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風間八宏はなぜ自ら掲げたコンセプトを貫けるのか

2012年シーズン途中から2016年まで川崎フロンターレの監督を務め、2017年シーズンから名古屋グランパスの監督を務めている風間八宏監督。僕は風間さんのサッカーをより深く理解し、広く知ってもらうために、プレビュー/レビューを毎試合書いてきました。

風間さんは、「相手の事は関係ない」「自分たちがどうプレーするかが大切」と繰り返し語ってきました。

風間さんは、ボールを保持し、自分たちの技術を駆使して相手の守備を崩し、相手より多くの得点を挙げ、試合に勝つことを目指しています。相手にボールを奪われるとしても、「相手に奪われる」という表現ではなく、「自分がミスしたからボールを失う」という表現を用いて、「相手」を主語ではなく、「自分たち」を主語に用いて、徹底的に自分たちのプレーを突き詰める事に、選手、スタッフをフォーカスさせていました。自分たちがコントロール出来る事にフォーカスさせ、チームを成長させられるのが、風間さんという指導者の強みです。

風間さんが監督を務めていた、川崎フロンターレと名古屋グランパスの成績のリーグ戦の成績を調べていて、印象に残っているのは「負けすぎない」事です。

風間八宏のチームは「負けすぎない」

Football-Labにて川崎フロンターレと名古屋グランパスの成績を調べると、連敗は最大で3連敗までしかしたことがありません。

風間さんのチームは失点が多いと言われることが多いですが、データを調べてみると、5失点以上したのは2015年シーズン ファーストステージ第14節清水エスパルス戦のみ(2-5で敗戦)。実は4点差以上の負けは1試合もありません。3点差以上の敗戦は、2012年に1試合、2013年に1試合、2014年に2試合、2015年に1試合、2016年に2試合と、「失点が多い」というイメージの割に、大量失点や大量失点差で敗れることが少ないのです。

「負けすぎない」というイメージを裏づけているのは、連敗の少なさと、勝利なしの試合が少ないことからも分かります。

風間さんが就任しているチームは、最大で3連敗までしか喫していません。勝利なしの試合が続いたのも、2012年シーズンの第20節から第25節、2013年シーズン第1節から第6節までの6試合が最大で、勝利なしの試合が6試合あっても、期間中の成績は3引き分け3敗と、6連敗しているわけでもありません。

風間さんは、「相手の事は関係ない」「自分たちがどうプレーするかが大切」と繰り返し語るので、相手チームの事を分析せず、自分たちのやりたいサッカーだけをやる監督だと思われがちです。しかし、僕は、風間さんの発言を目にしながら、「わざとそう思われるように仕向けているのではないか」と思っていました。本当に自分たちのやりたい事だけやっていたら、相手チームが研究してきて、対策してきたら、為す術がありません。

風間さんの戦い方を真似する人は、たぶん風間さんの言葉を真正面から受け止めて、本当に「自分たちがやりたい事だけやっている」のではないかと思います。または、上手くいかなくなったらコンセプトを貫けず、目の前の負けを回避するためのサッカーをしているうちに、自分たちがどのようなサッカーを目指してしまうのか、忘れてしまうチームもあります。

風間さんの凄さは、自らが掲げたサッカーのコンセプトを貫きつつ、現実と照らし合わせて微調整出来る事だと、僕は感じています。Jリーグでは相手もよく研究しているので、3試合と同じ戦い方は出来ません。試合ごとに微妙に修正しなければ勝てません。

なぜ、そんな事が出来るのか。僕が考える理由は3つあります。

実は相手チームを徹底的に分析している(?)

1つ目の理由は、「相手チームを徹底的に分析している(と思われる)」です。

風間さんは、「相手の事は関係ない」と語りますが、それは味方に対するメッセージで、実際にそうしているわけではありません。推測ですが、風間さんは、自分たちが実現させたいサッカーを試合で披露するために、相手の強みと弱みを徹底的に分析していると思います。そう見せないだけです。

風間さんが「相手チームをきちんと分析している」と感じるのは、相手チームに応じて、フォーメーションを変えたり、相手チームの弱点をついたことで、勝利した試合がいくつもあるからです。

例を挙げると、風間さんが就任した当初、川崎フロンターレはサンフレッチェ広島を苦手にしていました。ペトロビッチ監督と森保監督が率いたチームは、攻撃と守備でフォーメーションが変わり、特定の場所に人を集めることで数的優位を作り出し、相手チームの守備を崩そうとしているチームです。この特殊なチームに対して、川崎フロンターレは、当初は特に対策を施さずに戦っていましたが、サンフレッチェ広島の4-1-5というフォーメーションに対抗して5-4-1で守るようになり、数的優位を作らせないようにしました。次第にサンフレッチェ広島との対戦成績も良くなっていきました。

また、風間さんはさりげなく相手の弱点をつきます。浦和レッズと戦うときには、必ずレナトを森脇にぶつけ、1対1を仕掛けさせ、相手の守備を崩していました。

当時の浦和レッズのキーマンは森脇でした。森脇の正確なパスは、浦和レッズの攻撃にとって必要不可欠でした。しかし、森脇はスピードがある選手ではなく、ドリブルで1対1を仕掛けられた時、上手く対応出来ない時があります。2012年から2015年シーズンの途中まで、川崎フロンターレにはレナトというドリブルの上手い選手がいたので、森脇にレナトをぶつけ、何度もサイドを崩し、ゴールを奪っていました。レナトがいた時期は、川崎フロンターレにとって浦和レッズは、得意なチームでした。

