ep.

初めて会ったときのことを今も覚えている。

彼女は、細身のスーツに高いハイヒールで面接にやってきた。背が低いことを気に病んでいるのかな、とつまらないことが頭をよぎった。まだ20代半ばくらいだというのに、しっかりしてるなという印象が強い子で、履歴書を見た段階で、その素質が垣間見れたし、いくつか質問をしたところでこの子を採用しようと既に決めていた。俺の中で、何かがざわめいた。

一緒に仕事をするにつれ、彼女の仕事に対する頼もしい姿勢が毎日を彩った。周りに相談出来るやつは一人もいなくて、常に孤独を感じていたから、仕事のことを相談したり冗談言える人が初めて現れて、それだけで嬉しかったのに、毎日過ごしているうちに彼女の魅力に取り憑かれていった。それがいけないことだとわかっていても、酒の力を頼っているとわかっていても、乗り越えてしまった。


新しいディレクターを採用した。彼女に見切りをつけたわけではなく、デザインの仕事をさせたいと思ったからだ。人間関係で疲弊するのではなく、自分と対峙してデザインをしていく方が彼女をすり減らさなくていいだろうし、人事ともその意見で一致したのだ。

新しいディレクターは、妙にこだわりが強くて、事ある度に自我を出したがりクライアントの意見を取り入れようとしないタイプの人間だ。時々俺とも衝突した。最近はそんなことばっかりで、疲弊する度、彼女のことを考えた。ここに彼女がいたら、彼女が解決してくれたら、彼女が笑い飛ばしてくれたら、それだけで俺は救われたのに。

辞表を出された時、俺は混乱した。辞表を目の前に置かれる前までは、彼女に話があるから会いたいと言われて浮かれていた。会いたいと言われたことが滅多にないから、純粋に嬉しかった。でも、なぜここまで浮かれてしまったのか、俺が最近疲れていることに起因しているだけで、彼女のこれまでのことをよく考えれば辞表を出されるなんてごく自然なことだった。

居酒屋でもないのにビールを2杯飲み、彼女と久しぶりに笑いあって何もかもを忘れようとした。


彼女が俺のことをどう思っていたのか、なぜ妻の妊娠を知ったのか今更わからない。夜中、突然淡々ともう会わないと言われ最後にドンッと大きな音を立てて、そこからいくら話しかけても返事はなく仕方がなく電話を切った。妻は背を向けて寝ているが、多分気付いているんだろう。リビングでLINEを入れ、どの言葉も情けないと思いながらも、今俺に出来ることなんて情けないLINEを入れることしかなかった。そういう行為を、彼女は嫌うと知っていても。

次の日も何度か電話をして、何通かLINEを入れたが返事はなかった。今日も仕事で疲れ果て、終電の電車でメンヘラから病んでるLINEが23通溜まっているのを確認して、ブロックした。着信拒否もした。iTunesでBABYMETALの「METAL RESISTANCE」を落とした。BABYMETALってアイドルなんですけど本格的なメタルでめっちゃかっこいいんですよ、と彼女が教えてくれた。KARATEという曲を流した。

まだまだ セイヤ ソイヤ 戦うんだ
悲しくなって 立ち上がれなくなっても

立ち上がれなくなって、俺はどうしたらいい。彼女は教えてくれなかった。LINEは全部既読スルーになっていた。ブロックはしてないんだ、と思ったけど、だからなんだ。もう俺と彼女をつなぎとめるものは何一つなくなった。ただそれだけが俺の中に残って消えた。