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冒険せよ。 空飛ぶアニメーター・高畑勲


現在、高畑勲展が近代美術館で開催中だ(まだ行けてない)。


絵を描かないアニメーターといわれる高畑勲。ひょっとすると映像より音楽の方が好きだったのではないだろうか? 本人自ら作詞作曲を手がけるほど音楽に対する造詣が深く、音から映像が浮かぶ人だった。

彼の音楽考についてはこちら。

映画を作りながら考えたこと 「ホルス」から「ゴーシュ」まで


また、今回の展覧会に対し、音楽家の細馬宏通さんが『赤毛のアン』のオープニングテーマについて考察をしている。

展示模様 artscapeより借用しました



1. 『赤毛のアン』と三善晃

『赤毛のアン』のオープニングテーマについては、わたしも3年前(2016年)Facebookにテキストを書いていたので、新たに加筆訂正してこちらに記載しようと思う。

わたしの宮崎・高畑歴は随分古い。多分5歳くらいから始まっている。ルパン3世から、どうぶつ宝島、パンダコパンダ、それ以外でも相当見ているはずだ。

宮崎・高畑コンビ(プラス大塚康生)は、ジブリよりもそれ以前、東京ムービー時代の『ルパン三世』や日本アニメーション時代の『世界名作劇場』や NHK初めてのアニメーション『未来少年コナン』のほうが好きだ。「名作劇場」はその「名作」という看板に囚われることなく、原作を自由に解釈し、生き生きとした物語を(今は無き)お茶の間に提供した。

衝撃的だったのは『アルプスの少女ハイジ』。初回放映時(当時6歳)、突然テレビが映画になったのかと思うほど、これまで見てきたアニメーションの常識を覆す美しさとスケールにびっくりした。他にはNHK初めてのオリジナルアニメとなる『未来少年コナン』、そして『赤毛のアン』だった。子供心に、このプロジェクトにかける制作スタッフのエネルギーが、ブラウン管からビシビシ伝わって、日曜日の夜が待ち遠しかった。


アンのOPはの美しさはハリウッド級だった。草原に映る少女のシルエット導入から、馬車に乗って森のアーチを潜って空を飛び、春夏秋冬を駆け抜ける華麗な映像は、原作のもつ重さを軽やかに吹き飛ばし、子供たちを未だ見ぬ世界へ誘った。ビデオのない時代、このOPを見るためにテレビにかじりつていたことを思い出す。

主題歌を担当したのは現代音楽家の三善晃(みよしあきら)。大阪万博の開会式を担当した彼は、黛敏郎、武満徹と並び称する作曲家で、坂本龍一の師でもある。彼の起用はもちろん、高畑の希望。 現代ならともかく、”アニメーションはお子さま用 “と蔑まれていた当時はありえないことだった。(高畑の)アンに賭ける思いが偲ばれる。


三善の代表作の一つ、『海の日記帳』の曲のタイトルはとてもやさしい。「やどかりの波のり」「シシリー島の小さな貝がら」「海の弔列」「あこや貝の秘密などなど。多様な海の世界をピアノで唄う。


他の音楽家同様、三善もドヴィッシーやラヴェルに大きな影響を受けた。アルバム『海の日記帳』のライナーノーツでは、自身の自然観について以下のように綴っている。

「〜〜当時のハクライの泰西名画を配した箱入りチョコレートのようなもので、その美味しさに驚愕しながら、いっぽうでわたしたちはそれとは無縁の日常も楽しんでいた。バッハの小フーガも母の子守唄も、共にわたしの耳にある。チョコレートも塩煎り大豆も、共に私の舌にある。〜〜4歳からピアノやソルフェージュや作曲をしていた私が12歳の時の集団疎開地で作曲したのは、ソナチネでもロンドでもなく、村の子供たちの歌っている童うた風の歌曲だった。それがわたしの自然だった」

高度成長時代の芸術家たちは “西洋という型” を越えようと奮闘した。戦後のもののない時代に生きた彼らが、いかに “豊かな西洋“ を日常に取り込み、新しい表現を生み出すべく苦労を重ねてきたか。

