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12.また朝が来た

と思った。思ったけど今日も会社に行く必要がない。会社に必要とされてない。それは、今の私にとってはいいことなのかもしれない。じわじわと、余裕が生まれるのがわかる。なぜ仕事に必要とされてないのか、その理由を理解し、どう行動すべきかをわかっている。

余裕は朝日と共にこのベッドに降り注いでいる。ベッドの上でフランフランのブランケットに包まる私は、今日を生きるために起き上がり、ご飯をチンしてのりたまをかけ、ノンストップを見ながら、主婦の小さな日常に対して大激論しているタレントを微笑ましく思いながら、ああなんて世の中は平和なんだろうと噛み締めながら、午前中を過ごしていた。

午後、パイレーツ・オブ・カリビアンを観始めた矢先に彼から電話があった。直近のあれこれは全て別の世界線で起こったのではないかと疑うくらい穏やかな、私の行いを何もかも許すような、菩薩様か何かの類のような口ぶりで、元気?と私に問いかけた。

「ええ、元気ですよ。」
「そっか。今度の土曜暇?ちょっと会って話そうよ。どっか気晴らしに遊びに行かない?」

少しずつ、彼にキレたときのことが蘇る。彼は、上司は、部下にキレられて当然の仕事しかしてないし、お前のせいで部署はぐちゃぐちゃになったんだろうがのくだりも、あながち間違っていない。私は、私が正しいと思う限り正しいのだ。だからもう自分を責めなくていい。苦しまず、何もかもを、楽しくやり過ごせばいい。

「いいですよ、どこで待ち合わせましょうか?」
「じゃあ、12:00に表参道のみずほ銀行のとこでいい?この前おいしいランチのお店見つけたからとりあえずそこでご飯食べよう。」

はーい、と返し、今移動中ですか?ともう少し彼と話していたくて大して興味のない話題を振る。うん新しい案件取れそうなんだ、今神保町だよ、なんて共有をしてすぐに電話は切れた。


パイレーツを途中から再生し直して観ている途中で寝てしまった。私はどうしても映画の最中に寝てしまう体質なのかもしれない。

それに、満員電車や混雑している場所を受け付けないし、偏食家だし、仕事だってろくに出来なくて、世の中は私の思うように回ってくれない。他人の普通がわたしにも普通になったら、どれだけ脳天気に、生きていけるんだろう。世の中の人間は、誰しも悲しい思いや苦しい思いをして生きてきたというけれど、本当にそうなんだろうかと思うときがある。私の想像よりも、遥かにたいしたことないことしか体験してないのかもしれない。私は様々な苦悩を、一人で抱え解決してきた。それは世界で一番のつらみだ。私が体験した唯一の苦悩なのだから、それは当たり前なのだけれど。

昼間に変な時間に寝たせいで、深夜2時を回っても目が冴えて寝られなかった。YouTubeで木下ゆうかの大食い動画をひたすら観ていた。ジャンクフードを食べる動画を狂ったように何時間も観ている私は、何か変態的で猟奇的な心理を抱えてしまっているのではないかと心配になった。しかもジャンクフードに限る。マックやケンタッキーの殺人的な量のハンバーガーやチキンが、ノンストップでなくなっていく。これが快感なのだ。さすがに自分のことが気持ち悪く思う。

そうだ、明日は唐揚げを揚げよう。朝起きたらすぐスーパーでもも肉を大量に買って、せっかくだからチューブのしょうがじゃなくてすりおろしたしょうがを使おう。そう思ったら睡魔が襲ってきて、すぐに寝た。


次の日になった。起きてシャワーを浴びて朝9時。

相変わらず唐揚げを作りたい衝動にかられていたから、その衝動を引っさげて近くのスーパーへ急いだ。もも肉があまり安くなかったことは残念だったが、しょうがはそれなりの納得プライスだったからよしとして、ついでににんにくのチューブを買い、家に帰った。

