書評「日本代表を、生きる。 「6月の軌跡」の20年後を追って」(増島 みどり)

1997年のフランスワールドカップ最終予選の初戦、ウズベキスタン戦を観に行ったときの事を、僕は忘れません。

薄暗い照明の中で、日本代表のコールリーダーは「どんな事があっても、日本代表をサポートし続けよう」とサポーターに語りかけました。選手が入場する前、サポーターに手渡された紙吹雪を手に持ち、選手が入場した瞬間に一斉に空にまいた瞬間、僕は「戦争が始まるみたいだ」と感じたのを覚えています。

ホームでの韓国戦の逆転負け、監督解任、ホームのUAE戦の引き分けの後には、選手バスをサポーターが取り囲み、椅子を投げたりする人もいました。予選中に「10番をつける資格はない」と批判され続けた名波は、これまで全ての試合を観続けていた母親から、アウェーの韓国戦の前に「韓国戦には行かない」と告げられます。ギリギリまで追い込まれた名波は「自分のやりたいようにやろう」と開き直り、韓国戦では先制点を挙げる活躍を披露しました。

ワールドカップ出場が決まってからも、激動の日々は続きました。

中田英寿はストレスに苦しみ、ストレス性の皮膚炎を発症。「もうワールドカップには行きたくない」といったこともありました。岡田監督(当時)は、三浦知良、北澤豪、市川大祐の3人を外すことを発表した後、自宅を警察が警備する騒ぎになり、マッサージを頼んだトレーナーに「子供が学校に行けなくなった」とポツリと語ったそうです。三浦知良と北澤豪がメンバーから外れた事を知った井原は、トレーナーしかいない部屋に入ると、着ていたユニフォームを突然床に叩きつけたそうです。

三浦知良がメンバーから外されたことで、FWとして起用された城彰二は、結果を残すことが出来ず、帰国後の空港で何者かに水をかけられます。水をかけられただけでなく、マネージャーと自分の車をファンに壊され、所属チームの横浜F・マリノスと前所属チームのジェフユナイテッド市原(当時)には、苦情が殺到したそうです。帰国後最初の試合で、城は2ゴールを挙げる活躍を披露するのですが、笑顔一つ見せず、全く喜ばなかった姿は忘れられません。

1998年当時の選手やスタッフ39人に取材し、克明にまとめた書籍に「6月の軌跡」という書籍がありました。僕も大好きな本だったのですが、フランスワールドカップから20年経った2018年に続編「日本代表を、生きる。 「6月の軌跡」の20年後を追って」という書籍が発売されました。タイトル通り、「6月の軌跡」で取り上げた選手やスタッフ39人に取材し、現在の姿をまとめた書籍です。

本書を読み終えて感じたことが、3つあります。

関わった全ての人々が当時の日本代表に誇りをもっている

1つ目は、関わった全ての人々が当時の日本代表に誇りをもっているということです。

監督、コーチ、選手だけでなく、トレーナー、コック、栄養士、エキップメント、そして、本書には登場しない主務や広報といった方々まで、自分たちが日本代表であるという誇りをもち、批判に耐え、困難に立ち向かっていたのだということを、本書を読み終えて改めて感じました。

当時のチームは、声に出して気持ちを表現するような選手は多くありませんが、淡々黙々とプレーすることで、内に秘めている気持ちを表現する選手が多かったように記憶しています。だからこそ、当時のチームを思い出す時、誰かが声を張り上げている場面というよりは、黙々とプレーしている場面が思い出されます。

疲れが溜まってくる80分を過ぎても、ガンガン攻撃に参加する、名良橋と相馬の両サイドバック、常に手を叩いてチームを鼓舞する井原、どんなときでも沈着冷静にプレーする山口、ショルダーチャージで相手を跳ね飛ばしてドリブルし、酷いタックルを受けてもスッと立ち上がる中田、そして、骨折をしても走り続けた中山。

内に秘めた気持ちが身体を動かし、動いた身体がさらに気持ちを高め、身体を動かし、観ている人にも熱い気持ちが伝わってくるようなチームでした。それでも、当時のチームには、柱谷哲二やラモス瑠偉のような選手がいなかったため「気持ちが足りない」と批判されることも多かったのですが。

ただ、批判されても、困難が目の前に立ちふさがっても、チームで一つ一つ解決していく。そんな強さが、当時のチームにはありました。

もっと出来たことがあるんじゃないか

2つ目は、当時の自分自身を振り返って「もっと出来たことがあるんじゃないか」と感じていることです。

中西永輔はワールドカップ初戦のアルゼンチン戦、後半終了間際に相手DF2人を鮮やかに交わすドリブルを披露した後、呂比須にパスを出しましたが、振り返ると「シュートを撃ってもよかったのではないか」と考えるそうです。秋田豊はアルゼンチン戦のセットプレーで撃ったヘディングシュートを「強くニアサイドに叩くシュートが撃てていれば」と感じ、18歳でワールドカップのピッチに立った小野伸二は、最初のプレーで股抜きで相手選手をかわし、左足でシュートを打ちます。しかし、小野は当時のプレーを振り返って「左側に平野選手が走っていたから、そこにパスをすればよかった」と考えるのだそうです。

