コーヒーが飲みたくなったので喫茶店に入った。私のすぐ後に、80歳近くであろうおじいさんが店内に入ってきて隣のテーブルに座った。しばらくしてから、おじいさんのテーブルにはサンドイッチとトーストが運ばれてきた。そんなに食べられるのだろうか。私は見知らぬおじいさんのことが心配になった。パン業界に因縁でもあるのだろうか。もしくは脅されているとか？パン業界に。

私の心配をよそに、おじいさんは黙々と食べ始めた。ふと、もう一つ奥のテーブルにひとりで座っている黒のレースの服を着た女性がスポーツ新聞を読んでるすがたに私が見惚れているうちに、おじいさんはトーストを食べ終えた。さっきまであんなに入念にマーガリンを塗りこんでいたのに。いやあれはバターだっただろうか。どっちでもいいか。隅々まで時間をかけてきれいに塗る姿にほれぼれしてしまったのは、ついさっきだったはずなのに。

それから、私が黒のレースの服を着た女性が読んでいるスポーツ新聞のトップニュースはあのアスリートの話か、そうか、悪いことはよくないことだと思うけれども事情を知らない人間から非難される謂れはないだろうし、当人同士で解決されてるならもういいじゃないか、とかなんとか考えているうちにおじいさんはサンドイッチを完食していた。イ、イブサンローラン。おじいさんのサンドイッチの質量はもう求められないなんて。いや求めないけど。そもそも求め方がわからないけど。求め方がわからないから優しさかどうかも疑わしいものに傷つけられたりするんだろうけど。ちなみにイブサンローランは黒のレースの服を着た女性が持っていた鞄のブランドでした。お詫びして訂正いたします。なんて、誰に謝ってるんだよ。私もあなたも。

窓辺の席でフルーツオレを飲みながら、私はそんなことを思っていた。