見出し画像

心の海へ潜水、酸素は広辞苑で。

言葉が欲しいと思った。

映画や小説、音楽、絵画などといった作品に触れて心を揺さぶられたとき、何か自分も作り出したいという衝動に駆られる。創作意欲が芽生える。

自分が鑑賞した作品は完成されたものであって、アーティストや制作に携わった人々の努力や苦労は計り知れない。衝動に駆られた素人が小手先で手を動かしても、質の低い真似レベルで終わるのは当然のこと。こんなときに感じた気持ちを言葉にできたらなぁと思った。

思えば、小説を読んだとき、読み終わってからネットで色んな人の感想や考察を検索し、自分の感想と重ねて読了後の気持ちの高ぶりを消化していた。映画でも音楽でも然り。

伊坂幸太郎の『鴨とアヒルのコインロッカー』を読んだ。大学進学で越してきた青年が、隣人に「一緒に本屋を襲って広辞苑を盗もう」と声をかけられて展開していく物語。

きっかけは些細なことで。言葉が欲しいという思いが、漠然と、だが確実に膨らんでいた私は、広辞苑を手に入れることができたら今より言葉を得ることができるのではないかと考えた。

5,000円のケトルを買い替えるか半年間悩んでいる私が、9,900円の広辞苑を1週間の決断で購入を決めた。ネットで注文しようと思ったが言葉を手に入れるのに何も苦労をしないのはよくないと思い、都会の本屋へ繰り出した。

普段は足を運ばない辞書コーナーの棚を目の前にして、私は立ち尽くした。広辞苑は予想を遥かに超える大きさと分厚さだったのだ。それでも意を決して棚から両手で取り出す。赤子を抱えるようにセルフレジまで歩く。帰宅後、体重計に乗せてみたら3.2kg。ちなみに私が生まれたときは3.3kgだった。

言葉を手に入れて数日。新しいおもちゃを手に入れたようでとても胸が弾んでいる。目を瞑って適当なページを開き、そのページの言葉を読んでみたり、色の名前をどう言い表すのか予想して答え合わせをしてみたり。

これから色んな作品に触れる度、広辞苑を片手に、心の海へもぐっていきたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?