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特別措置法

新型肺炎が新型インフルエンザ特別措置法に付加される形で改正が成立したようだが、まずは対策の基本法が確立したようでめでたいことである。

で、noteの政治社会分野の「人気記事」に下の記事がトップを張っているのだが、この人は採決を棄権されたようである。

コメント欄にはこの人を褒め称える意見が続いているのだが、一体何を言いたいのかよくわからない。

新型インフルエンザ特措法は民主党政権が成立させた法案であったと思うけれど、そこには緊急事態宣言が規定されていたのではないか。今回の新型肺炎は新型インフルエンザではないわけで、先の首相による休校要請も強制ではなかった。首相の指導力で全国の学校は休みになった。野党支持の人やサヨクの人は首相の判断をバカにしたけれど、今やイタリアもフランスも新型肺炎の流行で休校が広がっている。米国のCDCも休校についてのパンフレットを公表した。

安倍首相の判断は時代の先取りであった。

今は日本での流行は一定程度抑制できている。けれども、各地で海外からの帰国者に感染者が発見されている。

海外でまさに流行が起きている以上、海外からのウィルス流入は起こる可能性が常にあるのである。平時に決めておけというのは詭弁であって、こういう新興感染症はいつどこで起こるかわからないのが通例である。

事態が起こってから対応策を考えるのはおかしい、あらかじめ対応策を練っておくべきという人は未来を予言できると言っているに等しい。刻々と変化していく現実に必死で対応せざるを得ないのが我々、未来を見る能力のない普通の人類のとるべき策ではないか。

どうせ全部与党が決めるのであるから野党の存在は不要であるという態度はやや拗ねているとも言える。気に入らないから議論をしないという態度も幼児性が垣間見えるではないか。

仮に、与党が緊急事態宣言を行うのが気に入らない、例え国民に犠牲が増えたとしても与党は手を拱いて何もするべきではない、そうすれば野党支持者やサヨク様が「ヤーイヤーイ、自民党は無能だな、感染症に対して何もできない!」と悪口を言えるとでもいうのだろうか。そうして野党が政権を奪取して「立憲主義のためには国民は喜んで死ぬべきである」とでも言いたいのだろうか。

私は緊急事態の時には身命を賭してでも国民の安全や生存のために働くべきであるのが政治家であると思う。もちろん、緊急に法律を制定することで、行政が法に基づいて行動できるように整備するのが当然であろう。そのための議論を行うというのなら理解できる。

けれども、議論しない、採決しないという態度であれば、法的バックアップなしに事態の解決に立ち向かわなければならない。そうなれば「超法規的措置」による解決が必要になる。「超法規的措置」こそは立憲主義の精神からは真に忌むべきことではないか。「超法規的措置」とオールマイティを獲得するのは本当の緊急事態であったとしてもなるべく行うべきではない。

かの人の文章を読んでもなぜ彼女が採決を棄権しなければならなかったのかさっぱりわからなかった。もし彼女が小さなプライドを守るために棄権したとすればそれは残念なことである。小さなプライドのために大きな責任を放棄しても構わないという人であれば私のように素人評論家でいれば十分ではないかと思う。

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