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書評「絶滅危惧職、講談師を生きる」(神田松之丞)

ある時、仕事中に20代の女性社員2人と話していた時、なぜか落語の話になった。1人はたまたま落語に関わる仕事をしていたそうで、落語に詳しい。もう1人は、落語が好きで、たまに末広亭に講座を聴きに行くのだという。

彼女たちが異口同音に語っていたが、寄席に通う20代の女性は少なくないそうだ。僕はあまり寄席に行ったことがないのですが、2人がおすすめしてくれたのが、「渋谷らくご」という寄席です。

「渋谷らくご」とは、「初心者でも安心して楽しめる落語」というテーマで渋谷のユーロスペースで行われる寄席で、サンキュータツオさんがキュレーターになって、若手の落語家だけでなく、講談師、浪曲師も出演し、若者に寄席に興味を持ってもらおうと開催されているイベントです。

そして、彼女たちが異口同音に「面白い!」とおすすめしてくれたのが、落語家ではなく、ある講談師でした。講談師の名前は、神田松之丞。おすすめしてもらったので、早速Spotifyのライブラリにある、シブラクの名演集を聴いてみました。

これが、すごかった。圧倒されました。特に「赤穂義士伝 荒川十太夫」で披露された、忠臣蔵にまつわる人情噺は、落語の人情噺がちゃんと理解出来ない僕でも、情景が目に浮かび、思わず引き込まれてしまいました。

神田松之丞とは、何者なのか。詳しく調べようとしていたら、ちょうどその頃に「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」という番組で、インタビューが放送されました。そして、その内容はジブリが発行する広報誌「熱風」にも掲載されました。

インタビューを読んで印象に残ったのは、神田松之丞さんが現在に至るまで、どこか俯瞰した目線で、自分自身を見つめていることでした。自分のことなのに、どこか自分ではない。そんな視線はどこから得られたのか。インタビューを読んで、神田松之丞という人に興味を持ち、神田松之丞さんの著書「絶滅危惧職、講談師を生きる」を読んでみました。

「お客様の目線」を大切にする講談師

印象に残ったのは、神田松之丞という人は「お客様の目線」をとても大切にしている人だということです。神田松之丞は講談師になろうと決意した後、すぐに弟子入りをするのではなく、自分の中で「講談とはなにか」を客の立場で作り上げてから弟子入りしようと考えます。

演者って、お客さんの時代がながければ長いほど良い芸人になれる気がします。

「お客様の立場になって考える」とは、仕事に向き合う上で、どんな仕事でも求められる姿勢ですが、神田松之丞は自然とその大切さを理解していたのだと思いますし、プロになる前に、その大切さを身体に染み込ませてからプロになろうという考えに驚かされました。

予備知識があるやつだけがいいと思うものは大したことない。

「お客様の目線」を大切にしているからこそ、神田松之丞という人は、「分かる人だけが分かれば良い」という芸をしようとは考えていません。

何の予備知識もなく、その場にいる人を打ちのめすのが本物で、予備知識があるやつだけがいいと思うものは大したことない。

こういう姿勢をもった人が1人でもいる限り、講談はなくならないと思いますし、むしろ、再び盛り返す可能性も十分にあるのではないか。僕はそう感じました。そして、改めて読み返すと、耳が痛い言葉でもありました。なぜなら、最近ワールドカップに関するツイートを観ていると、予備知識があるやつがいい、というサッカーファンのツイートを目にしていたからです。

知らず知らずのうちに、自分も「予備知識があるやつだけがいい」と口にしていないか。言葉にしていないか。そんな事を考えてしまいました。

僕は読み終えて、ますます、高座を聴きたくなりました。なかなか独演会のチケットも、渋谷らくごのチケットも取れませんが、機会を見つけて、高座を聴きに行こうと思います。

そして、もしこの書評を読んで講談に興味をもった方は、Spotifyのシブラク名演集を聴いてみることをおすすめします。抱腹絶倒のまくら、そして思わず引き込まれる語り口に圧倒されるはずです。


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