ブルースは_救われない_のがいいんすかね_

ポップとブルース。

それまで一度も気にしたことのなかった言葉が、突然、視界に入ってくる。
しかも二度も。

昨日は、そんな日だった。

その言葉は、

「ブルース・マン」

最初は、お世話になっている橋本久仁彦さんの催しの案内文だった。

 円(縁)坐守人という仕事、あるいは生き方は、1940年から50年代にアメリカで生きていたブルースマンに似ているところがあります。

(略)

 大勢の人を集めたいポップスは、「夢」を売る音楽と言っていいでしょうか。

 対してブルースはあくまでも「リアル」。
 元々、黒人たちが神の言葉を辿ってうたう「ゴスペル」から生まれて来たブルースですが、神は目に見えない。そこで自分たちにふれられるリアリティを重ねて、直接神をうたう代わりに「マイ・ベイビー」つまり自分の隣にいる恋人を歌いました。

 いわく、「恋人に尽くしたのに逃げられた」「金を持って行かれた」「今日もまたひとりで同じ日の繰り返し」そんな生々しく、救いのない物語がうたわれ、お客さんも「俺もそうだよ」と掛け声を入れる。

 古来のブルースは、生活感があり、土着で、このどうしようもない人間生活を包む「慈悲」を感じさせるもの。そういうラブソングでした。

この文章を読んで、最近読んだこの記事のやりとりを思い出した。

── 池松さんは、どうしてぼくら人間には物語が必要だと思われますか。

池松 神がいないからじゃないですか。

── うわ。

(略)

池松 あの三船敏郎さんが、おもしろい言葉を残しているんですね。俳優というものは、人間のクズがやるものなんだ‥‥って。

── クズ‥‥ですか。

池松 なるほど、ぼくもそう思います、と。人間のクズがやるもの‥‥っていうか、クズでもやれる、俳優なんか、誰でもやれる仕事だって、ずっと思っていましたから。

 でも、三船さんは晩年に意見を変える。俳優なんて人間のクズのやることだと言ってきたけれど、ちがったと。俳優は、人間のクズがやるべき仕事ではないと。

── へえ‥‥。

池松 それはなぜかと言えば、俳優とは、神なきところで「人間」を、
それは「役を」という意味ですが、「人間」を、構築しなければならない。「人間」を、創造しなければならない。

 そして、その創造した「人間」を、みなさんの前にさらして、その人間を、生きてみせなければならない、と。そして、何かを伝えなければならない、と。

── なるほど。

池松 だとしたら、やっぱり人間のクズがやっちゃあいけない、人間のクズじゃできない仕事だと。ぼくの解釈が入ってるかもしれませんが、だいたいそんなことを、三船さんは、死ぬ前に言ったそうです。

── 神はいない‥‥から、俳優は、人間を創造しなければならない。

神なきところで人間を創造する俳優の仕事と、ふれられない神ではなく自分たちにとってリアルな恋人を歌うブルース・マン。

そのブルースにもう一度触れたのが、昨晩行われた友人の歌手、はやしはこさんが主催したライブ『ループ』。

決して分かり合えない「母親」の生い立ちを、歌でたどる、というとてつもないコンセプトのライブには、

生活感があり、土着で、このどうしようもない人間生活を包む「慈悲」を感じさせるもの。そういうラブソング。

という意味での「ブルース」が目一杯感じられた。

「娘」の口を通して語られていく母と娘のすれ違いは、あまりに悲しい。
なのに、こうして歌と物語のかたちで届けられると、なんとも言えず心地よく、

「慈悲とは、こういうものか」

と感じた。

憎んでいると言ってもいいほどの母に対する、圧倒的なフェアさ。

実際、このライブをやったからといって、母娘の関係がよくなったわけではないらしい。この日も目も合わせずに家を出てきたそうだ。

なのに、その娘が歌うお母さんの苦しみや切なさは、その人が「懸命に生きているひとりの素敵な人」であることを伝えてくれる。

解決はしない。救われない。

「ループ」は続く。

なのに、すごくいい。

こういう愛情表現というものが、あるのだろうか。
それは、まさしく傷から語られた素晴らしい表現だった。

  当時、ブルースマンはレコードでビッグヒットを出そうとは思っていなかったそうです。 彼らの音楽生活の基本はロード(巡業)で、大勢の観客を集めなければ成立しないツアーとは違っていました。

 ポップスはヒット曲で浮き沈みしますが、ブルースマンは自らの音楽を聞いてくれる「兄弟」を訪ねて、淡々とロード(縁坐旅)を辿り、生きていた。 小さくても家があって、中古でもキャデラックに乗ってて、愛する家族と仲間がいて、ちょっといい思いができれば大成功。それより上はなかった。
        (前述の橋本久仁彦さんの案内文より)

ちょうど昨日は『あなたのうた』でこんな曲をお届けした日でもあって、

大勢にいっぺんに夢を見させるのではなく、ひとりひとり手渡しで「リアル」を共にするこの仕事もブルースみたいなもんかなと思った。

ぼく自身は、夢を歌う「ポップ」に力をもらって育ってきた人間だ。
なのに、いましていることが「ブルース」であることがとても不思議に思えている。

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