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日記 2024.4.30(火)勇気がないを考える。


5時ごろ目が覚める。まだ温冷浴効果が続いているような気がする。気のせいだと思うけれど。夜は毛布をかけて眠っても朝にはあつく感じるようになってきた。そろそろ毛布も洗って収める時か。そういえば元住人はキンキンに冷やした部屋の中でふわふわ毛布に包まって眠るのが好きだったことを思い出す。見たことのない習慣を持つ生き物に出会い同じ時間を過ごすことは戸惑うことも多いのだけれどやっぱり楽しい。驚きや発見はわたしと違う誰かからもたらされることもしばしばある。

今朝もばちっと早起きだった。雨がパラパラと降る音がしたので今日は家事をみんな放り投げ、思い切って日本橋本面へどら焼きを買いに行くことにした。9時のオープンよりも前に列ができてお昼前には売り切れてしまうと調べたところ書いてあった。8時半ごろ家を出て出勤ラッシュの電車に揺られて目的地へ向かう。新宿あたりや霞ヶ関でたくさんの人が降りて行くのを見ながら今日は仕事の人もいるのだなということを確認する。
駅から歩いてすこしのところにそのどら焼き屋さんはあった。拍子抜けするくらいあっさりと店内に入ることができた。大きさ違いのあるどら焼き、どうしようか悩んでいる間に慣れた感じでさくっとどら焼きを買う方が次々来ては帰っていく。悩まず買う方はいつも買っている方なのだろう。
ここはどら焼き好きのまいちゃんが美味しかったと教えてくれたお店だった。写真で見て素敵な箱にも惹かれいつか行ってみたいとずっと思っていた。憧れの箱は150円で購入できるとのことなので食べきれる分のどら焼き3つといちばん小さな箱を買って入れていただいた。色々と聞きたかったのだけれど4つ入る箱にどら焼き3つしか買わず隙間のある状態をあまり良くは思われていない様子だったので余計なことは言わず真顔のスタッフの方にわがままを聞いていただきありがとうございますとの意味を込め笑顔を返して店を出た。初めてどら焼きを買うことができたこと、かっこいいと感じていた箱も手に入れられたことは嬉しかったけれど、素敵だと思っていた箱は想像以上に薄っぺらく、箱に書いてある文字も簡単なプリントだったということがなぜか際立って見えてきた。

近くに朝からやっている公園沿いのカフェがあるので行ってみる。通常は火曜日はお休みのようなのでやっていないかなと諦めていだのだけれど、遠目から覗くと人が動くのが見えた。もしかするととわずかな望みをかけてお店の前まで行ってみるとなんと営業されている。迷わずドアを開けて中に入った。
ここで1時間くらい過ごして次の目的地へ行くことにしよう。8時半から営業しているこのカフェは完璧な程におしゃれな店だ。どこか日本ではないような雰囲気もある。机や椅子、荷物入れまできちんとデザインされていて抜け目がない。以前来た時に買ったりんごと味噌キャラメルのスコーンが抜群に美味しかったことをいつまでも覚えている。次に来た時にはもう新しいものに変わっていたからなぁとショーケースのほうに目をやると、なんとそのスコーンが山盛りあるではないか。絶対にお土産に買って帰ると決めてひとまずホットコーヒーを頼んだ。公園を見渡せる奥の席に初めて座った。大テーブルの端っこに座る。相席でもあまり周りが気にならない席だったのでゆっくり本を読んだり楽しむことができた。コーヒーも美味しい。
家でコーヒーを飲まなくなって、わたしは誰よりも外で飲むコーヒーを美味しく感じているような気がする。時々飲む誰かが入れてくれたコーヒーは最高の一杯となる。コーヒーを常備することをやめてみてよかったなとしみじみ思うのだった。

