二流先生雑録 第一話「呪いの銀食器」

『二流先生雑録』

 この物語は二流先生こと二葉流(ふたば ながる)先生と編集者の村上くんが織り成すちょっと不思議なストーリーです。
 二流先生はオカルトが大好きでよく「曰くつき」のものを買って来ては自宅の倉庫に入れてコレクションしています。そんなものだらけの二流先生の周りでは不思議なことがよく起こります。
 ほら、また先生がなにやら事件に巻き込まれるようですよ……

第1話 呪いの銀食器

 「村上くん、村上くん」

 男性の声があまり広くはない書斎に響き渡る。やたらに編集者の村上くんを呼ぶ声の正体は、怪奇小説家の二葉 流。今までに数本の怪奇小説を執筆し、それなりに磐石な生活基盤を持つ作家だ。

「先生、あんまり僕を呼びつけないでくださいよ」

 M社の編集者である村上くんは、二流先生のお気に入りでしょっちゅう家に出入りしては、倉庫の中身の片付けであるとか、あれであるとか、これであるとか、で二流先生の手となり、足となり働いている。

「いやあ、でもねえ。君は約束したじゃあないか。原稿を早く挙げることができたら倉庫の片付けを手伝う、と。僕はねえ、そのために4日は机で寝たんだよ」
「そもそも、先生がこまめに片付けていればこんなことにはならないんです」
「いやあ、そうは言っても連載を持つとねえ……」
「きちんと整理している人もいますよ」
「僕はそういうのができない人間なんだ」

 やれやれと村上君は息を吐くと、3ヶ月は切っていないようなぼさぼさの髪を束ねるためにタオルで鉢巻をした。

「はあ、先生に呼ばれなければ僕は彼女とデートだったんですよ」
「じゃあ、なんでこっちに来たんだい」
「お金が無いからですよ」
「金が無いのは言い訳だよ。世の中、愛は何よりも勝るもんだ」
「金が無い者は愛してもらえないんです」
「やれやれ、昼はそこのチェーン店でいいかい」
「先生。別に僕は別に昼飯やお金を催促をしているわけじゃありません」
「いやいや、労働には対価が必要だよ。あと、君にはお金と愛も必要だ」
 そういった他愛ないやり取りの後、村上くんは昼飯がもらえるなら、とそのまま気が進まないように二流先生のコレクションのある倉庫の方に歩き始めた。二流先生は、そこまで乱雑に散らかってないよ、と村上君に言ったが彼はそれに対して否定の言葉しか投げかけなかった。

「倉庫の扉は開くんでしょうねえ」
「開くよ、まったく。そこまで乱雑に散らかしてないと何度も言っているじゃあないか。人は信用するものだよ。特に親愛なる隣人にはね」
「先生と僕の距離は1駅2駅離れていますから」
「皮肉が好きだねえ」
「ええ、ええ。先生も編集長にはいつも皮肉を言ってるじゃないですか。割を食うのはいつも僕だ」
「分かったよ、彼の家庭事情には踏み込まないように善処しよう」
「ええ、善処してください。あの人はまた小遣いが減ったんだ」

 最近、流行らない腕まくりにタオル鉢巻の20代後半の編集者は学生時代に少し鍛えた筋肉と若さに任せて、重い荷物を持ち上げようとした。二流先生はいやあ、助かる助かる、とご満悦だ。
 と、そのとき玄関の方からインターフォンの音がした。二流先生の家は都心から多少は離れているが、そういう類の人間もそれなりにうろついている地域に住んでいる。こんな昼前にインターフォンを鳴らすのは決まってそういう連中だ。

「先生、僕が見てきましょう」
「いやあ、悪いけどお願いできるかなあ。僕はああいうのが苦手でね。読みもしないものや要りもしないものばかりが増えていくんだ」
「ははは、学生時代にはああいう手合いと仲良くお話したものですよ。ほんの2、3分で済みますからね」
「はいはい、頼りにさせてもらうよ。おっと、そうだ。重要な客人なら居間に通しなさい。上げた後は茶が沸くまで待たせておけばいい」
「先生は客人に対してですね……」
「待たせるとうるさいから早く行きたまえ」

 村上くんはブツクサ言いながら、玄関へ向かった。インターフォン鳴らしたであろう玄関先の人間と対面するためにドアを開けたが、彼の顔は不機嫌そのものだった。もっとも、それは訪問者を見る時までの話ではあったが。

