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(小説)おれの書く小説、価値ゼロ。思い知れ。

アルバイトでとある会社のオフィスで働いていた。
内容は、ただの雑用だ。
私にちょくせつ仕事を振ってきたのは蓬沼(よもぎぬま)さんという三十代前半の青年だった。
当時、私はそろそろ二十九歳になろうとしていた。

蓬沼さんは基本的にはアッパー系の人だが、「だれでもかれでもがアッパー系のITベンチャー」から転職して来たということだった。
転職の理由は、周囲になじめなかったからなんだそうだ。
私からすると、蓬沼さんはじゅうぶんアッパー系、いつも元気はつらつという印象だったが、こういうタイプの人が「なんかちょっとさえない」みたいに思えるほど、さらなるアッパー系の職場があることを思い、うんざりした。

蓬沼さんは、私が仕事できないとなると、だんだんいらだちをあらわにするようになった。最初は私がアシスタントに着くので仕事がラクになると喜んでいた。飲みに連れて行ってくれたこともある。だが、一週間も経つと私の無能さにいらだちを隠せないようになった。
こっちは一生懸命やっているのにうまくいかない。与えられるのは、いわゆる「ガキの使いみたいな仕事」なのにできない。こっちはこっちでそういうもどかしさを感じていた。

ある日、蓬沼さんが所属しているチームのちょっとしたミーティングが行われることになった。そこで、オフィスの十人くらい入れる会議室を、私が予約しておいた。
私は、来るはずの重要書類の入った封書が、郵便で届かないのでイライラしていた。メールでは済まされないタイプの書類だった。
先方がネットで追跡できるように手配してくれなかったので、郵便事故だったらまずいことになるな、と考えていた。

蓬沼さんは蓬沼さんで、朝から機嫌が悪かった。奥さんとちょっとケンカしたとか言っていた。どっちが朝食のサラダを取り分けるべきか、というようなことが原因だったらしい。

偶然(私はこの件は偶然だと思っている)とは恐ろしいもので、早めに会議室に入って来た私の次に入ってきたのが、蓬沼さんだった。
私は、オフィス内にある自動販売機で買ったお茶のペットボトルを持っていた。
ミーティングは午後三時から始まる予定で、私と蓬沼さんが二人きりで会議室にいることになったのは二時五十分頃だった。

本当は二人きりで会いたくないタイミングである。
私と蓬沼さんはテーブルをはさんで向かい合っていた。
しばらくすると蓬沼さんが、
「あのさあ、今たまたま二人きりになったから言うんだけど……」
と言い出した。

私はその瞬間、隠し持っていた鎖鎌の鎌の部分を、蓬沼さんの脳天に突き刺した。
渾身の力に、絶妙なタイミングだった。
腰が入っていたので力を一気に出せた。
鎌の刃の部分が、蓬沼さんの頭の半分くらいにまで刺さった。刃が頭蓋骨を貫通し、脳に達したのがはっきりとわかった。

蓬沼さんの脳の中に、オフィス全体を破壊する起爆装置が入っていたのは知っていた。
社長が、ルーレットで適当に決めた社員の一人である蓬沼さんの脳内に、起爆装置を埋め込んだらしい。
理由はわからない。
ただの気まぐれだろう。
ちなみに社長は原色あざやかな、南米のめずらしいサルだった。

起爆スイッチが入り、蓬沼さんも、私も、他のオフィスにいた人たちも、轟音とともに、ビルごと爆散した。
ビルは粉々に砕け散った。両隣のビルにも影響があり、半壊していたらしい。

消防車や警察が出動し、野次馬が集まって大騒ぎになっているところを、原色の色とりどりのサルたちが何百匹も、向かいのビルの屋上から観て、さまざまな歓喜の声を上げて飛び跳ねていたという。

おしまい

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