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たまに思い出してはアレはなんだったんだろうなーって思う話

子供の頃の話。幼稚園から低学年ぐらいの頃。
いつもオカンと行ってたスーパーへの行き帰りの道に小さなお地蔵さんがありました。
歩道と道路を隔ててる背の低いツバキだかなんだかの植樹が一部途切れていて、そこにお地蔵さんがいました。

祠に入ってるわけでもなく、ただ小さなお地蔵さん(20センチぐらい?)がぽつんといました。

僕はスーパーの行き帰りいつも手を合わせるわけでもなくただなんとなくお地蔵さんの存在を確認していました。

ある日なんとなくオカンに聞きました。
「なんでここにお地蔵さんおるん?」
オカンは言い淀むこともなく言いました。
「ここで幼稚園の子亡くなったんや、車轢かれて」

確かに道路をはさんで幼稚園がありました。お地蔵さんの前にはお菓子やジュースも供えられ、幼稚園を見守るようにお地蔵さんは立っていました。
ちょっとびっくりした僕に構う事もなくオカンは続けて「だからあんたも飛び出したらあかんで」と言いました。

その時から少し僕はお地蔵さんの見方が変わりました。なんとなく悲しくて寂しいものに見え始めました。

隣に住んでたしんちゃんって言う同級生にその話をしました。しんちゃんは「知らんかったん?そうやで幼稚園の子死んでんで」と言いました。

その話の流れで僕としんちゃんと二人でお地蔵さんを見に行きました。なんとなく死んだ幼稚園の子を慰めにいってあげよう、何だったらあめちゃんをお供えしよう、みたいな軽いノリの僕らでした。

そしてお地蔵さんのところに行き、二人でお地蔵さんを見て驚きました。
いつもオカンの買い物について行った時に目にしてるお地蔵さんでしたがあきらかに姿が違ってました。

首がありませんでした。

こうやって書くと凄い怖い感じですが、その時のしんちゃんと僕は「誰かが壊したんや」と思い、首を探してあげようと思いその辺りの茂みとかを探し回りました。けど見つかりません。

あきらめて家に帰りました。
お地蔵さんの首がなくなってたのは、なんか子供心に言えなくて家族には言いませんでした。

そして何日か後、またオカンとスーパーに行く時首のないお地蔵さんを見せようと思って、僕はちょっとワクワクしながらオカンとお地蔵さんのところを通るのを楽しみに歩いてました。
そしていよいよお地蔵さんが見えた時でした。あ、良かったと思ったのを覚えてます。
お地蔵さんの首が戻ってました。
「何やのせかして」
オカンのその声を聞きながら、なんとなく悪い人がお地蔵さんの首をとったけどまた戻したんだと安心しました。

しんちゃんにも言いました。「お地蔵さん首戻ってたで」でもしんちゃんはもう興味なくしたようで「ふーん」って言うだけでした。

しかしそれから僕は何度か首のなくなったお地蔵さんを見ました。その度「悪い奴がいるな」と思いながらもまた戻ってたりするので、そのうち気にならなくなり、気がつけばオカンと買い物に行く事もあまりなくなりその道も通らなくなりました。

それからその地からも引越し、何年か経ってある事に気付きました。
「あのお地蔵さんしっかりした石でできてたなー」と。

ほんとバカな子供だったんで、無邪気に戻ったー!なくなったー!って言ってたけどそんな簡単になくなったり戻ったりするわけないよなーと。
僕の記憶のお地蔵さんは切れ目があるわけでもなく、なんかはめ込み式な訳でもなかったです。
まあそんなお地蔵さんはないと思います。

随分大人になってその頃住んでた地区に行く事があったので少し足を伸ばして、お地蔵さんがいた場所に行ってみました。

おじぞうさんはどこにもいなくて、幼稚園のあった場所はマンションになってました。

で、この話は終わりです。

幼かったんで、思い違いとか記憶違いとかはあると思います。でもあの首のないお地蔵さんのビジュアルは今でも結構はっきりと覚えていて、たまになんとなく思い出します。
あれはなんだったんだろうなーって思いながら。













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