「すいません、二葉流先生のご自宅はこちらでございましょうか」

 昼前でどこまでも青い青い空の下。ドアを開けばミンミンとセミが鳴く季節であることを思い起こす、そんな夏の日であるにも関わらずに――――

「少々、お話したいことがございまして」
 青い目に流れるような薄く細い金色の長髪。そして、それらを全て覆い隠すような黒装束の女が薄ら寒い笑みを浮かべながら都心から少し離れたとある住宅の玄関先に立っていた。村上くんも背筋に汗がつつーっと流れるような感じを覚えた。背中につららを入れられた、という感想がようやく分かった。自分の汗とは案外冷たいものなのだ、と彼がこれまでの人生の中において至極どうでもいいことを考えるくらいには。

「あのう、先生はご不在ですか。実は先生のコレクションの中にうちの一族の家宝がある、という情報を人づてに聞きましてこちらに足を運んだのですが……」
「ああ、はいはい。では、居間の方にご案内いたしますね。先生は少々、今手が離せないご様子ですので私が代わりに用件の方を伺いましょう」

 村上くんは冷や汗を拭った。黒いヴェールで顔は隠れているが、間違いなく英国とか仏国とか、その辺りのやんごとなき血筋に違いない。身振り手振りが一々上品でしなやかで、見ているとその白い絹肌の手の甲にすうっと吸い込まれそうに成る程だった。

「ええ、先程も話を致しましたが、我々の一族の家宝がこちらの方に流れている。そういうお話を人づてに聞きまして、こうしてお伺いをたてているところでございます」
「はあ、大変なものですねえ」
「そもそもが、私の叔父の親戚筋にあたる方の失態です。この人間がどう思ったのか、この銀食器を骨董屋の方に売り払ったのでございます。なんでもこの銀食器は呪われている、と騒ぎたて不気味に思ったその家族を騙して売却させたのです」
「はあ、呪われている、ですか」
「ええ、馬鹿馬鹿しいことなのですが、銀食器自体は王家の方から下賜された物。それを呪いの品だと……」
「ずいぶんと、その、罰当たりなことをしますね」
「ええ、まったく」

 彼女の動作が分からない。笑っているのか、怒っているのか、はたまた泣いているのだろうか。村上くんのガールフレンドとは大違いである。笑うし、泣くし、買ってくれと駄々をこねるし。そんなことを思っていると、後ろからその憂いを箒で雑に掃くような声で二流先生の自慢げな声が聞こえてきた。

「いやあ、いやあ、いやあ、あったよぉ。君達の話を聞いてすぐにピンと来たんだ。ほら、これはね布切れできちんと磨いていたからピカピカだよ。買った当時のくすみなんて1つも無い。いやあ、まさかまさか……」
「先生、お客さんですよ」
「まあまあ、これくらいはしゃがせてくれたまえ。私がこんなにはしゃぐのは、そうだなあ……」
「どうせ、新しいコレクションが手に入ったときくらいでしょう」
「むむ、君は人の好意をすぐにそう無碍にする」
「お話の方に移らせていただいてよろしいですか」
「ああ、すいません。私は物書きで世界で狭いものですから」
「先生!」

 その後は、村上くんが先生の失言を遮りながら、高貴なご婦人もとい銀食器の持ち主との会話を進めていく。端の方では、どこからか出した布切れで銀食器を得意げに磨く二流先生の姿があった。

「お金はいくらでもお支払いいたします。先祖の、そしてわが一族の誇りのために銀食器が必要なのです。お金なら元値の2倍、いえ、3倍……」
「先生はコレクションを意地でも手放さないのでお金では……」
「まったく、それは頭の中に金のことしかない骨董家や歴史を云々語る好事家だけの話だ。一族の宝なら私は元値でお返しいたしましょう。あと、拙著もお付けいたしましょう。母国に帰る際のお暇をつぶす際にどうぞ」
「ほ、本当にお返しいただけるのですか」
「ええ、ただし条件が1つ」
「じょ……、条件ですか」
「はい、契約書を作りましょう。これが無いと後々揉め事になりますので」
「そ、それだけで良いのならばぜひお願いいたします」

 その後は、適当なA4の紙に契約内容と必要事項を記入する、といった特に何の変哲も無いやり取りが行われた。先生も特にあれこれ言うわけではなく、ちょっとした談笑とちょっとした茶会が開かれて、その茶会で村上くん少し割りを食ったくらいである。
 そして、無事契約が修了すると彼女は丁寧にお礼の言葉を述べ、二流先生の家から去っていった。