音楽家とアニメーター、住む場所は違えど目指す方向は同じ。時代はバブル前夜、アニメーションの地位が低く西洋音楽が非日常であった頃、天才のぶつかり合いは、モンゴメリの原作を忠実になぞらえたはずが、オリジナルを遥かに超える「疾走する少女の物語」を生み出した。


エンディングテーマ『さめない夢』は三善の最高傑作だと思う。彼が成長期の高畑と出会ったことは、期せずして格闘してきた”西洋という非日常” をするりと抜けて "日常の自由" を獲得した。また、このEDに高畑は敬意を示し、一切の映像を排しテロップのみにしている。

宮崎はアンに興味が持てず途中降板したそうだが、彼の得意とする、地上から空を駆け抜けるOPはアニメーションの金字塔だ。そしてEDの『さめない夢』へとつづく。



2. 『セロ弾きのゴーシュ』とベートーヴェン

高畑アニメおなじみ、登場人物が空を飛んでいくシーン


通常、アニメーターは  ”目の人”なのに、高畑は “耳 の人" であった。確かに物語から映像を紡ぐ人はいても、音から(映像を)紡ぐ人など聞いたことがない。宮崎が驚異的な画力でアニメーションに生命を吹き込んだように、高畑はどんな些細な生活音も逃さない驚異的な聴力で(アニメーションに)生命を吹き込んだ。それが ”お子さま用”と蔑まれていたアニメーションに芸術性を与え、今日の地位までもたらしたのは言うまでもない。

最高傑作は宮沢賢治原作の『セロ弾きのゴーシュ』だろう。オープニングの賢治作詞作曲の『星めぐりの歌』から、ベートーヴェン『交響曲第6番(田舎に到着したときの愉快な感情の目覚め)』への流れに、のっけからカウンターを食らう。

『第6番』のルーツは実は岩手県で、宮沢賢治はペートーヴェンの親友だった〜と言われても信じてしまうくらい、ぴたりとはまっている。

また、『ゴーシュ』は書籍だから、ページから音は聴けないのだが(当たり前だ)、アニメ鑑賞後は、書き下ろしの脚本だったのか!と思ってしまう(アンもゴーシュも原作のまま脚本化している)。

あたかも高畑と賢治とべートーヴェンが同時代に生きて、共創しているかのような出来栄えなのだ。


「田園」を歩くベートーヴェンと宮沢賢治。


ベートーヴェンをこよなく愛した宮沢賢治。
彼は故郷・花巻市をハイリゲンシュタットに見立て、天界の楽聖にアクセスすべく『ゴーシュ』を書いた。
その思いは彼の死後、絵を描かない音楽好きのアニメーターが天界の二人を引き合わせ、見事なマリアージュを生み出した。

余談だが、『ゴーシュ』は、オープロダクションという小さいアニメ会社の自主制作だった。低予算で作られた地味な作品ではあるが、日本のアニメーションの最高峰であることは間違いない。



宮崎・高畑が、他の追随を許さないのは  ”圧倒的な世界の豊かさ”にある。壮大なランドスケープの表現力。昨今のアニメや映画を見て感じるのは、郊外育ち/核家族世代ゆえの均一で閉じた乏しい世界だ。多様性を実践するには好奇心と冒険心。ハイジもアンもオープニングが勝負だった。彼らの、子供たちを未知の冒険へ導かんとする意気込みが、映像を異次元につなげた。

正解を求めた均一性の実践から、冒険(経緯)を楽しむ多様性の実践へ。コンプライアンス地獄ですっかりやせ細ったわれわれに「冒険せよ!」と天国から高畑の声が聞こえてきそうだ。

ハイジやアン、ナウシカなど、”空飛ぶ主人公”の原点は絶対これじゃね?と思っている。 いのち短し冒険せよ乙女。 驚きやワクワクはドローンでは表現できない。しかしどうやって撮ったんだろ、このズームイン。





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MOTOKO oshima

写真によるまちづくり、ローカルフォト主宰。 活動範囲は、小豆島、長浜市、真鶴町ほかいろいろ。
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