ゴルシちゃんと私と2021年・ウマ年

幼いころ、私は府中市民だった。そう、あの競馬場のある府中だ。
当時、馬を見せようと親が競馬場に連れていってくれたことがあるらしいが、とんと覚えていない。府中の前に住んでいた福岡の記憶だってあるのに、競馬場の記憶は抜け落ちている。
恐らく、幼い私はあまり馬に興味がなかった。
大人になってからも、流鏑馬に憧れはしたが、馬という動物自体にそこまで深い関心は抱いていなかった気がする。競馬にはもっと興味がなかった。

大人になって、いろんな波に乗り換えているうちに、ライター業を営むことになった。このnoteには日本文化やミュージアムの記事中心のライターとして考えるあれこれを綴っているが、自分の本業は何かといえば、シナリオライターだったりする。
アプリゲームの仕事が多いので、ゲームを中心としたキャラクターコンテンツにはなるべく関心を持つようにしている。
そんな私にとってのウマ娘という作品は、数多くある擬人化系キャラクターコンテンツのひとつだった。しかも、シュレディンガーの猫のような存在にさえ思っていた。1年前までは。
これは、ウマ娘のゲームリリース後に、私が2020年までは想像もしていなかった自分に変貌するまでの軌跡を簡単に記録したものである。

もうダメ……じゃなかったアプリゲーム

先述のとおり、私は府中市民だったこともあるのに、競馬には興味がなかった。
知っている競走馬といえば、オグリキャップ、サイレンススズカ、トウカイテイオー、ディープインパクト、ハルウララ。以上。
しかも、このうち前の3頭はそれぞれ活躍したころに書かれた文学作品や漫画に名前が登場したから知っていただけで、後の2頭もニュースで話題になっていたから記憶していた程度である。

そういうわけで、ウマ娘という競走馬の擬人化コンテンツを知ったときもそこまで心を動かされなかった。
プロジェクトの始動が発表された2016年は、既に艦隊これくしょんや刀剣乱舞が人気を博していたし、その前にも後にもいろいろな擬人化や実在した人物をモチーフにしたコンテンツがあった。
そのため、ウマ娘の話を聞いても「今度は競馬か~。いろいろ出るねえ」くらいの印象しか抱いていなかった。
アニメ1期は2018年春に放送されていたが視聴せず。そして気づいたら、2018年冬には出るはずだったアプリゲームは、いつ出るのかわからない状態になっていた。
このプロジェクトとのつながりは特になかったので、ゲームの開発状況もよく把握していなかった。同業者との会話で時折「そういえば、ウマ娘のゲームってまだ開発中なんですかね……」と話題にあがることはあったが、そのときも「本当に出るのかな?」と疑念を抱いていた。
関連のアニメやコミックの話はぽつぽつと聞いていたから余計に、ずっと配信延期のままでいるゲームの存在が不気味に思えた。

2020年12月になって、ようやくゲームがリリースされるという報せが届いた。
このころになると、正直もう出ないと思っていたから、「嘘!?」と失礼ながら疑ってしまった。本当だった。
「ずっと待っていた人、よかったね」とは思ったが、私は一貫して外野だったのもあり、実際のプレイは様子を見てからにしようと思った。

プレイする前にハマってしまった「白いアレ」

2021年2月にリリースされるやいなや、私のTwitterのTLにはどんどんウマ娘の話が流れてくる。流しそうめんよりも密なくらいに。
クオリティが高い? うん、サイゲさんだもんね。そらそうよ。
こんなに話題なら少しはいじってみようかと考えたとき、ひとつ興味をひくツイートがあった。

「レースに勝つとドロップキックしてくる娘がいる」

なんだ、その面白そうなやつ。
キャプチャされた動画を見たら、本当にドロップキックをかましていた。カメラワークが最高。衝撃で後ろに転んで、一度フレームアウトしたくせに横からにゅっと笑顔をインさせてくる。好きになるしかない。
この子はゴールドシップというのか。よしよし、この子が私の推しになるんだな。
まんまと沼に片足をとられ、ゲームをインストールしようと指を動かす直前、別の呟きを発見した。

「ゴールドシップは元になった馬のほうがずっとネタキャラ」

なんやて? ドロップキックかますだけじゃ足りんのか。
私はApp StoreではなくYoutubeを開き、「ゴールドシップ」で検索した。
ありがとう、名も知らぬ人。あなたの言葉は真実だった。
過去のレースを一通り見たら本当に面白すぎて、ウマ娘沼ではなく競馬沼に落ちた。なんだ、この大外回り。
2月から3月にかけて、過去の名レース動画を漁るのが日課になった。おかげで、もうアプリもアニメ2期も触れられるのに、ウマ娘化されたキャラを知る前に元ネタ馬を知るという不思議な経験ができた。

