トイストーリー

おれがついてるぜ。

昔、セルゲイ・ブブカという棒高跳びの選手がいた。
あんまり飛ぶので「鳥人」と呼ばれていた人だ。

どんなにバーが上がっても、悠々と飛び越えていく。
棒高跳びって、そもそも人間技とは思えないけれど、ブブカは本当に人じゃないみたいだった。

ところで、今日、映画『トイ・ストーリー4』を観てきた。

「2」から「3」の時にも思ったけれど、つくづく続編というのは難しい。前の作品がいいほど、棒高跳びのように期待のバーが上がるからだ。

同じディズニー配給でも『スター・ウォーズ』の新三部作は、いま一つそのバーを越えられていないようで(そもそも期待値が物凄いのだけれど)、公開のたびに酷評されている。

そこへ来て、9年ぶりの『トイ・ストーリー』だ。
僕にとって、前作「3」が期待をはるかに越えた大ジャンプだったので、正直「4」は、がっかりしても仕方ないと思っていた。

でも、杞憂に終わった。

素晴らしかった。ほんとうに。
いまも主題歌の「おれがついてるぜ」というフレーズが頭からはなれない。

公開したばかりなので、中身については一切書けない。
でも「4作目にして、これかよ」とただただ驚くばかりだった。

会社員をしていた二十代の頃、三ヶ月だけアメリカのディズニー社に赴任していたことがある。

僕がいたのは、テーマパークのアトラクションをつくる部門で、映画制作の現場ではなかったけれど、それでも古びた社屋に " ここがディズニーだ " という風格が漂っていた。

日本の会社とは全くちがった。
「キュービクル」といって、スタッフみんな自分用の小部屋を持っていたし、壁一面にこの先、世界中のディズニー・テーマパークでオープンするアトラクションのイメージボードが貼られていた。

昼食のカフェテリアには、ハンバーガーやサラダが売っていて、カリフォルニアらしい開放感があった。各会議室の前には、いつもコーヒーやチョコチップなどのお菓子が用意されていて、朝食をそこで摂ることができた。

ブレストに参加したこともある。
色とりどりのポストイットがあって、マーカーがあって、そこにアトラクションに使えそうなジョークやアイデアを書き込んでいく。面白くなさそうなアイデアもいっぱいあったけれど、それを笑いあったりして、遊んでいるみたいだった。

もっとも、僕はぜんぜん英語ができなかったので、赴任中、怯えてばかりいた。ブレストで交わされるジョークもちろん分からない。さぞ空気を重くしていたことだろう。

一応、僕にも小部屋が与えられていたけれど「電話くるな!」と思っていた。ついでに言うと、車の運転も苦手だったので、車社会のカリフォルニアではどこにも行けず、アメリカサイズの大きすぎる自室でゲームボーイばかりやっていた。カリフォルニア・引きこもりーニングだ。

そう思うと、ほとんど最悪といってもいい三ヶ月だったのだけれど、なぜかものすごくいい思い出として残っている。

それは、ディズニーの人たちが、事あるごとに食事や野球大会に誘ってくれたり、片言の英語を一生懸命きこうとしてくれたり、お別れの時に絵を贈ってくれたりしたからかもしれない。

赤ん坊並みに何もできなかったから、なんのために行ったのか不明だったし、あの恩、返せてないなあといまでも思う。でも、本当に幸運な経験だった。

で、『トイ・ストーリー4』の話に戻ると、この映画もきっと、あんな雰囲気の中でつくられたんだなあと想像する。

制作には四年かかったそうで、その間、ディズニー/ピクサーの人たちは、キュービクルで絵を描いたり、ストーリーをつくったり、予算について会議をしたり、みんなでブレストしたり、その他、気の遠くなるような仕事量をこなして、この日の準備をしていたはずだ。

もちろん楽しいことばかりじゃなくて、大規模プロジェクトならではのややこしいことや表に出せないこともあっただろうけど、毎日決まった時間に出勤して、人生の大半の時間を捧げるのに「トイ・ストーリーをつくること」ほど価値のある仕事ってなかなかないと思う。

しかも、この出来栄えなのだ。

プロデューサー、マーク・ニールセン氏のインタビューには、こんな言葉があった。

アニメーターの中には、子供の頃に初めて観た映画が『トイ・ストーリー』で、アニメーション作品を作りたいと心に決めた人もいます。

実際に何十年か後に、自分がまさにウッディやバズを作る側の立場になっているのは、すごく感動的なことです。子供の頃から本当にやりたいと思っていた人も製作に関わっているので、オープニングから感動が伝わるのかなと思います。

一作目が1995年だから、もう25年近く続いてきたシリーズ。
それだけの年月をかけて上げてきた、ブブカも怯むくらい高くなったバーを「4」は悠々と超えていったのだ。

すごいよね、まったく。

こんなにど真ん中直球投げて、きっちり心をつかめるのって、やっぱり「ディズニー」だよなーと思う。本当にすごいし、そんな仕事をしている人たちに心から尊敬の念が湧く。

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