「いやあ、先生。いいことをすると気持ちのいいものですね」
「村上くん、元はといえば僕の過失だ。だから決して良い事をしたわけではないのだよ。知らなかったとはいえ、彼女の一族の家宝を奪ってしまったのだからね」
「む、先生は善意の第三者ってやつですよ。知らない人間にそういうことを言うのは酷でしょう。ましてや、二流先生ですから」
「ましてや、とはどういう意味だね」
「そういう意味でございますよ」

 村上くんは二流先生に嫌味ったらしくそう言うと、時計を見た。もう黄昏時で日が暮れかかっている。彼女のことを目で追おうとベランダにちらりと目をやると黒い高級車が音を立てないようにやってきて彼女を乗せるとそのまま夜の帳に消えていった。

「はあ、まったくこれじゃ倉庫の片付けはできませんね」
「仕方あるまいよ。今日は夕飯でも食べていくかい。一日中仕事をさせてしまったからね」
「店屋物は高いですよ」
「だから旨いんじゃないか。さ、そばとうどんはどちらが好きだい」
「そばが好きです。そばの香りが好きなんですよ」
「高いものを頼むね。まあ、いいだろう。薬味はたっぷりと乗せた奴がいいかね」

 村上くんと先生はそれなりに非日常な昼過ぎからそのままこの日を終わらせた。この後、少しばかり奇妙で不思議な出来事に巻き込まれることになったが、それをここでは語るのは長すぎるので、また後日に語るとしよう。
 彼女のことも忘れかけた数ヵ月後、村上くんと先生が仕事をしていると再びインターフォンが鳴った。今回もそういう輩だと思い、村上くんが適当にあしらおうとドアを開けるとそこには以前と変わらぬ容姿の彼女が車椅子に乗って挨拶をした。

「どうも、すいません。実は再びご相談したいことがございまして……」

 彼女は少々口ごもると先生を玄関先に呼んで欲しい、と村上くんに頼んだ。彼は玄関先から不躾に二流先生を呼んだ。先生は、何だ何だと不満げに村上くんを迎えに行ったが彼女の姿を見て顔色を変えた。

「村上くん、少々タオルを買ってきてくれ。出来れば雑巾の方が望ましい。彼女をうちにあげよう」
「は、はい」

 村上くんが近所で雑巾を買ってくると、車輪を丁寧にふき取りそのままフローリングに上げた。村上くんと先生が赤い顔をしながら玄関から居間に上げると、彼女は申し訳なそうな表情ですいませんとつぶやいた。二流先生はいいのです、とそのまま彼女の言葉を遮った。

「すいません、その……」
「いえ、私も薄々予想していたことですので」
「先生は……」
「黙っていなさい」

 普段の偉ぶっている口調ではなく、威厳に満ち溢れた本来の二葉流の口調で村上くんの口をぴしゃりと閉じさせた。村上くんも久々に先生がオカルティストとして真剣に話す姿を見ておずおずと身を引いた。怪奇小説家である前にオカルティストである先生は何かをこの事件に見出したらしい。

「して、用件を聞きましょう」
「銀食器の方をお返しに上がりました」
「……、でしょうな。あれはあなた方にとっては良い結果をもたらさないものでしょうから」
「せ、先生、一族の家宝なんですよ。そんな言い方をしなくてもいいじゃないですか」
「いえ、本当に危なかったのです。一族が滅びかけましたから……」

 彼女は村上くんの出した安いパックの紅茶で暖を取りながら、少しずつその後のことについて話し始めた。

「最初は……、流行り病でした。私の父が急に倒れまして……、いえ、それ自体はよくあることなのです。最近は急に冷え始めましたから。私の住む国ではそこまで気にするようなことでもない病でした」
「そこからおかしいことが起こり始めたのですな」
「ええ、弟が看病にあたっていました。看病といってもこの国でも一般的に行われるような家族が着替えを持ってきたり水を飲ませたりする、そんなものです」
「特に変わりはありませんね」
「ええ、私も体に気をつけるように弟に言うと、本来の仕事に戻り……、そこから彼が死ぬまでいつもと変わらぬ日常を過ごしていました」
「じゃあ、弟さんはお亡くなりになったのですか」
「ええ、病が伝染し肺に入ったようで……、吐血しながら苦しみ亡くなったようです。その後、急いで病院に行こうとしたら歩道に車が……」

