20170703 「待つ」という人間関係

物事において「待つ」ということは停滞を表すことですが、人間関係においては「待つ」ということが少しだけ、前へ進めることもあるのかなと感じます。

成長を待つ。
連絡を待つ。
来るまで待つ。

時間の長さは違えど、その「待つ」ということが人間関係を深くしてくれることがあります。

今の僕に至っては、
スタッフの成長を待っているし、
気になる連絡を待っている、などもあります。

同時に過去迷惑をかけてしまった人に対しても、
連絡を待たせているし、
僕の成長を待たせているし、
また会う日を待たせてしまっています。

様々なことに対して、待つ側にもなって分かるのですが、
「待つこと」というのは体力がいることでもあるし、
その人を信じていることでもあります。
何を“信じて”いるのかは、その時次第なんですけど。

僕も少しは“信じて”もらっているのでしょうか。
僕は今待っている時、対象の人の何かを“信じて”います。
勝手に信じているだけだから、結果とか見返りとかはもちろん気にならないんですけどね。

逆に待ってくれている方々には、感謝しかありません。

「待つ」という時間を経た人間関係は、また少しだけ、深いものになれるだろうから。
そんな僕は今日もひとつ、連絡待ち。

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