弁護士・法務部にとってMBAはプラスなのか(多分に私見)



第0 はじめに

 一昨年の #裏legalAC で「企業法務系事務所アソシエイトのキャリアプラン考察(MBAを中心に)」を投稿させていただいてはや2年。私は事務所を移籍しパートナー弁護士に昇格(?)しました。
 また、MBAを本年秋に無事取得できましたので、MBA取得までの道のり(結構大変でした…)や、MBA取得が弁護士として業務に活きているのか、といった点について自分なりの考えをお伝えできればと思います。

第1 なぜMBA取得を思い立ったか

 まずは前記事のおさらい的に、なぜMBA取得を思い立ったのか、です。要約すれば以下の2点でした。

  1. 企業のことをもっと理解したい

  2. (法律事務所経営者ないし個人事業主として)経営を知りたい

 (地方都市ですが当地では一番大きい)企業法務事務所でアソシエイトとして数年勤務をして幅広い企業法務案件を対応させていただきました。しかし、法律相談に至るまでの企業の動き(「なぜその事業をしようと思ったのか」等のビジネスマインド、組織がどのように動いているのか、人事労務問題以前の「どのような人事制度設計なのか」etc)が弁護士業務をこなすだけでは分からなかった(正確には私が怠惰ゆえ勉強しなかった)こととアソシエイトであるために「法律事務所経営の勘所」が全く掴めないまま数年たってしまったことへの焦りが、私をMBA取得へと駆り立てた訳です。

第2 MBA取得までの道のり

 費用感や国内MBAか海外MBAかみたいな話は2年前の記事で話しているので、今回は履修科目の概要など。

1 1年目夏学期

 ⑴ マーケティング

 今までに全く考えたことがなかった分野で、周りの受講生との差を一番感じた科目でした。それもそのはず、世の事業会社は「自分たちの商品、サービスをいかに買ってもらうか」が業績に一番直結する(要するに一番大事な)ためです。もちろん弁護士もリーガルサービスを依頼者や顧問先に提供していますが、他事務所との差別化や本格的なマーケティング(広告宣伝に限るものではなく、商品設計なども踏まえた広義の意味での商売戦略)までそこまで深く考える必要はなく、そこまでしなくてもある程度稼げる業界(参入障壁の高さなどが理由であることもマーケティングを学んだために分かるという皮肉感…苦笑)なのです。
 しかしながら、移籍後の事務所では、後述するようにこの視点をMBAで学んだことがとても活きました。

 ⑵ 人的資源管理

 マーケティングとは逆に、人事労務案件は多く対応していたため、比較的とっつきやすい分野でした。といっても私が見ていたのは「法律や裁判例、就業規則に基づく懲戒処分や人事権の行使の適法性」という一側面ではなく、「どのような組織設計をすべきか(マクロ)」「従業員のモチベーションや作業効率をどのようにあげるか(ミクロ)」といった適法性が直接問題にならない部分(かつ人的資源管理のエッセンス)を学ぶことができたのはかなり直接的に今の業務(事務所運営)にプラスでした。また、ここで修士論文のテーマとした「シェアド・リーダーシップ」についても学ぶことができたのは良かったです。

2 1年目冬学期

 ⑴ ファイナンス

 同学の先輩方から口々に「うちの鬼門はファイナンス」と言われていたのですが、その通りかなり大変な科目でした。学期を通じたグループワークとして「それぞれ国内のドラッグストア企業を選び、CFOとして財務諸表を分析した上で経営改善策を提案せよ」が、成績に反映される中間レポートや期末プレゼンでは「特定の企業の財務諸表を分析し、DCF法を用いて株価が向上するM&Aプランを検討せよ」という内容でした…今思い出してもこの科目が相当ヘビーでした。
 おかげで普段のM&Aで財務DDや成長分析をしてくださるファイナンス部門の皆様へのリスペクトが増しました…DCF法ってこんなに大変なのか(笑)
 あとファイナンスの先生はお二方いてどちらも威厳ありまくりなのですが、仲良くなるにつれて二人とも茶目っ気たっぷりないい大人で最高に素敵でした!

