼女が到着した。思いつきで、会社で食べようと思って買ったベーグルをあげたら喜んでいた。アボカド専門店があるらしくずっと行ってみたいと思っていたが、男一人で入るのも忍びないと思い、彼女と行こうと思っていた。この前の電話の声とはまったく逆の、元気そうな声色に安堵しつつ、笑いあいながらお店に向かった。

お店は思ったよりしんとしていた。ゆっくり話せそうな空間でよかったと思った。混んでたらゆっくり話せないから、カフェに移動することになってめんどうだなと思っていたから都合がよかった。この店の看板メニューらしいアボカドスパム丼を頼み、彼女も同じものを頼んだ。

そうそう、とさっき医者からもらったメモ書きを見せながら、説明された通りの言葉をなぞるように診断結果を説明し始めた。まるで他人事のように、だ。

双極性障害。躁鬱病。メモ書きをじっと見つめながら、彼女の直近の様子を当てはめてみる。ただ、何をトリガーとして気分が下降したり上昇したりするのか、さっぱりわからなかった。決定的な心当たりはない。俺は、彼女の1割にも満たない極小の側面だけしか知らないのかもしれない。どんなに仕事の深い話をしても、肌を重ねても、彼女のことで知り得たものなんて、本当にちっぽけなものに過ぎなかったのかもしれない。いつも通りの冷静さを上から被ったように、黙々とアボカドスパム丼を食べている彼女を見ていたら、俺は彼女の何に、今まで神経をすり減らして連絡を待っていたんだろうとわからなくなる。彼女と接すれば接するほど、彼女が迷宮入りしていく。

社長達との面談のことを思い出し、今有給どれくらい残っているかを尋ねた。まだだいぶ残っているようで、その日数を消化して休むように伝えた。社長がリモートで仕事していいよと言ってたよ、と伝えると驚いていた。全部想定の範囲内なのかもしれないが、だとしてもそれを外に出すタイプの女じゃない。アボカドスパム丼は大してうまくなかった。


彼女は家に戻り、俺はオフィスに戻った。この半蔵門線の中で、彼女もこの社内で様々なことを考え、悲しんだり喜んだり怒ったりしていたんだろうか。考えに考えた挙句、精神をすり減らしてまで抱え込もうとし、誰を傷つけることなく自分を追い込んだ。なぜそこまで。それはきっと彼女自身もそう思ってる。ちゃんと出来るもんならちゃんとしてたよな、俺は、お前のこといい子だと思ってるよ。今でも。

表参道は相変わらず主張の激しい街だ。今日は裏から行こう。PRADAやCartier、根津美術館の横をゆっくり歩いてオフィスへ向かった。休日出勤の帰りに根津美術館に寄った日のことを思い出す。そのときに言っていたことがふと頭をよぎる。私、いい子って言われるの嫌いなんですよ、だって結局それってその人にとって都合のいい子ってことでしょ?

そう、お前は都合のいい子だった。仕事を押し付けて、お前の気遣いに甘えて消費した。俺はできの悪い上司だった。それでも、この部署から逃げるわけにはいかない。部署を回していくしか道がない。

近々ディレクター候補を探してもらうよう人事に相談しよう。能面のような顔が、骨董通りのショーウィンドウに映し出された。

(続)


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n.

居心地の悪い日常のフィクションです。

小説「無日常」

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