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疑似恋愛ビジネス興亡記:その1

『疑似恋愛ビジネス興亡記』なる読み物を書こうかと思っている。みなさんは読みたいだろうか?

疑似恋愛ビジネスは、1980年に勃興した。1980年に、20歳の男女の数が逆転したのだ。それまで女性の方が多かったのが、男性の方が多くなった。それは、医学の進歩によって乳幼児の死亡が減ったからだ。とりわけ、男児の死亡が減った。それで、これまで男児が死亡することで成立していた男性優位の状況が崩れた。一気に女性優位の方向に傾いたのだ。

しかし世の中はまだ「男性優位」の価値観を引きずっていた。それで、女性優位の状況に対応できない男がたくさん現れた。彼らは、既に状況的には女性優位になっているにもかかわらず、男性が優位だと思い込んで横柄な態度に出た。当然、誰からも相手にされなかった。それで、多くの若い男性が恋愛相手にあぶれてしまったのだ。

そういうふうに、恋愛にあぶれた若い男性が1980年を境に、たくさん現れるようになった。彼らの一部が「オタク」になった。そして、オタクたちはマンガやアニメといったコンテンツに救いを見出した。中でも、『うる星やつら』というマンガは多くのオタクを救った。オタクは『うる星やつら』のキャラクターに「萌え」ることで、寂しさを埋め合わせていったのだ。

そうして「オタク」と「萌え」そして「疑似恋愛ビジネス」はつながりを深めていった。しかし何よりモテない男たちを救ったのはアイドルだった。1980年にアイドルブームなるものがあった。アイドルはそれ以前からもいたが、松田聖子や薬師丸ひろ子の登場によってその存在は巨大なものになった。そうして「疑似恋愛市場」が勃興し、それはあっという間に広まっていった。

1980年代も半ばになると、疑似恋愛ビジネスは一つのピークを迎える。この頃、バブル経済が膨らみはじめ、恋愛を含む若者文化が大きく変容するようになったからだ。

この頃の疑似恋愛ビジネスを象徴するものとしては、「アッシー・メッシー」と「おニャン子クラブ」がある。

「アッシー・メッシー」とは、いよいよ恋愛にあぶれた男たちが「見える化」していって、目立つようになった。彼らは、女性を車(アシ、つまりアッシー)で送迎したり、ご飯(メシ、つまりメッシー)を奢ったりなどサービスの限りを尽くしたが、それでも恋愛相手に恵まれなかった。どうしたって多くの男たちがあぶれてしまった。

そんなあぶれた男たちを疑似恋愛ビジネスに巻き込んでいったのがおニャン子クラブだった。おニャン子クラブは爆発的なブームを巻き起こした。それは、おニャン子クラブがそれまでのアイドルとは一線を画していたからだ。

それまでのアイドルは、美人であったり歌が上手かったりと、どこか超越的な存在だった。近寄りがたいところがあった。そのため、疑似恋愛の相手としては不向きだった。多くのモテない男は、いきなりスペックの高い女性と疑似恋愛をしろといわれても、なかなか妄想をたくましくできなかった。どうしたって美人と交際することを想像できなかったのである。

交際していることを想像するためには、もう少し親しみやすさが必要だった。もう少しスペックの低さが必要だった。ちょっと背伸びすれば手の届きそうな、そんなリアリティが必要だった。

おニャン子クラブはそれに最適だった。特に、人気ナンバーワンだった新田恵利がそれを体現していた。新田恵利は、クラスでも三番目くらいの可愛さだった。クラスでもけっして一番にはなれない「手の届きやすさ」があった。しかし同時に、なんともいえない親しみやすさもあった。特に、笑顔になると雰囲気がガラリと変わるのが得がたい個性だった。それは、多くの持てない男の「彼女の魅力はおれだけが知っている」という妄想をかき立てた。

それで、多くの男性が新田恵利とつき合うことを妄想した。新田恵利は疑似恋愛の相手として最適だった。新田恵利は、疑似恋愛の相手として一つの理想でもあった。

だから、おニャン子クラブが没落したのも、その文脈から容易に説明ができる。おニャン子クラブは、わずか活動二年半で人気が急落し、解散してしまった。解散の理由は、人気が出たデビュー一周年くらいから、おニャン子クラブに入りたいという若い女の子が殺到して、その容姿のレベルが急激に上がってしまったことにある。特に、渡辺満里奈と工藤静香は、おニャン子クラブの容姿偏差値を一気に高めてしまった。

それゆえ、多くの男性がもはや彼らとの間に疑似恋愛という関係を構築できなくなった。渡辺満里奈や工藤静香といったある種の超越した美人と交際するというのは、世の多くの男性にとっては全くリアリティを欠くことだったのである。

そのため、おニャン子クラブは早々に解散してしまった。

また、おニャン子クラブの解散によって、現実のアイドルが持つ独特の「疑似恋愛の難しさ」というものも露呈した。アイドルは、けっして架空の存在ではない。彼らは生身の人間である。だから、彼らとの間に疑似恋愛を構築するというのは、なかなか難しいところがあった。

例えば、1986年に岡田有希子というアイドルが自殺した。自殺の理由は定かではないが、しかし彼女の自死は、疑似恋愛を楽しんでいたオタクたちに、「アイドルも生身の人間で、疑似恋愛を楽しみ続けるのには限界がある」という事実を知らしめた。

そのため、おニャン子クラブが解散した90年代に入ると、アイドルに代わって新たな存在が疑似恋愛の対象として浮かび上がった。それは、アニメやゲームのキャラクターである。いわゆる「二次元」の存在だった。

次回は、アニメやマンガのキャラクターが、いかにして疑似恋愛の対象として発展していったかを見ていく。特にタッチの浅倉南の人気や、コミケの隆盛、宮崎勤事件についても見ていきたい。

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