 ⑵ ネゴシエーション

 こちらは弁護士の本業ともいえる交渉の学問であり、楽勝だろうと心の奥底で思っていたのですが、逆に目から鱗が沢山落ちました(苦笑)
 たとえば、教科書として用いていた「戦略的交渉入門」では注意すべき様々な心理的バイアスが掲載されているのですが、そのどれもを普段の交渉で使ってしまっているという事実…ダメダメすぎると反省すると同時に、「いやこれ他の弁護士もしてるな…」とも思い、この学問を学ぶ意義(アドバンテージ)を実感しました。ファイブステップアプローチやBATNAなど、普段の業務にすぐに活かせるフレームワークを学べたのも良かったです。

3 2年目夏学期 

 ⑴ リーダーシップ

 人的資源管理と同じ先生によるリーダーシップの授業。この授業では様々なリーダーシップ理論を学べたのですが、最も特徴的だったのは「他の受講生に対してリーダーシップ理論が学べるケーススタディを考えろ」というグループワークでした。「人に教える時に一番勉強して理解する」を地でいく形で、受講生のグループで毎週あーでもないこーでもないとディスカッションして何とか形にしていくことができました。さらに、最後にはそのグループワークメンバー間でケーススタディ作成プロジェクト内でのリーダーシップをお互いFBするというサプライズ学びつき。とても勉強になりました!(この頃くらいには修士論文のテーマもリーダーシップ理論にしようと考えていた)

 ⑵ ストラテジックマネジメント

 企業の経営戦略論。ポーター(外部環境)とバーニー(内部環境)の学派対立、クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」、エコシステム、学習組織など、オーソドックスな理論から最先端の論文研究テーマまで、幅広く学ぶことができ良かったです。マーケティング等これまでの他科目の学びも活きましたし、レポート課題では現在の事務所を経営戦略論の観点から分析ができたのが良かったです。

4 2年目冬学期(修士論文)

 この項目だけで2万字は書ける…それくらい大変でした。。。(笑)
 ダイジェストで説明するとこんな感じ。

  • 勝手が分からない研究計画書を大急ぎで作成(9月)

  • 週1で論文ゼミ開始。もう1人の同期が優秀過ぎて焦る。論文の概念フレームワークがうまく作れず超絶焦るも、妻(他分野で論文結構書いてる)の助けを借りなんとか完成(10月~11月)

  • 定量調査のため急いでアンケートを作成するもなかなか回答数を稼げず焦る。友人やSNS経由で必死に協力をお願いし、最終的に100名を突破。本当にありがとうございました!(12月~1月)

  • アンケートの分析で初のSPSS。何もかも分からな過ぎてテンパるも、ゼミ担当教官がとても丁寧に教えてくださり、何とか論文の形になる(2月~3月)

 とっても大変でしたが、研究計画書の作成の際に教官から言われた「自分の仕事に活きて、しかも社会的に意味のあるテーマを設定できれば、やる気が出るので論文は書ける」というややスポ根めいた教えが最後のひと踏ん張りに繋がった気がします。
 論文のタイトルは「法律事務所の経営に関するシェアド・リーダーシップの促進要因について」です。シェアド・リーダーシップという考え方が、法律事務所の(案件処理ではなく)経営面で促進されるために必要な要素を検証しました。内容が気になる方はTwitter(現X)にDMかリプください!
 そして7月末に無事論文がパス!(一応成績はmeritだったので、悪くなかったのだと思います…!)※国内受講ですが、海外大学院の日本プログラムのため英国基準です。

第3 MBAは弁護士・法務部の人に活きるか

 さて、今回の記事の本題です(ようやく)。
 MBAを取得したことが、弁護士や法務部など他の事業部に比べビジネスに触れる機会が少ない人にとって活きるかという点ですが、完全に私見ですが回答はYesです(まぁそりゃそう言うよね)。
 主に以下の3つの点を挙げてみたいと思います。

