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2017年J1第1節 大宮アルディージャ対川崎フロンターレ レビュー「変わらなければならない家長」

2017年Jリーグ第1節、川崎フロンターレ対大宮アルディージャは、2-0で川崎フロンターレが勝ちました。

前半3分に小林がクロスバーを直撃するシュートを打つまでは、川崎フロンターレのペースでした。しかし、時間が経つにつれて、大宮アルディージャの守備に捕まってしまいます。大宮アルディージャが選手間の距離を狭くし、ボールを持っている選手に対して素早く距離を詰め、川崎フロンターレの選手に自由にプレーさせなかったというのも捕まった要因です。しかし僕は、大宮アルディージャの守備が良かったというよりは、川崎フロンターレのパスを受ける選手の動きが少ない事が、大宮アルディージャの守備に捕まっている要因だと感じていました。

川崎フロンターレのパスを受ける選手の動きが少なかったのは、ある選手の動きが少なく、他の選手がその選手につられて、動きが少なくなってしまっていたからです。

攻撃を止めてしまった家長

ある選手とは、家長の事です。

家長は試合開始当初はFWで先発しましたが、中央のエリアで全くボールを受ける事が出来ません。時折ボールを受けるために川崎フロンターレのDFがいる位置まで下がってきますが、家長がボールを受けるエリアは、大宮アルディージャとしてはボールを受けてくれてもいいエリアなので、何も試合に影響はありません。受けた位置から、メッシのように2人3人とドリブルで振り切ってくれればいいのですが、家長はボールを受けてもパスの出し手に返すだけ。これでは、ボールを敵陣に運ぶことが出来ません。

家長のプレーの問題は3点あります。それは、相手を「外す」動きが他の選手に比べて少ないことと、ボールを「受ける」動きの精度が低いこと、動きが連続して実行されない事です。

家長の「外す」動きと、川崎フロンターレで求められる「外す」動きの違い

まず、相手を「外す」動きです。

川崎フロンターレの選手たちが表現する「外す」動きは、他のチームとは違います。他のチームの「外す」動き、「相手がいない場所」でパスを受けるための動きです。しかし、川崎フロンターレの選手の「外す」動きは、相手にボールを触られない位置に移動する動きです。前後左右に細かく動いて守備やを外す、川崎フロンターレの選手の「外す」動きの方が、動きが早く、動く距離も短いです。そして、川崎フロンターレの選手は、相手が外れるまで、何度も何度も繰り返し行います。

家長は、川崎フロンターレのチームで求められている「外す」動きが出来ていません。川崎フロンターレでは、「ボールが動いている間に相手を外せ」と言われてトレーニングしています。ボールがパスの出し手から受け手に動いている間は、守備者がボールに目が移るので、相手を外すチャンスです。したがって、ボールが動いている間に動かなければならないのですが、家長はその場に立っているだけです。家長のプレーを観ていると、川崎フロンターレの選手がボールを保持したタイミングでようやく動き出すのですが、川崎フロンターレの選手としては、家長の動くタイミングでは遅く、パスを出せません。

川崎フロンターレとしては、ボールを奪ったら素早く中央のエリアから攻撃したかったのですが、家長が相手を外せないために、パスを出せません。家長に出したいのにパスを出せないので、自ずとパスを出す相手が中村に集中してしまいますし、「家長にパスを出せないから他の選手に出す」という判断をいちいちしなくてはならないため、プレーが遅れます。中村も中央で受けるのは得意ですが、マークを何人も引き受けつつ、相手にコンタクトされながらボールを受けるのは得意ではありません。したがって、中村はDFラインに近い位置でボールを受けるために下がってしまうので、ますます、チームとして大宮アルディージャの守備に捕まりやすくなってしまいました。

家長はボールが止められていない

家長はボールを扱うのが上手い選手というイメージがあるので、ボールを「受ける」動き、ボールをトラップする動きの精度が低いと感じている人は少ないかもしれません。しかし、家長はボールを止める時、1回でなんでも出来る場所に止める事が出来ません。ボールを浮かせてしまったり、止めたように見えても、次のプレーに移るためにもう1回タッチしたり、無駄な動きが多いのです。このため、テンポよくパス交換が進んでも、家長がボールを持つと、パス交換が止まってしまいます。

