留学行く前に書くこと

僕は今十九才だ。
四月生まれだからちょっと年をとるのが早い。
この文章は僕が留学をする前に書く、まあ一里塚みたいなものだ。
そうなれば良いな、と思う。
長い文章になるが、ちゃんと残せたらうれしい。
これを読み返した未来の僕が今の僕を思い出せるように。
思い出すように。
ちょっとニュアンスが違うね。まあどっちでも良いかな。

なにかに挑戦しようとするときはいつもなにかが不足している。
知識、経験、お金、やる気、体調、天気、欲求、エトセトラ。
いつだってそうだ。
完璧がありえるのは幼い人間だけだ。
そこでは簡単な算数のテストで百点をとるだけでも完璧でいられるし、天才の幻想にも浸れる。
不毛なことだ。

僕は今夏から留学をする。
行き先はフィリピン。
バギオ。
たぶんほとんどの人が知らない土地だと思う。
まあそれは良いとして。

僕は今になってなにかを迷っている。
それは行くとか行かないとか、そういう次元の話ではなくて(行くのはもう決まっている)、あちらでより良い暮らしができるかどうか、もしくは良い暮らしを送る選択をとれるか、概ねそのようなことを考えている。


そんなの行ってみないことにはわからないじゃないか。
本当にその通りだと思う。
でも、もっと行く前になにかをした方が良いんじゃないかとか思って、すべきことを耐え難い焦燥感を抱えて探し回っている。
これはもう、性分としか言い様のないことなんだと思う。
僕がこういう人間になったのは、今から六年前、僕が中学一年生だったころまで遡る。

僕は発達障害の一種である、いわゆる自閉症スペクトラム障害というやつで、まあ診断が下ったのはわりと最近なんだけど、幼い頃からその傾向はあったらしい。
曰く、こだわりが強い。
曰く、習慣を変えられない。
曰く、変化に鈍感、もしくは過敏。


僕は中学入学から一年とちょっと、ひたすらに猛勉強をしていた。
平日でも、明け方になるまで塾の参考書を解いて、そのあとに倒れ込むように眠った。

そんな生活を半年ばかり送っていると、当然だけど体を壊した。
塾で勉強しているとなぜか吐き気が起こる。
家に帰ったらそのまま狭く水垢の浮いた汚い浴室で吐く。
さらに浴室を汚す。
そういうことを何度か繰り返すと、遅まきながら自分がどこかおかしいことに気づいた。

それは勿論、病気とかそういう表面にあらわれたことも含むんだけど、もっと根源的な、人間として不健全な生き方をしているのではないかという考えが起こった。

僕は中学二年に入ったころには完全にうつ病に罹患していた。
明け方まで起きているのは猛勉強していた時期と変わらないんだけど、勉強の変わりにウェブ小説を読み続けた。
うつ病になるとあるひとつの動作から抜け出せなくなる、まあ言ってしまえば依存しやすくなるらしいんだけど(これのせいでパチンコ破産する人もいるらしい)、僕は不幸中の幸いで、お金がかからない読書の形で依存が出た。

このせいで生活習慣は破滅したんだけど、なにかお金がかかるものにはまっていたらと思うとぞっとしないので、まあ僕は運が良い方なんだと思う。

結局僕は中学二年生の一年間を無為に過ごした。
その間は本当にひどい生活をしていた。
だけどあんまり思い出せない。
主治医はうつ病にかかるとそのときのことを思い出せなくなるというようなことを言っていた。
まさにそんな感じ。
ただひとつ、思い出せることがある。

明け方までウェブ小説(それは確かまおゆうだったと記憶している)を読んで、泥のように二三時間眠る。
そして油の切れたブリキのおもちゃみたいに体を起こして、ベッドから抜け出す。
この時点で始業まであと十五分しかない。
それから、着替える気力もないので寝間着の上に学生服を着る。
そしてヒステリックに僕を罵倒する母を尻目に家を出る。
その惨めさと無力感。
これだけはよく覚えている。
当時の僕を象徴する記憶だ。

当然、寝不足なので授業なんかまともに聞いていられない。
担任の先生からもなにか説教のようなことをされたような気がしているけどよく覚えていない。
先生の頭皮を眺めていたら話はいつの間にか終わっていた。
いつもそんな感じだった。
先生はハゲだったのだ。

まあそんなことをしていると成績も内申点も峻険な霊峰の側壁を描くかのように下降していった。
学年一位とかを取っていたので母はとても失望していたように思う。
よく覚えていない。

そんなこんなで学校生活(この時期にバスケ部も不良の友達と一緒にやめた)は順調に破綻し、家庭生活も悪化の一途を辿った。

でも、僕は仕方なかったと思う。
何が仕方なかったかと言えば色々なことだ。
主に学業と家庭。
鉛筆転がしと母親。
そういうことだ。

うつ病なんてのは台風だ。
わざわざ台風の日に田植えをする農家がいるだろうか。
わざわざ台風の日に記録会をする陸上競技があるだろうか。

そんなときに頑張るのは明らかに努力というものを勘違いしたバカで、僕はバカだった。
まあ中一男子としては平均的なバカさ加減だったと思うので特に思うところはないが。
百回繰り返しても百回同じ過ちをする確信がある。
バカだね。