元府中市民、四半世紀の時を経て人生初の馬券を買う

4月が近づくと、皐月賞や桜花賞といった、競馬に興味がなかった私でも名前は聞いたことあったレース開催情報も流れてくるようになった。
そのころになるとすっかり、現役競走馬にも興味がわいていた。特に、ゴールドシップ号(元ネタ)を語るうえで欠かせない厩務員の今浪さんがお世話しているという白馬のソダシちゃん。お母さんのブチコを思わせる目元がまた良い。
そんな熱が高まっているなかでのG1レース。
え……馬券、買う? でも、競馬予想が難しいことはさすがに知ってるぞ。データ分析、なにひとつできないぞ?
府中にいた過去に戻りたいとこんなに思ったことはなかった。もっと前から競馬に興味を持っていたかった。ゴールドシップ号がG1勝つのを、リアルタイムで見たかった。競馬に詳しくなりたかった。
結果、何がなんなのかわからないながらも買った。この時点ではまだゲームプレイしていないし、競馬の血統も騎手も適正距離も何ひとつよくわかっていなかった。
邪念が入りそうで買わずに応援することにした桜花賞で、ソダシちゃんが勝ったことだけは覚えている。あとはお察しください。

この頃になって、先にウマ娘を始めた友人に「ウマ娘やってます?」と聞かれ、「実は……」とゲームそっちのけで実際の馬たちに夢中になって馬券まで買ってしまったことを打ち明けた。
当然ながら「そこまでやるんだったら、ゲームやりましょうよ……」と言われた。
せやな。私はすっかり忘れていたApp Storeを起動した。4月18日、今年こそは春を謳歌したいと願っていたころのこと。

やっぱ面白ぇ女だな、ゴルシ(ウマ娘)

先に始めていた友人にアドバイスを受けながら、チュートリアルのダイワスカーレット、育てやすいサクラバクシンオーで感覚を掴もうとする。

当時のツイートを確認してみると、こんなことを呟いていた。
そう、この直前に入れ込んでいたシャニマスと共通する部分があったので、育成自体はすっと入れた。
代わりにというのもなんだが、因子の概念を理解するのは少し時間がかかった。
まあ、でもわからんなりにいじっているうちにわかるかもな。と、ゴルシちゃん育成を開始。

え、他のキャラとシナリオのノリが違いすぎない……?

確かに、前情報で「1人だけボーボボの世界観」と言われていたが、会話が成り立っているのか成り立っていないのかよくわからない。でも、そこがいい。
念願のドロップキックも無事に受けた! 喜びの悲鳴をあげる。
実は「元ネタの馬を好きになってしまったからこそ、ウマ娘のほうを愛せるかわからない……」と謎の不安を抱いていたが、そんな感情を蹴散らしてくれるゴルシちゃんがますます好きになった。
馬とウマ娘、それぞれ別の存在である。そのうえで、どちらも好き。そんな結論に至った。
この関係で、2年間ほぼゴルシちゃん1人で支え続けたというYouTube(ぱかチューブ)もほぼすべてチェック。こちらはこちらで会話できるゴルシで、ゲームともまた違った存在に思えたが、どの動画でも推しは頑張っていてかわいかった。

5月 涙のゴルシウィークと運命のオークス

四季の中で一番好きなのは春だ。好きな花が立て続けに咲く。
日本美術の中でもとりわけ花の絵に魅了されている私は、美術鑑賞と同じくらい花の鑑賞も好きで、春の花畑や庭園に足を運ぶと浮かれてしまう。
特に、私の愛する根津美術館の庭では、ゴールデンウィーク前後に燕子花が盛りを迎える。そして、この美術館は尾形光琳の『燕子花図屏風』(国宝)を所蔵しており、花の時期に合わせて公開してくれるのだ。それが毎年の楽しみだった。
2020年の春はコロナ禍初期でミュージアム業界も対策に追われ、行こうと思っていた美術館がどこも閉まってしまった。もちろん、根津美術館もだ。燕子花を見ることなく、春は去ってしまった。
悲しくて悔しかったけれど、好きな館で感染者が出るほうがもっと辛い。その分、来年こそは、と強く願った。

そして迎えた2021年のゴールデンウィーク。
依然としてコロナ禍は続き、今回も美しく咲き誇る燕子花を見ることはなかった。(正確には、4月中旬に一度行けたものの、まだほとんどつぼみで、5月初めに再訪予定だった)
毎年のように味わっていた、『燕子花図屏風』を鑑賞してからの燕子花の楽しみを、またもや奪われてしまった。
そんな打ちひしがれた私に手を差し伸べてくれたのは、ゴルシウィークのお知らせ。ゴルシちゃんがゴールデンウィークをゴルシウィークと銘打って盛り上げてくれる、というものだ。
ちょうど感染拡大傾向のあおりで、一部の仕事予定が無くなり、時間に余裕ができてしまった私の心の隙間に、ウマ娘は効いた。