連続して動けない

僕が最も問題だと思ったのは、家長が連続して動けない事です。

例えば小林を観てくれればわかりますが、小林はボールを持っていないところでも、常によい場所でボールを受けようと、連続して、緩急をつけて動いています。動いていないように思える中村も、動かないように見えているときも、ステップを踏んで、常にどこにでも動けるようにしていますし、数センチ単位で動き直しやフェイントを繰り返しています。家長はベタっと地面に両足がついたままボールを待っているので、相手を外す動きもほとんどみられません。ただ、一番問題なのは、パスを「出したら」足を止めて、動かなくなってしまうことです。1プレー終わったら止まる。1プレー終わったら止まる。他の選手は、「出して、受ける」動きを繰り返しているので、家長の動かなさが際立ってしまいます。

リングに向って動け

WOWOWでNBAの解説をされている佐々木クリスさんから教えて頂いたのですが、バスケットボールの基本の動きとして、「リングに向って動く」という動きがあるそうです。

バスケットボールは、サッカーに比べてはるかに約束事が多い競技ですが、バスケットボールの動きは「リングに向って動く」という動きを組み合わせ、連動させる事で成り立っているのだそうです。この「リングに向って動く」という動きが大切なのは、サッカーでも同じです。(ちなみに、この「リングに向って動け」という動きを、繰り返し繰り返し実行出来るのが、大久保嘉人です。)

家長が上手くプレー出来ていない理由としては、相手を外す動き、ボールを受ける動き、動きを連続して実行できないという点にもありますが、一番の問題は「ゴールに向って動けない」事です。ボールを受けて、出したら、ゴールに向って動く。これを繰り返すだけで相手の守備は家長に引きつけられますし、ゴールを奪える可能性は高まると思いました。

後半12分まで交代を我慢した鬼木監督

鬼木監督も家長の問題にはすぐに気がつきました。

前半35分過ぎには小林と家長のポジションを入れ替え、家長を右サイドに移します。相手のサイドバックだけ見ればよいサイドに移し、ボールを受けやすくする事が狙いでした。確かにボールは受けられるようになりましたが、動きの少なさと頻度が少ないことには変わりありません。僕は鬼木監督がどこまで我慢するのか注目していました。シーズンの事を考えると、出来るだけ家長に慣れる時間を与えたい。でも、この試合は負けたくない。迷ったと思いますが、後半12分に家長に代って、森本が入ります。これで、試合は川崎フロンターレペースになりました。

森本がDFの背後を狙って、受ける動きを何度も繰り返すことで、大宮アルディージャのDFとMFの間にスペースが出来ました。空いたスペースで中村がボールを受けられるようになり、川崎フロンターレはスムーズに敵陣にボールを運べるようになります。また、前半に何度もマークの受け渡しに苦労していた、大宮アルディージャの両サイドのMFのマークも、小林と阿部がきちんとマークすることで、マークのズレをつかれることもなくなりました。家長の交代と守備の微修正。この2点によってもたらされた川崎フロンターレペースが、小林悠の先制ゴールをもたらしました。

余談ですが、家長に比べたら、阿部はまだよかったと思います。阿部の問題は、相手を外す動きはするのだけれど動きすぎて相手に隠れてしまう点と、ボールを受ける時にボールが1回で止まらない点の2点です。ただ、川崎フロンターレのリズムに合わせて動こうという姿勢は感じられましたし、失敗しても何度もトライしてみせた点は、今後に期待が持てました。そして、家長と比較したら、阿部は守備の時の貢献度が違います。DFをサポートする動き、守備の時にパスコースを切る動き、そして守備の動きを連続して繰り返せる選手は、川崎フロンターレには少ないので、とても貴重です。阿部は守備がよいので、今後も継続して起用されていくと思います。

相手の攻撃に的確に対応した鬼木監督

鬼木監督による家長の交代のタイミングは、完璧だったと思います。後半10分過ぎに代えるということは、実は前半45分の時点で「代えようか」と迷っていた可能性があります。開幕戦で45分で交代させたら、選手には少なからず傷が残ります。ましてや、昨年までプレーしていたチームとの対戦で、45分で代えたらなおさらです。鬼木監督としては、我慢して我慢して交代したのが、後半12分だったのだと思います。素晴らしい采配でした。