日本橋の和紙屋さんへ立ち寄る。以前元住人と来たことのあるこの和紙のお店はすごくすごく素敵な場所だった。うっかり閉店間際にお店に入ってしまったにも関わらず、熱心に和紙を吟味させてくださって、わずかな予算で数枚の和紙を買う私たちを少しも区別するようなことなく丁寧に扱ってくださった。その日最後のお客さんとして入り口まで見送ってくださりわたしはなんだか泣きそうになってしまったのだった。帰り道は興奮してスキップしていたと思う。わたしはこの店のことを一生忘れないとその時思った。 
今日ももちろん素敵な店に変わりなかった。和紙のコピー用紙の値段が知りたくて年配のスタッフの方に声をかけると色々と相談に乗ってくださった。希望のサイズが店頭になければ倉庫まで探してみるわと言ってくださったり、自分で描いた絵を和紙にプリントして持っておきたいんですと伝えて絵を見せるとさらに具体的にこういう紙もいいかもしれないと提案してくださった。すっかりわたしも楽しくなってきて絵の額装はやっておられないですよねと踏み込んで聞いてしまったのだった。それについても熱心に話を聞いてくださって、アドバイスをくださった。わたしはまた泣きそうになってきた。この店は人に信頼されるということをわたしに教えてくださっているような気がした。希望のサイズの和紙のコピー用紙を買って店を出た。
そのまま銀座方面へ歩く。いつも図書館へ30分くらいかけて歩いているので日本橋から銀座はどう考えても徒歩圏内だ。素敵なお店で買った品物を抱え足取りははずんで軽い。
銀座に着いたのはちょうどお昼時を過ぎて13時ごろ。行ってみたかった定食屋さんに行ってみることにした。今日はわたしのゴールデンウィークなのだろうか、行ってみたいところをすべて制覇したくなってきた。路地を曲がったビルとビルの間の奥にある暖簾をくぐると昔ながらの定食屋さんが突然現れた。扉を開けた瞬間にそれまでの空気と全く違う世界が広がりなんだか夢を見ているような気持ちになってきた。お刺身盛り定食を頼む。ここは銀座ということを何度も忘れそうになった。お昼からお酒を楽しむ方も多く狭い店内にお店の方とお客さんがぎゅうぎゅうに詰まっている。それなのにどこかすっきりとしているのがなんだか不思議だった。いつまでも夢の中のような、昭和にタイムスリップしたような錯覚に陥る。注文の定食も頼んですぐに出てきたりしてますます夢みたいに思えてくる。お刺身、ナメコと豆腐の赤味噌のお味噌汁、お漬物にご飯。シンプルな定食が嬉しい。お店の雰囲気と料理をこんなに両方楽しめるのは久しぶりだなと感じ、テーマパーク気分で満足した。

腹八分目ちょうどよく、今日はこのまま勢いに乗り切ってやろうと思う。むかし額を買ったことがある画材屋さんへ行ってみることにする。額装もされているようで弟夫婦の赤ちゃんの絵を取り出してこちらを額装したいんですと伝えてみた。こうしたいという希望をいくつか伝えて相談してみる。何にも知らないわたしにスタッフの方は丁寧に説明してくださった。額装担当の方と相談して後日連絡をくださるということで店を後にした。わたしはいつからこんなに自分を前に出せるようになってきたのだろう。目的があるとどんどんと進んでいくことができる。どんどん言葉が出てきて聞きたいことも素直に聞くことができている。希望を言葉にすることが簡単にできてしまっている自分に今日はすこし驚いてしまった。

わたしはとりわけ臆病で勇気がない人物だった。ずっとずっとこのことに引け目を感じ生きてきた。小さな頃は買い物さえひとりでできなかったし、人に何かを尋ねてみるということはほとんどしたことがなかった。東京にひとりで出てきてもそれはそんなに変わらなかった。人前で自分の意見を述べたり表現したりするなんてことがこわかった。ひどく緊張してしまってうまくしゃべることなんてできるはずがない。いつもうまくいかなくてうまく表現できない自分にがっかりとして落ち込んだ。勇気がないことをわたしはずっとずっとよくないことだと感じていたのだった。
でもいまは勇気がないにも理由がある、と感じるようになってきている。勇気は意気込んで出すものでもないのかもしれない。勇気はいざという時自然に出てくるもの、自然に勇気を出すためにこそ日々の訓練があるのだと感じるようになってきている。毎日の日課こそがわたしの勇気の源なのではないか。少しでも不安があるから勇気を出すことができないのは当然で、つまり自信がなかったということなのではないだろうか。勇気は出す、のではなく沸いているもの、そんな気がしてくる。勇気についてこれからわたしが考えてみたいテーマが決まったような気がする。これからもっと勇気について考えて試していきたい。

まずは自分を助ける。自分を助けることは誰かを助けるための第一歩なのだと思う。まだわたしはその一歩を歩き出したばかりのひょっこだ。わたしは少しずつ自分の言葉を持ち始めている。これからやっとわたしは始まるのだと思う。
40年間の心の不安の種をしっかりと見つめ、適切なテキスト、人に出会い、知っていくこと試すことをひたすら続けていく。わたしは成長し変化し続ける。これから先の旅は必ずだんだん楽しいものになっていく。

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