第5号 MITSUNAGA AUTO INTERIOR & DESIGN

 この世の中に、格好良さにこだわってカスタムした車は数あれど、その内装の隅々までこだわり抜いた車というものはどれ程の数があるだろうか。今号の特集は天草郡苓北町で車のインテリアやバイクのシートを手がけ、数多くの高い評価を受けている『MITSUNAGA AUTO INTERIOR & DESIGN』代表・光永栄司(みつなが えいじ)さんの仕事に迫る。

・来歴

 私と同じ苓北町出身の光永さんは、天草の工業高校を卒業した後に、愛知へ移り住み車の内装業に従事した。元々、乗り物が好きな少年だったこともあり、オートバイレーサーに憧れていたという。仕事を続けているうちに、レースに出るよりも車やバイクを手がけることが自身に向いていると感じ、その道へ更にのめり込んでいくようになる。多くのコンテストへエントリーし、技術やセンスを評価されることにやりがいを感じていた。

 20年暮らした愛知を離れ、9年前に故郷・天草へ家族と引っ越す。実家の横にあった納屋を自ら改装し『MITSUNAGA AUTO INTERIOR & DESIGN』を開業。引っ越し後、すぐに仕事が入り、納屋の改装と同時進行しながら天草での初仕事に挑んだ。故郷の暮らしを再開してからも、横浜をはじめとした各地のカーショーへ自身が手がけた車をエントリーしたりと現在進行で精力的に活動している。

・仕事場

 光永さんの仕事場は、私の好きなもので溢れかえっている。初めて伺った際は、まるでおもちゃ箱の中にいるような感覚になり、思わず童心に返ってしまったことをよく覚えている。少年の憧れが、そのまま凝縮された仕事場は本当に居心地がいい。木製のフレーム内に、イラストや写真、雑誌の切り抜きが多く飾ってあり、とても好みの雰囲気だ。フレームの入手先を尋ねると「どれも自分で作ったよ」との答え。廃材を利用して作ったと聞き、その精度の高さから固まってしまった。仕事場の階段までも、納屋にあった使われない木材で作り上げてしまう光永さんに、はじめから脱帽するしかなかった。壁に貼られたネイティブインディアンの絵やデザインの存在から、自分の感覚に近いものを多く感じる。

・仕事道具

 「おもちゃ箱のような」と例えてしまったが、勿論しっかりとした仕事道具達が主体の空間だ。古いもののデザインが特に好きだそうで、見たこともない古めかしい道具が多く見受けられる。少々の故障は自ら直してしまうので、ずっと使い続けることができるそうだ。仕事ぶりを取材している中で、まず驚いた道具がミシンだった。と、いうのも私自身が裁縫関連の全般を教育課程以来で扱ったことがない所為なのだけれど。特別なことをしている風もなく、淡々とミシンを使い生地を繊細に縫い合わせていく姿が、男らしい光永さんのイメージをいい意味で裏切っていたことが印象的だ。丈夫な素材同士を縫い合わせることが多いので、ミシンのパワーも家庭用の比ではない。鋏の扱いも鮮やかで、引いた曲線を躊躇なく沿うように切っていく。

・ガレージ

 仕事場とは別にガレージがあり、広いスペースが必要な作業はこちらで行う。特に古い車をカスタムする依頼ばかりなので、おいそれと見たことがない、数奇な車ばかりがこちらのガレージにやって来る。戦前のシボレーが登場した際は、今この場所はどこの国で、いつの時代の光景を見ているのか、と一瞬次元が違う世界のことのように感じた。光永さんの技術を信頼し、日本各地より九州の島にある田舎町へ特殊な依頼がどんどん舞い込んでくる。「アメリカに送るよりは安くつくよ」と笑っていたが依頼の多さはそのことが理由ではなさそうだ。