 途切れ途切れに自身と家族の不幸を話す彼女の目には涙が浮かんでいた。最愛の家族を喪ってしまったからであろうか。口の端がひどく曲がっていた。

「父はそのまま失意に暮れ……、食も細くなり合併症を起こして今は重体の身。いくら呼びかけても返事が返ってきません」
「お母様は……」
「ずいぶん前に亡くなりました。もう、私に家族と呼べる人間は……」
「なるほど……、ではお引取り致しましょう。こういうものはゲンとかジンクスと言いましょうか。そういうものが無くなると状況が好転することがままあります。こちらもあなたの用意したお金に手をつける前でしたので、ここにあの時の金額がそのまま残っています」
「そ、そんなこちらの都合で……」
「あなたの姿を見て、金だけ取るようなひどい人間に育てられた覚えはないのです。さ、これを……」
「あ、ありがとうございます……」

 二流先生は契約書に則りながら、返金と返品の手続きを進めていった。村上くんはただそれをぼうっと見ていることしか出来なかった。以前、見たときは恐ろしささえ覚えた彼女が今はこんなに頼りなくか細い単なる少女のように思えたからだ。

「これで契約は無事成立です」
「ありがとうございます」
「玄関まで送りましょう」
「いや、村上くん。君が近くまで送って上げた方がいい。何かと車椅子とは不便なものであるからね」
「分かりました、先生。それでは行きましょうか」
「……、本当に申し訳ありません」

 彼女の涙を見ないように村上くんは車が来るであろう広場に送っていった。しかし、彼女は、今日は迎えが来ないのです。本来ならばこういうことをお願いするのはおこがましいことなのでしょうが、と前置きしつつ村上くんに近くのホテルに送ってもらえるよう頼んだ。

「大変でしたね」
「ええ、本当の不心得者は私達だったのですね。売り払った方は一族のことを真剣に考えていたのに」
「いえ、そういう意見の相違は誰にでもあるものですよ。僕と先生みたいに」
「私にもそういう風にいえる人間がいたのですけどね」

 そうつぶやいている彼女は虚空を見つめていた。きっと今は戻らない弟のことを考えているのだろう。そんなことを思うと村上くんは余計に心が締め付けられるような思いになった。

「さあ、村上くん。答え合わせの時間といこうじゃあないか」

 彼女を送り終えて、先生の家の玄関をくぐるといつもの調子に戻った先生がパイプをふかしながら村上くんを待っていた。

「先生、不謹慎であるとは……」
「ああ、思うがそれ以上に君には伝えておくべきかな、と思ってね」

 先生は煙をわざとらしく口から吐くと居間に村上くんを連れ込み、自身の推理を話し始めた。

「では、まず銀。英語ではシルバーとも言うが、これは一般的に魔除けの性質を持つ高潔な金属なのだよ」
「ええ、銀の弾丸などはよく小説などで使われる表現ですね。よく化け物に撃つと、相手を一発でバーンと倒すような……」
「ああ、だから言おう。あの銀食器には呪いなどかかっていないのだよ」
「えっ、そんな現に彼女の弟さんは……」
「ただの不幸じゃあないね。これは仕組まれた不幸というやつだ」

 先生はプカプカとパイプを吸っているが、語ることに少しずつ夢中になり結局パイプを置いて熱心に話し始めた。大物作家気取りよりも自身の推理を語るほうが重要だったようだ。

「仕組まれた、ですって……!」
「ああ、とても巧妙に、そして狡猾に、だ。」

 先生の推理は続く。村上くんが早く答えを知りたがっているのを分かっているのにわざと回り道をしながら答えを詰めていく。

「なあ、村上くん。僕は契約書を書いただろう」
「はい、そうですね」
「もちろん、この契約書には彼女のフルネームが書かれている。そこからちょいと彼女のことを調べたのだよ、独自のルートを使ってね」
「今は個人情報とかがややこしいので、そういうのは……」
「まあ、今回は彼女が貴族だったので簡単に調べがついた。君はとある王国には暗部があったということは知っているかね」
「暗部ですか。暗殺とかを行うようなあれですか」
「ああ、正確に言うと暗部というのは暗殺だけでなく裏工作等を行う専門の一族の俗称だ。彼女はそこの一族の出なのだよ。あの黒いヴェールも一族の者以外に顔が割れないようにするための工夫だったようだね。現在では形骸化しているが」