この期間、すっかり競馬にもウマ娘にもハマりたての熱で浮かれた私は、見視聴だったウマ娘のアニメも一気見した。
泣いた。特に2期はやばい。
度重なる故障、挫折、プレッシャー。そんな劇中の苦難の連続に泣き、それでも諦めないで走るキャラたちにまた泣いた。
2期の最終回を見終わったあたりで、先述の友人に「泣いた、最高」と湧き上がる思いのまま連絡したら、「そこまでハマるとは思わなかった」と言われた。勧めたのあなたやん。

こんな調子だから、4月に初心者なりの結果を出して終わりにするはずだった競馬の馬券をまた買うことにした。ちょうどオークスがあったし。
今度もソダシちゃん。実際の馬の適正距離はまだわかっていなかった。
そして、桜花賞のときは全然他の馬を把握しておらず、今回初めて出走する馬をひととおり見て、ある馬の存在に気づいた。

あ、推しの産駒いるじゃん。

当時は桜花賞をとったソダシちゃんがオークスもとるだろうと呑気に構えていたものの、馬券の買い方もろくに知らないので「応援になるかな?」とその馬の馬券も買ってみた。
そうしたら、人生初の的中。
それは、ソダシちゃんではなく、推しことゴールドシップ号の産駒、ユーバーレーベンという馬だった。
人生初の当たり馬券が、推しの産駒。

運命じゃん。もうこの子の命ある限り、ずっと応援するわ。

そうして私は、馬とウマにのめり込んでいったのだった。

何かを知れば景色の解像度が上がる

リアルタイムで競馬のレースを楽しむようになると、今までは伝聞だった感動が現実のものになる。
応援していた馬が勝てば嬉しい。惜しい結果でも、それはそれでまた良し。
同時に、落馬事故、レース中に馬が命を落とすこと、怪我による休養、引退といった出来事に直面する悲しさも、ずっと深くなった。
特に、初心者なりに徐々に名前を覚えていって親しみがわいてきたところの馬の事故や引退の知らせは、胸が痛かった。
もちろん、その分いいこともたくさんあり、応援するものが増える喜びを知った。危うく、「ゴールドシップ号産駒の一口馬主になれぬものか」といろいろ調べて、なんとか踏みとどまったこともあった。

また、馬という動物のかわいらしさもたくさん知ることができて、レース以外にもいろいろな馬の動画を見るようになった。
現役の競走馬や引退馬はもちろん、もともと競走馬ではない馬が牧場でごろごろしているのを見ているだけでなんだか癒されるようになった。お世話されている様子を見ると、本当に賢い生き物なのだと感じる。
乗馬経験がある友人に「馬はいいですよ」と言われたとき、以前は「そうなんだ、動物かわいいよね」程度の感情しか持っていなかったのに、今なら「わかる!」と早口でまくしたてたくなる。
そのように今までは日常の中に馬が登場しても、そこまで心が反応しなかったが、今はニュースや街で見かけたものに馬の姿があるとなんだか嬉しくなる。好きな美術作品を見つけたかのように。
間違いなく、私の人生に新しい彩りが生まれたのだ。
この世に存在するものの全ての魅力を知ることはできないけれど、面白いとか楽しいとか、そういった感情を持てる対象が増えれば、その分日常風景は楽しくなる。
ありがとう、競馬。ありがとう、ウマ娘。

そういうわけで、2021年の干支は丑年だが、私にとっては「ウマ年」だった。最後にホープフルで当たり馬券を出せたので、いい年の締めくくりにもなったし。
2022年は、ユーバーちゃんはじめ、ゴールドシップ号産駒の馬を中心に応援しつつ、この新しく得た楽しみを大事にしようと思った。

余談

未就学児のころ、幼稚園になぜか馬が来て(記憶が正しければ白馬)、ひとりずつ乗せてもらって園庭を1周するというイベントがあった。これはきちんと覚えている。
私はてっきり府中にある幼稚園だからそういう企画があったのだと思っていた。しかし、馬にはまった今年になって親にその思い出話を振ったところ、まったく違う事実が判明した。
どうやら同じ幼稚園に通っていた子の保護者の方が警察騎馬隊にお勤めで、その縁で実現したことらしい。え、それはそれですごくないか。
ああああああああああ、今すぐ時間を戻して、もう一度体験したい。当時の写真すら今では見つからないが、かっこよかったことだけは覚えている。
こういう悔いが時間差で生まれたりするので、普段から目に触れるいろいろなものをきちんとじっくり見ようと思った。

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