また、大宮アルディージャが後半38分にネイツ・ペチュニクを入れて、ロングパスによる攻撃主体に切り替えてきたら、2分後の後半40分に奈良を交代で出場させ、きちんと相手の攻撃に対応してみせました。唯一危ない場面だったのは、ネイツ・ペチュニクのヘディングシュートですが、小林とチョン・ソンリョンがクリア。最後に中村がゴールを奪い、相手にペースを握られる時間があったものの、相手に得点を与えず、2-0で勝利。狙い通りの開幕戦だったと思います。

山あり谷ありは続くが、チームは落ち着いている

小林と中村という、チームの顔役が得点を奪い、無失点で勝利。理想的な開幕戦のように見えますが、まだまだ家長、阿部といった選手が連動して動けておらず、2016年シーズンまでの貯金で勝ったような試合です。貯金を使い続けていれば、いつか食いつぶしてしまいます。ただ、オフも短く、ACLの連戦期間中は大きな修正策も実行出来ないため、当分は貯金を食いつぶしながら、辛抱強く、貯金するための下地を作るしかありません。次の試合は中3日で、ACLの試合がアウェーであります。香港は距離が近いとは言え、楽ではありません。

ただ、今日の試合を観る限り、それなりに山あり谷ありは続くものの、上手く乗り切れそうな予感がします。選手はどうやったら試合に勝てるか分かってきたような印象がありますし、小林は先制ゴールを挙げるなど、「チームの勝敗を背負う」覚悟をプレーで示してくれました。そして何より、鬼木監督が就任1年目にもかかわらず、落ち着いて現状に向き合い、必要な手を打っている事が、サポーターにとっては心強いのではないのでしょうか。

すべてを背負わなくてよくなった中村憲剛

最後にこんな記事を書いているので、中村憲剛について書きたいと思います。この試合は1得点1アシスト。素晴らしい結果を残しました。1得点目のアシストは、小林と中村の「プロの技術」によってもたらされた1点です。得点につながる直前のコーナーキックで、ペナルティアーク付近からゴール前に走り込んできた小林に対して、大宮アルディージャは特定のマークをつけていませんでした。競り合うタイミングで河本がマークにつきましたが、1歩遅れていました。

小林は「自分にマークはついていない」と思っただろうし、中村は「小林にマークがついていない」と思ったはずです。そして、2人とも同じ事を考えたはずです。「もう1本いける」と。そして、2本目。中村は同じようなボールを蹴り、小林はペナルティアークではなく、ゴールから少し遠い位置に移り、一旦膨らんでから、ゴールに向かって直線的に動いて、ボールがくる位置に走り、ピッタリとあわせました。同じ位置に2本蹴れる精度と、少しだけ動きを工夫してあわせてみせたプレーは、これぞ「プロの技術」と呼ぶべきプレーでした。

中村は守備の時は、「もう少し相手に距離を詰めて欲しいな」という場面もありました。しかし、攻撃の時にタイミングよくボールを受け、攻撃のテンポ、攻める場所を調整し、相手にとって嫌なプレーをしていたのはさすがです。今の中村は、以前のように川崎フロンターレの攻撃のすべてを引き受けているわけではありません。しかし、ゴールを奪う時の最後の仕上げと、チームが上手くいかない時にタイミングよく手助けするのは、中村しか出来ません。すべてを背負わず、時に遊びも交えつつ、プロの技術と経験をみせて、相手の守備を崩す。チームが足りないことを、的確に補うのが、今の中村の仕事なのです。

気になるのは、今後連戦が続き、コンディションがよくない時の試合で、同じ仕事が出来るかです。当然、中村に全試合で同じクオリティを要求するのは、難しいと思います。だからこそ、チームは家長を獲得し、家長を起用しながら川崎フロンターレのテンポに馴染ませようとしているのです。

ACLはプレビューとレビューの更新はありませんので、次回のプレビューとレビューは3月5日のサガン鳥栖戦です。どんな試合になるのか楽しみです。

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