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Zip&Candy


土星の裏側に、人とロボットがいっしょに暮らす星があります。
これは、その星のクリスマスに起きた奇跡の物語。


最新型のロボットの《ジップ》はご自慢の翼を広げ、今日も街の空をビュンビュン飛びまわります。
ビュンビュンビュンビュン。
モミの木の丘にも、ノッポのオルゴールタワーのてっぺんにだってひとっ飛び。
「どうだい? ボクのこの翼。行けないところはないんだぜ。知らないコトはないんだぜ」
街の人たちが、「あまりスピードを出しすぎるとケガをするよ」と声をかけても、
「ヘッチャラさ。なんたってボクは、最新型のロボットだからね」
と、おかまいなしです。


そんなジップが、最近、かならず立ちよる場所があります。
湖のむこう岸にあるサンドイッチ博士の研究所です。
いつもジップは窓にヘバリついて、研究所の中の様子をのぞきます。
おめあては、せっせと働く旧型のおてつだいロボットの女の子。
博士の横にピタリとついて、食事の準備や、掃除に洗濯、お留守番。
女の子ロボットはいつも一生懸命働いています。
サンドイッチ博士はクリスマスの準備に忙しく、近ごろ、研究所を空ける日が多くなってきました。
ある日ジップは博士の留守をねらって、そっと研究所の窓を開けたのです。


「やあ」
ジップは勇気をふりしぼって女の子ロボットに声をかけました。
ガタガタガタガタとキャタピラーを回転させて、
お留守番中の女の子ロボットが近くによってきます。
「どちらサマ?」
「ボクの名前はジップ、最新型ロボットさ。キミは?」
「ワタシはキャンディ。この研究所のおてつだいロボット」
彼女の名前は《キャンディ》といいました。


「外へ行かない?」
ジップはキャンディを誘いだそうとしました。が、キャンディは言います。
「ダメなの。サンドイッチ博士からソトに出るコトを禁止されているの」
かわいそうなキャンディ。ということはヨナヨナの森のむこうのロボットタウンも、カンパネラのオルゴールタワーのてっぺんも知らないのです。
しかし、ジップにしてみれば外へつれだすいい口実です。
ジップはご自慢の翼をキャンディに見せて言いました。
「どうだい? ボクのこの翼。行けないところはないんだぜ。知らないコトはないんだぜ」


「スゴイ!スゴイ! ジップ、あなたソラをとべるの?」
「そんなのカンタンさ。ねえ、キャンディ。空からしか見えない景色がたくさんあるんだぜ。キミはなにも知らないようだから、ボクがたくさん教えてあげるよ。さあ、行こう」
ジップはキャンディの手を引きました。
「でも、博士から禁止されてるし…」
「バレなきゃ大丈夫。ひとっ飛びしてすぐにもどってこよう!」
ジップは強引にキャンディの手を引き、キャンディを背中に乗せました。
「ホントにダイジョウブかなあ」
「だいじょうぶ! だいじょうぶ! ヘッチャラさ」
キャンディを背中に乗せたジップはごきげんです。
「さあ、飛ぶよ!」


ビュンビュンビュンビュン。
ふたりは、湖を越えて、ロボットタウンの上空を飛びます。
「どうだい? キャンディ、街はこんなになってるんだよ」
「スゴイ! ねぇ、ジップ。アレはナニ?」
「アレはエネルギースタンドだよ。新型のロボットたちはみんなあそこでエネルギーを補充するんだ」
「へぇ。あ、アレはナニ?」
ずっと研究所の中にいたキャンディは知らないことばかり。
ジップは、そんなキャンディにモノを教えるのが楽しくてしかたありませんでした。
「ねえ、ジップ。あれは?」
「あれはデパートだよ。ちょっくら行ってみようか」
ビュンビュンビュン。


ガタガタガタガタと音をたてて、デパートの中を旧型ロボットが歩きます。
近ごろはとんと見なくなった旧型ロボットに、
街の人たちや新型ロボットたちの視線が集まります。
しかしキャンディはそんな視線などまったく気になりません。
なにせ研究所を出たことがないキャンディにしてみれば、デパートは知らないものばかりの楽しい世界。
「ねえ、ジップ。これはナニ?」
キャンディは一冊のノートを手に取りジップにたずねました。
「これはねぇ、絵日記帳だよ」
「エニッキチョウ?」
「人間はねぇ、ボクたちのようにデータをまるまるインプットできないんだよ。だから残しておきたい思い出をここに描くんだ」
「エニッキチョウ! エニッキチョウ!」
キャンディは絵日記帳をたいそう気に入りました。ジップはうれしくて、デートをしてくれたお礼に絵日記帳をプレゼントしてあげることにしました。
「さぁ、そろそろ帰ろうか。博士に見つかっちゃうからね」


ビュンビュンビュンビュン。
研究所までひとっ飛び。
「また遊ぼうね」
「ありがとうジップ、楽しかったわ」
博士に見つかることもなく、無事にお別れしました。


とても楽しかった一日、大好きなキャンディとすごせた夢のような一日。
ビュンビュンビュンビュン。
ジップはうれしさをがまんしきれず空を飛びまわりました。
「明日もキャンディにあいに行こう。たくさんたくさん教えてあげよう」
ビュンビュンビュンビュン。
街に夜が降ってもまだ空を飛びまわっていました。