・愛車『ORIENTAL Chariot』

 仕事の依頼に応えるばかりではない、自身が所有する車を自らの手でカスタムする。光永さんのこだわりが詰まった愛車はシボレーのインパラをベースとした『ORIENTAL Chariot』と称するショーカーである。内装は持っている技術を余さず注ぎ、白を基調とした上品な仕上がりになっている。日本の国土に合った日本車にもいい車はあるけれど、その大きさを含めてのデザインの良さがアメリカ車にはあるとのこと。「一番、自分の感覚にグッとくるものはこの大きさだね」と語る。

 『ORIENTAL Chariot』のテーマは、彼が『1960年代のアメリカに、日系人として存在していたとするならば、その当時に流通していたパーツを使用し、このような車を作るであろう』という架空の物語を具現化したものである。1969年生まれの光永さんは生まれた後のことよりも、それ以前の「過去」のことの方が未知であり、新しいことだと感じるそうだ。そんな話を聞いている時に、写真家・森山大道氏の『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい』のタイトルが頭をよぎった。確かに、生まれる以前のことは情報として知ってはいても、その時代に自身が存在し体験できることはないので、果たして本当のことなのかは、己の実体験では永遠に知ることはできない。私が生まれ育った町に、こんな大きな志と理念を持つ人がいるなんて思いもよらなかった。やっぱり光永さんは興味深い存在だ。

・熱いクラフツマンシップ

 彼にとっては、畑違いである大工仕事に没頭している場に居合わせたことで、光永さんの熱いクラフツマンシップを目の当たりにする。電子版の第2号で特集した『満天堂』の城戸口徹さんを主に撮影した場所は、光永さんの仕事場を増築する現場であった。依頼された大工の徹さんも、施主の方が積極的に建て方や、刻み仕事への参加をすることは、本当に珍しいといっていたことも頷ける。ものづくりのスペシャリストだからこそ、じっとしてなどいられないのだろう。日を追うにつれて目覚ましい速度で大工の技術が向上していく光永さんの様子を見るのはなんとも痛快だった。

・HEAT ISLAND

 光永さんは2010年より毎年9月に、天草市福連木(ふくれぎ)の山間にある自然豊かなキャンプ場「子守唄公園」内にて開催される、1989年式以前の車やバイクと共に、キャンプができるイベント「HEAT ISLAND」の主催者としての顔も持っている。今年で7回目の開催となるこちらのイベントは、回を重ねるごとにエントリーされる人や、キャンプへ参加する人々がぐんぐん増えている。数年前から、昼間の設営の様子を見に行く機会はあったが、仕事の都合がつかず、一番の盛り上がりを見せる夜の様子を見たことはなかった。今年は開催時期が若干ずれたことにより念願叶って、ようやく夜のキャンプに参加することができ、見ると聞くとでは大違いな噂以上の規模のイベントを体験させてもらった。

 普段は多くの人がいることが少ないこの公園に、たくさんの人々が集いテントやタープを張って、幻想的な灯りに照らされた車とバイクを眺めながら、バーベキューを思い思いに楽しんでいる。天草の世間は狭いので、見知った顔ぶればかりかと思いきや、県外や九州外より参加されている方も多かった。「動かなければ何も変わらない上に、成長しなければ衰退するも同然だ」と光永さんは考えている。その考えが、イベントを開催し続ける原動力だ。心地よいイベントの空気感を作っていくことが、車の内装を手がけることに通じていると気づかされたこともモチベーションのひとつとなっている。

 今までは、手がけた車を出展し挑戦する立場だったが、小さなイベントだとしても主催・運営することによって、見えてくる苦労に気づかされたといわれていた。光永さんが稀に語る「次のステージ」とは一体どんな境地なのだろうか。いつも楽しませてもらうばかりでいる私自身も、光永さんの力になりたいと知らぬ間に考えるようになっていた。人を惹きつけ動かしてしまう、この魅力的な人物をもっと知りたいという思いがどんどん強くなっている。関わるほどに、私の凝り固まった意識を「Break down」してくれる先達は有難い刺激の塊である。


写真/文 錦戸 俊康

※こちらの特集記事は2017年9月15日に発行した
『天草生活原色図鑑 電子版』の再構成記事です。

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