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書評「準備せよ。スポーツ中継のフィロソフィー」(田中 晃)

本書の事を知ったのは、Ekiden Newsさんのこのnoteを読んだのがきっかけでした。

このnoteを読んで気になっていたのですが、この記事を読んで、「買おう」と決めました。

読んでみたら、これは面白かった!読み終わった後、こんなツイートをしてしまいました。

本書は、日テレ、スカパー!といったテレビ局で、箱根駅伝初の生中継、世界陸上東京大会での国際映像配信、劇空間プロ野球に込めた中継哲学をはじめ、トヨタカップ、Jリーグ、FIFAワールドカップ、オリンピック、パラリンピックなど、あらゆるスポーツの現場に携わってきた現WOWOW代表取締役の田中晃さんが、社長からこそ語れる制作秘話やスポーツ中継の舞台裏、テレビマンとしての仕事のあり方について書いた書籍です。

スポーツはドラマ

本書は、既に目次から面白いです。目次に書いてある言葉を書いてあるだけでも、インパクトがある強い言葉が使われていて、惹きつけられます。

はじめに――スポーツ中継との出会い「スポーツはドラマだよ」
【第1回】「そこにフィロソフィーはあるか?」
~放送責任と制作者の役割~
【第2回】「ディレクターは神様なんだ」
~スポーツ中継の画作り~
【第3回】「そこに音があるんだから」
~平昌オリンピック国際映像制作の現場~
【第4回】「白いキャンバスに絵具を落とすように」
~スポーツ中継のコメンタリー作り~
【第5回】「俺たちのGOALは何だ?」
~WOWOWのテニス中継とWHO I AMの挑戦~
おわりに――「スポーツ中継制作者という人種」

読み進めていくと、著者による、強く、熱い言葉が散りばめられていて、仕事に対する熱い想いとしつこいと言いたくなるくらいの取り組みに、どんどん引き込まれていきます。

先輩に「君は何をやりたくて会社に入ったんだ?」と聞かれて、「ドラマをやりたくて入りました」と答えたら、「そうか。スポーツはドラマだよ」と言われました。本当にその通りでした。

これはツイ廃夫妻の奥様から聞いたのですが、箱根駅伝はスポーツ班ではなく、ドキュメンタリー班が制作を手がけているそうです。箱根駅伝が「スポーツ」のコンテンツではなく、人間ドラマのコンテンツとして制作されていなければ、これだけ多くの人の注目を集めることはなかったと思います。そんな箱根駅伝の生中継を初めて実現させたのが、田中さんでした。

視聴率が下がっていたジャイアンツの中継を「劇空間プロ野球」と名付け、改革に乗り出したときは、中継のスタンスの改革に乗り出します。

当時の主流は、技術論や戦略論が中心の野球中継。つまり、監督目線でゲームを中継し、解説者もかつての名選手ですから上からものを言うわけです。現役の選手をけなすような言い回しも含め、これでは見ている人が面白くないだろうと思っていました。だからこそ、監督中心・戦略中心ではなく、選手中心・プレー中心の中継をしようと考えました。

この指摘は、今のサッカー中継にも通じるところがあり、耳が痛いと思うところでもあります。

日本サッカーの発展のために

僕が本書で特に印象に残ったのが、1990年のイタリアW杯の頃のW杯の放映権の話です。

著者が日本テレビのプロデューサーとして箱根駅伝の生中継、トヨタカップの中継を実現させ、東京ヴェルディの社長を務めた坂田信久さんに、「W杯の放送権を取りに行きましょうよ」と相談した時、坂田さんはこう答えたそうです。

「これを取って、日本テレビがどういう放送ができると思うのか。NHK以上に生中継が組めるのか?できないよな。だったら、今はNHKがやったほうがいい。その方が日本サッカーの発展のためには絶対にいいんだ

僕が初めてサッカーのW杯を観たのが、1990年のイタリアW杯でした。NHKで放送された初めてのW杯に釘付けになりました。もし、NHKではなく日本テレビで中継されていたら、僕はサッカーにこれほどのめり込んでいなかったかもしれません。

田中さんはスカパー!でJリーグの放映にも関わってらっしゃいます。スカパー!でJリーグ中継を取得したときの志について、こう書いています。

Jリーグで観客動員数が増えて、スカパー!の加入者が増えれば、それがゴールなのか?いえ、違います。私はスタッフに言いました。俺たちのゴールは、サッカーの日本代表がW杯のベスト4に行くことだと。なぜなら、スカパー!のプロジェクトを通じて、お客さんが増える。各クラブの利益が上がって、選手の年俸が上がり、Jリーグ全体のレベルも上がる。ひいては、日本サッカー全体が底上げされて、日本代表の強化につながり、W杯の舞台でベスト4に進出できるような力をつけていく。

テレビ中継に携わる人の熱意を受け手は受け止めているか

本書を読んでいて感じたのは、単なるコンテンツの制作の最適化ではなく、日本や社会をより良くすることを考えていた「志の高さ」です。

オリンピック放送機構(OBS)は「良いスポーツ中継に必要な要素」をこう定義しているそうです。

1.SPORTS:競技そのものが面白いこと
2.GOOD SHOT & SOUND:競技の迫力をテレビが倍増する
3.STORY TELLING:試合の変化や機微を逃さない
4.NEW TECHNOROGY:最新の機器を導入し、使いこなす

普段何気なく観ているテレビ中継に、どれだけの人の熱意と労力が注ぎ込まれているか、本書を読んで、改めて理解することができました。一方で、Daznのようなストリーミングサービスによる中継が当たり前になり、どのコンテンツも、いつでも、どこでも観られるようになった結果、制作に携わる熱意が伝わってこないコンテンツも増えてきたように感じますし、コンテンツを楽しむ僕のような立場の人は、制作側の熱意や努力を無視して、コンテンツ自体を軽んじていることも、少なくない気がします。

スポーツ中継に携わる人だけでなく、コンテンツ制作や企画に携わる人、そしてスポーツファンにも読んでもらいたい1冊です。

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