翌日も、その翌日も。
コン、コン。
サンドイッチ博士の留守をねらって、ジップが研究所の窓をノックします。
「キャンディ、遊びに行こう!」
「キョウはどこへつれてってくれるの? ナニをオシエテくれるの?」
「いいから、乗りな」
ジップは今日もキャンディを研究所からつれだしました。
ビュンビュンビュンビュン。
「どうだい? ボクのこの翼。行けないところはないんだぜ。知らないコトはないんだぜ」
「ホントウにすごいね、ジップのツバサは。ソラを飛べるなら、穴ぼこに落ちたりしないんでしょ?」
「あたりまえさ。キャンディ、キミは穴ぼこに落っこちたりするのかい?」
「ケンキュウジョのミゾに、よく落っこちちゃうわ」
「ドジだねぇ。そんなときはどうするんだい?」
「穴ぼこに落っこちたときはジタバタするの」
「ジタバタ?」
「そう。そしたらその音に気がついた博士がタスケに来てくれるの」
「あははは。面倒なことをするんだねえ」
ふたりの距離は日に日に縮まっていきました。


ジップが今日、キャンディをつれてきたのは丘の上にある一本のモミの木の前。
「ジップ、これは?」
「これはクリスマスツリーさ」
「クリスマスツリー?」
「クリスマス・イブの夜にサンタクロースがトナカイと待ち合わせる場所。ここから夢がはじまるんだぜ」
「なんだかステキなお話ね」
ジップが顔を赤らめて言います。
「ねえ、キャンディ。クリスマス・イブの夜にいっしょにここに来ない?」
「どうして?」
「まあ、その…ここだと、サンタクロースやトナカイも見られるし」
そんなのはもちろんウソっぱちで、ジップはキャンディとふたりでクリスマス・イブをすごしたかったのです。
「いいよ。なんだか楽しそうね」
アッサリと返事をもらったジップは大よろこび。
「ホント? 本当に? 約束だよ」
「うん、ヤクソク」
ニッコリと笑うキャンディをとても愛おしく思いました。
「そろそろ、帰ろうか」
ビュンビュンビュン。


「いつもありがとう、ジップ。あなたといるとホントウに楽しいわ」
「あたりまえさ、なんてったってボクは最新型ロボットだからね。なんだってできるんだ」
「ウフフ」
「それじゃあオヤスミ、キャンディ」
そう言って、ふたりは別れました。
ビュンビュンビュンビュン。
今日もうれしさをがまんできないジップは、いつまでもいつまでも飛びまわりました。
お星さまたちもこの光景には慣れっこ、ニコニコとジップを見守ってくれました。


ふたりで街を歩いていたある日のこと。
ジップは、隣のキャンディに言いました。
「それで階段をのぼるのはたいへんだろ? キャンディのキャタピラーも翼に変わればいいのにね」
キャンディは首をかしげ、ジップにたずねました。
「キャタピラー?」
なにをいまさら、とジップがことばを返します。
「キャタピラーだよ、キャタピラー」
「キャタピラーってナニ?」
キャンディの様子がいつもと少しちがいます。
「キミの足についてるソレさ。どうしたのさ、キャンディ?」
「へぇ~、コレはキャタピラーっていうんだ。やっぱりジップはなんでも知ってるね」
「生まれたときからついてただろ? ねぇ、キャンディ?」
キャンディは自分のキャタピラーをめずらしそうにずっと見ています。
キャンディの様子が少しおかしい、と心配になったジップは、今日は彼女をはやくに研究所に帰すことにしました。


つぎの日も、そしてつぎの日も、キャンディの様子が少しずつおかしくなりました。
「オテツダイってナニ?」「オソウジってナニ?」
キャンディのモノ忘れは、日に日にひどくなっていきます。
キャンディは旧型ロボット。もしかしたら故障してしまったのかもしれません。
そしてその責任が自分にあるかもしれない。
不安になったジップは言いました。
「キャンディ、研究所へ帰ろう」
ジップは、すべての事情をサンドイッチ博士に話すことに決めたのです。


無断でキャンディを外へつれだしてしまったこと、そしてキャンディの様子が最近少しおかしいことを、すべて正直にサンドイッチ博士に話しました。
「なんてことをしてくれたんじゃ」
おさえた声の中にサンドイッチ博士の憤りがたしかに感じられました。
これにはジップも言い返します。
「博士だって、こんなせまい研究所にキャンディをとじこめてかわいそうじゃないか! ボクはキャンディに外の世界を教えてあげたかっただけなんだよ!」
サンドイッチ博士はジップの目をじっと見て、そして静かに言いました。
「だからキャンディの記憶が消えたんじゃよ」


サンドイッチ博士は話をつづけます。
「キミとちがって、キャンディは旧型ロボット。メモリーに記憶できる用量が少ないんじゃ。新しいデータを入れすぎてしまうと、古いデータから順に消えていってしまうんじゃよ」
ジップはなにも言い返せなくなりました。
博士がキャンディに外出を禁止した理由は、新しいデータを入れることで古いデータを消してしまわないためだったのです。
ジップは大好きなキャンディの思い出をうばってしまったのです。
「悪いが、もうキャンディとはあわんでくれ」
サンドイッチ博士もこんなことは言いたくなかったのですが、これもキャンディの思い出を守るためにはしかたありません。
そのことばにジップは静かにうなずきました。
「ドウシテ? ドウシテ?」
研究所を後にするジップの背中に、キャンディの声が響きます。


帰り道はトボトボと歩きました。
夜空のお星さまたちが心配そうにジップを見ています。
キャンディにたくさんのことを教えてしまったせいで、彼女の古い思い出を消してしまった。
ジップの頭の中では、そのことがずっとグルグルとまわっていました。

【つづく】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
キャンディの記憶を奪ってしまったジップ。

このまま二人は離れ離れになってしまうのでしょうか?
いえいえ、ご安心を。
最初に申し上げたとおり、これはクリスマスに起きた奇跡の物語です。
ジップの覚悟と、キャンディの愛と、博士のファインプレーで、物語はとびっきりのハッピーエンドに向かいます。

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