家に帰り早速調理した。しょうがをすりおろし、もも肉を一口大に切る。大きいジップロックに材料と調味料を全部ぶちこみ、片栗粉を満遍なくもも肉につけていく。この部屋で揚げ物をするのは初めてだった。深めのフライパンに油を注ぎ、菜箸にじゅっと気泡がつくまで温める。あともう少し。つい夢中になりすぎて、BGMをかけわすれていた。ゴールデンボンバーをシャッフルした。「今夜はトゥナイト」が流れる。まったく、鬼龍院翔に片思いの歌を歌わせたら右に出るものはいないぜ。やっぱり鬼龍院翔という存在は、鬼才としかいいようがない。などと考えているうちに、油が適温に温まっていた。

じゅじゅじゅ、パパパパッと音を立てて唐揚げがあがっていく。少し揚げすぎくらいの焦げになったら、キッチンペーパーを敷いたお皿にあげていく。それを繰り返す。どんどん無心になっていくのがわかる。ゴールデンボンバーの歌に聞き入り、過去のことを何かと思いだしたりしながら、気付いたら一心不乱に唐揚げを油に投入し、油から上げる作業にのめり込んでいた。いけない。心を唐揚げに奪われてしまってはいけない。などと茶番を繰り広げているうちに全部揚げ終わった。

どんぶりにご飯をよそい、唐揚げを5個乗せる。キャベツの千切りでもご飯の上に敷けばいいのだが、今日はそんな気分ではない。味付けは抜群。私は天才か。もういっそ唐揚げ研究家として生きていくことを検討すべきか。唐揚げ丼を食べ終えたところで、マヨネーズをつけて唐揚げだけを食べる。マヨは最高だし、櫻井くんがCMでマヨがないことに絶望していたことにひどく共感する。でも我が家は、マヨは十分すぎる量あるし、なんならストックがもう一本ある。ああ、生きてるってこういうことだ。ああ、なんて人生は素晴らしいんだろう!

などと一人頭の中で寸劇をしていると、甘いものが食べたい衝動に駆られ、今度は抹茶プリンを作ろうとキッチンへ向かう。プリンといっても、蒸し器はないからゼラチンで固めるやつ。牛乳、砂糖、抹茶パウダー、ゼラチンを器に入れ、冷蔵庫に入れた。固まる頃夕方になってるから、ちょうどおやつタイムに食べられる。ああ、なんて完璧なタイムスケジュールだ。仕事では邪魔ばかり入るから完璧など夢のまた夢の話だが、一人だと完璧が実現出来る。なんて美しい世界なんだろう。今日だけは世界に酔わせてキーポンシャイニング。


一気に作業をし、疲れ果て、ベッドでごろごろYouTubeを観ていたら寝落ちしてしまい、起きたら20時だった。は?空白の6時間くらいは何?途端に世界は暗転した。暗転?夜だからな。当たり前な。などと再度一人漫才をしながら、テーブルに置きっぱなしの唐揚げに近づいたら当然冷めていて、少し干からびていて、とても悲しかった。チンしてご飯をよそって夕飯として食べた。ボソボソになった唐揚げに感情移入出来ない。冷蔵庫をあけて抹茶プリンを食べたら、砂糖の分量を間違えてただ苦いだけのゼラチンの塊が出来上がった。

ファック。思わず舌打ちした。もういっそ発狂したかった。願っても発狂出来ない自分は、本当にいい子すぎて、情けなくて、クソの足しにもならなくて、会社のお荷物で、社会のクズで、世界の悪だ。

味の安定しているカナダドライの甘口ジンジャーエールを飲んで世界を少しだけ適切な位置に戻したところで、明日何しよう、と考える。もうすることがない、と思ったけどそうじゃない。明日は彼と会うんだった。どうして彼と会うと言ったんだろう。既に意志などなくて、従うしかなくて、でもなんで従うしかないのか、の部分はずっとずっと未解決事件となっていて、無能な私は迷宮入り案件にしてしまったばっかりに肩身の狭い思いばかりしてる。

それでも、明日は予定があって、彼に会う。その未来はハッキリ鮮明に描けてしまった。今日はなんだか疲れた。そう思ったら、今日もゆっくり寝られた。

(続)