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書評:熱風2013年2月号 特集「嘘をつく人」

スタジオジブリは、毎月10日に「熱風」という無料の文芸誌を発行しているのですが、2013年2月号の特集は「嘘をつく人」です。

「嘘をつく人」特集のラインナップは、以下の通りです。

震災と「嘘つき」(斎藤環)
「嘘をつく人」考(渋井哲也)
嘘をつくひと、正直なひと(川上量生)
ホラの国アメリカ(町山智浩)
私が嘘つきを小説に描く理由(岩井志麻子)
荒川にカンガルーがいた頃(小田嶋隆)

今回の特集に関する記事は、作者個々に注力しているポイントや切り口は違うものの、書いている内容には共通点がみられました。今回は、共通点にそって、書かれている内容をご紹介したいと思います。

人はなぜ嘘をつくのだろうか。

人はなぜ嘘をつくのでしょうか。そもそも、人が嘘をつくのは脳の性質であると聞いたことがあります。なんでも、人間の脳は自分にとって都合の悪い情報(恐怖、痛みなど)を、ストレートには受け入れないようにできているのだそうです。したがって、人間は脳に記憶する際、自分にとって都合の悪い情報は都合よく変換されて記憶しているので、改めて思い出して話した時「嘘をついている」と言われてしまうのです。

しかし、それだけが人を嘘をつく理由にはなりません。「震災と「嘘つき」」という記事を書いた斎藤環さんは、記事の冒頭でこのように語っています。

人はなぜ嘘をつくのだろうか。
おそらくそれは、多くの人が嘘を必要としているからだ。
もちろん必要にもいろいろあるが、必要のない所に嘘はうまれない。

では、なぜ人々は嘘を必要としているのでしょうか。

人は「嘘をつく」ことで救われる

なぜ人々は嘘を必要としているのか。本書では「嘘をつく人」「嘘をつかれる人」それぞれの側の立場の考えを説明しています。「「嘘をつく人」考」という記事で渋井哲也さんは「嘘をつく人」について、記事の文末でこのように語っています。

私が出会った「嘘をつく人」たちは、少し気をつけていれば、
嘘と見破る人は出てこないといったケースがほとんどだったりする。
それでも嘘をついてまで「キャラ」づくりをし、注目を浴びたいのだ。

自己顕示欲が強いと言えってしまえばそれまでだが、
その深層心理には「寂しさ」があるのではないかと私は思っている。

「寂しさ」を紛らわすために、人は嘘をつく。この考えが正しいとすれば、嘘を信じてしまう人はどんな人なのだろうか。「私が嘘つきを小説に描く理由」という記事の中で、岩井志麻子さんは以下のように語っています。

嘘つきって不思議な魅力があるんです。
口がうまくて強烈な自己アピール力があるので、その怪しい光に目をくらまされてしまう。
(中略)
人間は嘘によって救われることもありますよね。

僕は、岩井志麻子さんの「人間は嘘によって救われることもありますよね。」という言葉に、思わず膝を打ちました。なぜ人は嘘をつくのか。それは「嘘をつくことで救われる」からではないのでしょうか。

「寂しさ」を紛らわすために嘘をつくことで、嘘をつく人だけでなく、嘘をつかれる人も救われる。そこが、人が嘘をつく理由なのではないかと思います。

嘘つきが生きづらい時代

では、現代は嘘をつく人にとって、どのような時代なのでしょうか。
「嘘をつくひと、正直なひと」という記事で、川上量生さんは以下のように語っています。

ネットが発達した現代は、嘘つきにとってはおそらくとても生きづらい世の中なのだと思う。
(中略)
「いったんついた嘘はつき通せ」というのは、だれがいったかしらないが、よく耳にするフレーズだ。
ネット時代はこの嘘をつき通すというのが難しい。
過去の発言はどんどん記録され参照され比較される。
ささいな矛盾もネットに残った記録で明らかになる。
こういう環境では嘘つきという生き方は、損得勘定すると分が悪い。
(中略)
ネット時代には嘘の範囲も広がる。
あいまいな発言もネット時代には真意をはっきりと確かめられて、嘘つき呼ばわりされる運命にある。

嘘つきにとってとても生きづらい世の中は、一転正直者が特をする世の中とも思え、素晴らしい世の中になったと言えなくもありません。しかし、人は嘘によって救われる(ことがある)生き物です。嘘つきにとって生きづらい世の中は、人々にとって救いの手段を失った世の中とも言い換えられるのではないのでしょうか。

「嘘つきが生きづらい時代」はファンタジーが受け入れられない

「嘘」という救いの手段を失いつつある現代社会は、どこにむかうのでしょうか。そもそも、エンターテイメント産業の創作物は、嘘から産まれています。だからこそ、スタジオジブリは現代社会における「嘘をつく人」に注目し、自らの今後の進むべき道を注意深く判断しようとして、こんな特集を組んだのかもしれません。

そう考えると、スタジオジブリが「風の谷のナウシカ」や「天空の城ラピュタ」のようなファンタジーを作らない理由は、「ファンタジーという「嘘」が受け入れられる時代ではない。」と判断したからないか。そんな気がします。

いずれにせよ、「嘘をつく人」というテーマはシンプルではありますが、様々な切り口から深く考えさせられる特集です。ぜひ手にとって読んでみてはいかがでしょうか。


※2013年2月の記事を再編集しました。


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