風間さんは自分のチームの強みと相手の弱みを照らし合わせ、自分たちの強みを活かすための施策を考えている人です。自分たちの強みを活かし、さりげなく相手チームの強みを消すためには、フォーメーションを変える事もします。ただ、徹底的に主語は「自分たち」。選手やスタッフには、相手の対策をしている事を意識はさせないのです。

練習にさりげなく相手チーム対策を刷り込む

2つ目の理由は、「練習にさりげなく相手チーム対策を刷り込む」という事です。

風間さんは、「自分たちがどうプレーするかが大切」と語りますが、それは決して「自分たちがやりたい事だけやる」わけではありません。

風間さんは、相手の強みと弱みを分析した上で、自分たちが実現させたいサッカーを披露するために、どのような点に注力すればよいのか、どんな練習をすればよいのか、徹底的に考え、具体的に練習に落とし込んでいるのだと思います。風間さんはことさら守備だけを強調した練習はしませんが、相手の強みと弱みを分析した上で、さりげなく相手の特徴を踏まえて、普段の練習の中に相手の攻撃を抑えるためのエッセンスをすりこみます。

選手に強調したいポイントを伝え、選手は監督から言われたポイントを実践しようと練習に取り組みます。風間さんが上手いのは、選手が伝えたポイントを上手くプレーで表現できるようになれば、他の課題も解決出来るように仕込んでいるのだと思います。

練習中に相手選手の名前を出して、「こうしないとあいつにやられるぞ!」という事は言わずに、自分が解決すべき問題や、すべきプレーに徹底的にフォーカスさせる。やるべき事をやれば、自然と相手の強みを消すことが出来るように、指導しているのだと思います。

修正しすぎない

3つ目の理由は、「修正しすぎない。」ことです。

連敗している時や、なかなかチームが勝てない時は、あれもこれも修正したくなります。攻撃も守備も気になって、いろいろ修正しようとして、結局何も修正出来ないというチームもあるかもしれません。

風間さんは、連敗中やなかなか勝てない時ほど、大きな修正はしません。むしろ修正すべきポイントは1点にしぼって、徹底的にそのポイントを改善しようと練習します。僕は、勝てない時ほどゴール前の3対3や5対5といった練習を多くやっていたような印象があります。

風間さんの意図としては、サッカーはゴールを多く奪ったほうが勝つスポーツなので、徹底的にゴール前の練習をすることで、得点を奪う、奪われないために、どのようなプレーをすればよいか、攻撃と守備の問題を両方解決するために実施していたのだと思います。時間が少なく、やるべき事が多い時、どのように問題を解決すればよいか。根本的な問題にフォーカスし、徹底的に練習することで、他の問題も解決する。この修正によって、風間さんはチームを大崩させずに、立て直してみせました。

実は風間さんは、上手くいっている時も大きな修正はしません。2017年シーズンの名古屋グランパスでは、第34節から第40節まで負けなしで好調だった時期の練習メニューは、公開されている範囲ではほぼ同じ。大きな修正はしませんでした。しかし、第41節のジェフユナイテッド千葉に敗れた後は、練習メニューを少し変え、チームの課題にフォーカスした練習を行いました。

なお、風間さんはリーグ中断期間中や、連敗脱出後に、敢えて大胆な修正をすることがあります。選手のコンバート、フォーメーションの変更などは、大抵中断明けや連敗脱出後に行われたりします。2014年シーズン第4節のFC東京戦のように、ACLから中3日で迎えた試合で谷口を左サイドバックで起用したりしたこともありますが、基本的には大きな修正は中断明けにします。たぶん、風間さんの頭の中には課題がいくつもあり、対戦相手や時期を見極めた上で、どの課題を優先して修正すべきか、都度判断しているのだと思います。

コンセプトを掲げることは誰でも出来る。重要なのは課題を解決し、アップグレードさせること。

もちろん、風間さんも完璧な指導者ではありませんので、修正に時間がかかったり、対策として準備したことが外れたり、選手が上手くプレー出来なかったり、上手くいかなかった事がたくさんあります。上手くいっていれば、とっくに川崎フロンターレも優勝していたと思います。風間さんの発言はとても刺激が強いので、そのまま受け止めてしまう人が多いのですが、風間さんが「なぜそういうのか」を想像すると、風間さんの本音が見えてきます。

コンセプトを掲げることは、誰でも出来ます。重要なのは、掲げたコンセプトを貫き、日々起こっている課題を踏まえて、アップグレードし続けることなのだと、僕は風間さんから学びました。

風間さんが試行錯誤を続けながら、どのようにチームを作ってきたのかを少しだけ知ることが出来たのは、とても勉強になりました。ぜひ、今後も風間監督のサッカーを追いかける人がいたら、フィールドで起こっている事、発言を正面で受け止めるのではなく、発言に隠されている意図を想像し、読み解くようにしてみると面白いと思います。僕も風間さんから学んだことを活かし、他のチームの分析などに役立てていきたいと思います。

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