さて、少し話題を戻して、僕が不健全な人間なのではないか、みたいなことを思ったという話に戻ろう。


僕はなんとか中学二年生の一年間をほうぼうの体で生き延びた。
中学三年生は前の年と比べてはるかにましだった。相変わらず教師には反抗的に接していたけど、成績は上向いた。大体二十番台をキープしていた。
とはいっても、猛勉強の後遺症は激しかった。
僕は自室の勉強机に座ることができなくなっていた。

たとえ話をしよう。
アフリカの、とある部族では、成人した戦士は年に一度ライオンを倒さなければならない。
そのために彼らは訓練をし、武器の扱いに習熟し、肉体を頑健にする。
そんな部族で、成人したての青年がはじめてライオンに戦いを挑んだ。
その戦いは青年の勝利に終わった。
それも理想的な形で。
青年は周囲からの称賛、具体的には内申点四十四点くらいの評価を受けた。
素晴らしい好評価だ。
ただ、青年は体育教員に嫌われていたので、どれだけ頑張っても体育に五はつかなかった。
社会というのはどこでもそういうものだ。

話を戻そう。
さて、青年は勢いづいた。
この調子で、どんどんライオンを狩ってしまおう。
青年は傍から見れば異常とも言える強度と時間をかけて訓練をし、年に一度どころか月に一度のペースでライオンを狩り続けた。
周囲は青年の行動を不安視するものの、表面上問題はなかったので、青年を引き続き褒め称えた。
青年は増長した。

こんなに強い自分ならば、未来の族長に選ばれるだろうという確信があらわれた。
青年は高貴な生まれでも、優れた頭脳を持っていたわけでもなかった。
ただ、異常とも言える執着で、成功をもぎ取り続けた。

青年は失敗した。
ライオンに負けてしまったのだ。
それは疲労からくる判断力の低下や、増長して周囲の助言に耳を貸さなくなったことが原因だった。

そんなこんなでトラウマを植え付けられた青年は武器を持てなくなる。
人垣は去り、青年のたくましい筋骨はまるでそれまでが幻だったかのように消えてしまった。
青年は深く絶望する。
ああ、もっと人並みに生きていればこんなことには・・・・・・と。

僕はこのたとえ話を通して、自分がいかに非人間的な欲求に基づいて行動していたかを思い知らされた。
当時の僕は本気で機械になりたかったのである。
入力すれば、期待通りに出力するマシーン。
それは自閉傾向の強い僕にとって理想的な人物像だった。
これは冗談に聞こえると思うけど、自閉症スペクトラム障害ってこういう感じだからね。

で、これじゃいけない、と僕は思った。
もっと人間らしく振る舞おうじゃないか!と決意したわけだ。
それによって僕は良い子ちゃんをやめ、教師に反抗的に振る舞い、つまらん授業は教師の好悪に関わらず睡眠に費やし、母親には猛然と反論した。

僕はうつ病を経てようやく機械から人間になったのである。
なんだか手塚治虫の短編みたいな話だな、と書いていて思った。

そんなこんなで、人間になった僕はそこそこ偏差値の高い男子校に進路を決め、無事合格した。

この高校は発達障害者フレンドリー力が地元中学とは桁が違うレベルに高く、これほどまで僕に最適化された空間があるものなのか、と入学当時の僕は思ったものだ。

で、ここからが問題なんだけど、僕はその高校を途中退学した。
理由は単純で、進級先のクラスが、いわゆる空気読みが最優先されるムラだったからだ。
これは不思議で、私立の男子校なんて、しかも外部入学した連中なんて社会不適合者に決まっているのに、なぜか僕のクラスだけ空気読みが発生していた。

僕はそういう環境が耐え難かった。
ちょうどそのころ、名古屋大学のオープンキャンパスに行ったときに、「ライ麦畑で捕まえて」の原書を買った。
僕は夢中でそれを読み、ホールデン君に共感し、フィービーに萌えた。
フィービー萌えキャラじゃね。

僕はあんまり文学の力を信じてはいなかったし、今も信じているとは言いがたいんだけど、ホールデン少年の誤魔化しや自己陶酔や薄っぺらい将来の描き方を読み込むにつれ、不思議と、この作品はけして明るい小説ではないのに、なんだか自分もひとつ冒険をしてみようという気になった。

僕の行く果てが、ライ麦畑になるのか、孤独なトレーラーになるのか、それとも遊園地になるのか、それはまだ分からない。
だけど僕は生きたいと思うし、僕にはその力があると思っている。
I felt so damn happy。
人生はくそったれだし、鬱はくそったれだけど、この恥ずかしい自己陶酔も、壊れた脳ミソも、不思議と今は悪くないもののように思える。

僕がこれからどういう人生を歩むかはわからないけど、このくそったれな文章がささやかにでも未来の僕の役に立つことを願ってやまない。
まあ最悪役に立たなくても良いや。
笑ってくれればそれで良い。
行ってらっしゃい。


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日本紳士録

詩、小説が好きです。
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