1 ビジネスの解像度

 一番私に足りていなかった点なので、やはりこれは挙げざるを得ません。もちろんただビジネス用語を知ることができたということもありますが、それ以上に、グループディスカッションや授業で他分野のビジネスの第一線で働く人の考えや企業の内情を知ることができたことが大きかったです。これはビジネス書籍を読むだけでは絶対に得られない生の情報。
 顧問先の法律相談でも、ビジネス面の背景を理解できるとスキームのアドバイス等で深みが出せている、と思います…!(思いたい)

2 (法律実務以外の)読書やリサーチの習慣

 もちろん法律相談や案件処理で法律文献や裁判例のリサーチは怠っていませんが、ビジネス分野でも同様に書籍や論文のリサーチをするようになりました。法律文献や裁判例ってある程度勘所つかめないとリサーチめっちゃ時間かかって、逆に勘所つかめていると「大体ここらへんかなぁ」というアテが立つじゃないですか?それがビジネス分野でも出来るようになった感じです。また、「J-Stage」の存在を恥ずかしながらMBAの勉強過程で初めて知りました…色んな分野の論文が調べることができてよいですね(今さら)。法律学の論文ってかなり一般的な論文と比べると構成が特殊だなということも知りました。あ、あと結構英語論文も調べる機会が増えました!TOEIC875の読解力が火を噴くぜ…(昔とった杵柄)

3 社会人になってからのコミュニティの広がり

 これは2年前の記事でも少し触れましたが、やはり経済的利害関係なく、同じMBA取得という目標に向かって一緒に勉強する大人の仲間が増えたのはとても大きかったです。私が受けたMBAは1学年の人数は多くないのですが、意外と長い間続いていて(私が31期、半年ごとに入学するので今35期くらい?)同窓生コミュニティは意外と人がいます!周りにはいませんでしたが5期上の弁護士の先輩ともつながることができました。そして何より同期の顧問先ができました!圧倒的感謝…!!これもビジネス書籍を一人で読んでいるだけでは絶対にできないやつですね!!!

4 組織運営への知見提供

 かなり特有の事情だと思いますが、今の事務所が組織運営に注力して諸々の制度設計作りに着手したこともあるので、MBAでの知見が色んなところで活かしたいと思っており、一部では既に活かせている印象です(人事評価制度、ナレッジマネジメント、リーダーシップ、マーケティング等)。

第4 さいごに

 新大阪に向かう新幹線内で本稿を執筆しているので最後はバタバタになりましたが、一通り私が書きたいことは書けたかなぁと思います。(と思いましたがすぐに不足点に気づき加筆…)MBAは時間的経済的コストもかかりますが、それに見合うだけのリターンはあると思うよ、という感じです。
 もし国内・社会人MBAをお考えの方がおられましたら、お気軽にTwitter(現X)にDMかリプください!(ただし入試は特になかったのでそこはお力になれないかも…すみません!)
 今後も、研究テーマであったシェアド・リーダーシップ理論をはじめ、MBAで得られた知見は少しずつ皆様にお伝えできればと思います(教えてやるとかいう偉そうな話ではなく、自分の学びのためのアウトプット練習としてです(笑))。
 新神戸駅に着いたのでそろそろ降車準備します。また最後に唐突に私の好きな言葉を挙げさせていただきますね!(なんで)

 それでは皆様良いお年をお迎えください!

「いつだって時代は過渡期だし、キャンバスは真っ白なんだよ」

馬場康夫著「エンタメの夜明け ディズニーランドが日本に来た!」(講談社)

「創造的人生の持ち時間は10年だ。芸術家も設計家も同じだ。君の10年を力を尽くして生きなさい」

映画「風立ちぬ」カプローニの台詞

「本物は続く、続けると本物になる」

東井義雄(教育者)


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