 先生はことの真相を語るにつれ、少しずつ熱くなっている村上くんをたしなめながら続きを話した。きっと、この結末が分かった途端に彼は激発するであろうから。

「でも先生、それに一体何の関係があるんですか。昔のことを話されても……」
「うむ、実はなあ……、暗部というのは王家にとって恥部であるのだよ。無論、今の政治家でも裏工作をすれば問題になるが、王家にとってもそうであったらしい」
「うーん、話が見えませんよ、先生」
「小説家というものは焦らしてこそ、読者に感動を与えられるのだ。君のように何でも早く早くというのは、少々いかんなあ」
「先生!」
「話を戻すか。暗部というところは呪い、悪魔、魔法、そういうものに手を出して研究していたところでもあるのだな」
「あれ、先生、それじゃあ……」
「気づいてしまったかね」

「これは王家による暗殺だよ。誰にも分からない巧妙な、ね。」

 先生はさらに言葉を続け、村上くんが呆気に取られている間に話を進めていった。

「さあて、この銀食器は件の一族に王家の人間が下賜した物なんだ。つまり、王家の魔を祓う為に一族を犠牲にしようとしたのだよ」
「……、そ、それは……」
「もちろん、王家それ自体が直接的に手を下すと後々問題になる。そこで彼らが思いついた方法は、王家から魔を払うために銀を使うことだった。まさか、これほどまでに効果があるとは思っては……、いや、もしかしたら予想通りだったのかもしれないね」
「え、でも彼女は……」
「最初は件の一族の本家に渡されて猛威を振るったのであろう。彼女は分家の人間で功をあせった形になるのかな。ともかくだ、本家は件の銀食器でほとんど全滅し分家の下を転々としていった訳だ。自らを殺す銀食器を王家からの一品であるからと崇め奉った結果が……」
「暗部の一族の滅亡、という訳ですか。そこで気づいて売り飛ばしたのが、彼女の言っている親戚筋だった、と」
「ああ、彼は相当非難されただろうね。それでも、一族を守るために汚名を被ったわけだ」
「何というか、やるせないですね」
「ああ、実にそうだ。元は魔除けでも立場が違えば、それは呪いと一緒だ。日本も古来から土蜘蛛や蝦夷など様々な者を魔に見立てている。人を魔に見立て、排除する。そして銀食器は呪いの銀食器へと変わり果てる訳だ。いやあ、なかなかにいい趣味をしているな」
「魔よけのはずの銀食器が呪いとして悪用されるなんて。何だか、こう、そのぉ……」
「君の少ない語彙力で気取った感想を言う必要はないよ。ただ、世の中にはこういうこともあるということを知っておきたまえ」
「それでも……、何だか、そのぉ……、許せないというか……」

 少しずつ、怒りのボルテージがあがりつつある村上君に先生は懐からガサゴソと何かを取り出し、彼の目の前にひょいと投げた。

「これは……、電話番号ですか?」
「もし、君が彼女のことを思うのなら行ってあげたまえ。そのために君に送らせたのだから。車椅子でここまで来るのは意外と重労働でここに来るまでに彼女は疲れていたからね。きっと、君に滞在先まで運んで欲しいと頼むのではないか、と思っていたがドンピシャというやつだね」
「でも、先生。僕には彼女が……」
「ああ、そんなもの放って置きたまえ。君のことだ、あと数日で三行半が来るからそれで解決だ。夏のデート日和に彼女をすっぽかして倉庫の片付けに来るくらいだ。もう冷え切っているのだろう」
「う、うぐぅ……」

 図星であったらしく、村上くんは黙ってしまった。

「さ、彼女に真実を伝えるのは君の役目だ」

先生は君の語彙力で上手くいくといいけどね、と冗談めかして言うと、そのまま倉庫に引っ込んで銀食器を片付け始めた。
 その刹那――――

「あーっ!」

 二流先生は、倉庫にある脚立から転げ落ちて腰をしたたかに打ち付けていた。

「先生、大丈夫ですか!銀食器の呪いですか」
「馬鹿言え、僕は常に高潔で裏などない立派な小説家だよ!」

 きっとこの事故は銀食器とは何の関係も無いことであろう。そう信じておきたい。

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