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博士のアルバム 7話

 先生がお昼寝をしている間に覗いたパソコンの画面。詩の中から先生の不安を感じた。
私が介護士としてできることはなにか。この問題にぶち当たるたび、無力さを感じる。

人の心までは読めない。私は先生が強い人だと勝手に思っていた。

 人が生きる上で、当たり前にできていたこと。それができなくなると誰かの手を借りないといけなくなる。
いずれ、来る。私にもそんな日が来る。

先生が目を覚ました。
「病院、疲れましたね」
「うん。ごめんね、付き添ってもらって」
「いえ、そんなこと。それより、たくさんのお薬で・・・、整理するのも大変ですね。これを今まで一人で?」
私はベッドの側に近づいた。
「僕は、ずっと単身赴任でね。研究者ってフリーターみたいなもんだから」
「フリーター?ですか?」
「だいたい3年契約なんだ。3年経ってまた自分で仕事を探さなきゃいけない。ポスドクって大変なんだ。大学院にいって博士号をとってもこんなもんだ。その問題を改善するためようやく動きだしたところもあるんだけどね」
「そうなんですか。たくさん勉強してお金もかけて、それで安定しないなんて馬鹿げてますね。でも、それだと大学院に行く人が減りますね。日本人の研究者がいなくなるんじゃないですか?」
「そうなんだよ。君は理解力があるね。茅野さんみたいだ」
先生の口から久しぶりに茅野さんの名前がでた。
「僕は運が良くて40歳の時、国の研究所に就職したんだ。寮があってずっと仲間と飲んだくれてたよ。だから、こんな風になったのかもな」
「無理されたんですよ。だから今はゆっくりしてくださいって神様が言ってるんだと思います」
 
 それから先生はたくさん話してくれた。教え子たちの活躍、海外の研究者、外国での学会の話。
仲間と化学の話で盛り上がりお酒を飲み過ぎて道路で寝てしまい、警察の人にお世話になった話。若い頃、破天荒に振る舞っていたのはフラストレーションを紛らわすためだったと。そして、先生の昔話の中には必ず茅野さんがいた。

「君は本当にいい人だね。ところで、どうして君は介護士になったの?」

突然の質問に私は狼狽えた。





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