そして、中山雅史は「自分のゴールで印象に残るゴールは?」と聞かれると、数多くのゴールではなく、必ずといってよいほど、クロアチア戦で自身が外したシュートのことを語ります。相手を外す動き、右太ももで止めた完璧なトラップ、シュートも狙い通りだったのに入らなかったシュートのことを考えるのだそうです。

今を生きる

3つ目は、「初めてワールドカップに出場したチームのメンバー」という経歴にすがることなく、今を生きているということです。

岡田武史さんは、コンサドーレ札幌でJ1昇格、横浜F・マリノスでJリーグ2連覇、2010年に2度目の日本代表監督を務めた後、FC今治というクラブチームのオーナーに就任し、これまでの日本になかったサッカークラブを作り上げようと走り続けています。

名波はジュビロ磐田、井原はアビスパ福岡、相馬は町田ゼルビアで監督を務め、山口は名古屋グランパス、服部はジュビロ磐田、岡野はガイナーレ鳥取、森島はセレッソ大阪、平野はヴィッセル神戸で経営や強化に携わり、斉藤俊秀はU-16のコーチ、城彰二はインテル・ミラノのアカデミー「インテルアカデミー」の日本の代表者を務め、北澤は「日本障害者サッカー連盟」を立ち上げ、障害をもっている人にもサッカーを楽しんでもらうための活動を続けています。

最近は日本酒を普及させる活動に注力している中田英寿も、IFAB(国際サッカー評議会)の諮問委員を務め、サッカーの普及に陰ながら尽力しています。

そして、何よりも「今を生きる」ということで言えば、三浦知良、中山雅史、川口能活、楢崎正剛、伊東輝悦、小野伸二の6人が、20年経った今でも現役のサッカー選手ということに、驚かされます。

一番驚いたのは、当時関わったトレーナー、コック、栄養士、エキップメントといった人たちが、仕事に誇りをもちつつも、経歴にすがることなく仕事をしているということです。「日本代表に関わった」ことで食べている人は1人もいませんでした。皆、今を生きているのです。

日本代表から失われつつあるもの

僕は2010年のワールドカップ以降から、日本代表から「誇り」「忠誠心」という言葉で表現されるような何かが、失われつつあるという気がしていました。選手は海外でプレーするようになり、個人の能力は上がったと感じつつも、日本代表は「ステータスの一つ」と捉えている選手も増えてきているような気がしていました。

そして、ザッケローニ、アギーレ、ハリルホジッチと優秀な監督が招集された一方で、これまで日本代表が築き上げてきたことが、ないがしろにされているような気もしていました。特にハリルホジッチが監督を務めてからは、日本代表への興味が薄れていく自分がいました。北澤さんがハリルホジッチ監督の解任後のコメントで批判されていましたが、本書を読み終えて、北澤さんが批判した理由が理解出来たような気がします。

著者の増島さんが、本書の中でハリルホジッチ監督と日本サッカーを取り巻くメディアのことについて、言及されています。

詳しい内容は本書を読んで頂きたいのですが、本書の趣旨とは直接関係ないにもかかわらず、多くのページを割いて書かれているのは、増島さんが本書を書く動機の一つとして、ハリルホジッチ監督と日本サッカーを取り巻くメディアの問題といった点について、問題意識を持っていたからなのではないかとも感じましたし、僕は読み終えてとても嬉しくなりました。同じことを感じている人がいたのだな、と。

そして、本書でも触れられていますが、JFAが「多くの人にサッカーの事を知ってもらいたい」という姿勢で、紙媒体やテレビだけでなく、Web媒体やジャーナリストにも取材出来るように取り計らっているからこそ、多くの人に情報が伝わっているという事実は、もっと多くの人に知られてもよいと思います。

大事な話に限ってほぼ間違いなく途中で終わる。

増島さんは、本書の中で「スポーツ取材の現場とはあまりに慌ただしく、大事な話に限ってほぼ間違いなく途中で終わる。」と書いています。

大事な話に限ってほぼ間違いなく途中で終わる。では、途中で終わったあの話の続きに、選手は何を語ろうとしたのか。増島さんはそこにこだわって、取材を続けてきたのではないか。本書を読み終えて、そんなことを考えました。そして、最近Webにアップされる記事に「大事な話」を掘り下げた記事が少ないのは、読み手としてとても残念です。

日本代表というチームは、批判に耐え、困難に立ち向かい、必死に泥だらけになりながら、もがき苦しみながら、リスクを負ってチャレンジするチームであって欲しいと思います。だからこそ、多くの人がサポートし、応援してくれる。そんなチームであって欲しいと思います。

2018年のロシアワールドカップに向けて、チームは批判の嵐の中を、どのように進むのか。本書に書かれていることが、ヒントになる気がしています。

ぜひ、多くの方に読んでいただきたい1冊です。


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西原雄一

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