感動小説 「そういえばタマちゃんていたな」第一回

「タマちゃん」は、2002年8月に多摩川に現れた、オスのアゴヒゲアザラシの愛称であるという。
そう、「タマちゃん」が話題になってから、20年以上が経っているのだ。
現在、二十歳以下の人にとっては「聞いたことがある」くらいの存在だろう。

私だってふだん、タマちゃんのことなんか考えない。
それにしても、多摩川に出没したので名前が「タマちゃん」になったが、
「ガワちゃん」という名の選択肢はなかったのだろうか。

「ガワちゃんだと、四万十川とか信濃川に出て来たアザラシも『ガワちゃん』になっちゃうでしょう」
彼女はコンビニのすた丼を貪り食いながらそう言った。すた丼を食いながら、ものすごい速さで指を動かし、スマホのよくわからないゲームをしている。
私の方は観ていない。

「人と話をするときは、目を見たらどうなんだッ!!」
私はつい大声を出してしまった。
彼女はその声に驚き、スマホの間違った部分を押してしまったらしい。
スマホからガソリンが燃えるときのような音がして、火が出た。
「きゃっ」と言って彼女はスマホを床に落とした。

それをきっかけに、周囲は、
「タマちゃんのくに」
になっていた。

「タマちゃんのくに」。

タマちゃんの一族が、タマちゃん的なアザラシのためだけにつくった王国である。
その王こそ、プネンピンペンプノンペン清五郎という任侠の徒だった。

プネンピンペンプノンペン清五郎
プネンピンペンプノンペン清五郎
我らが王
我らが神

そんな歌が残っているとかいないとか。
(どちらかというと、残っていない)

彼の背中には、巨大な雪印のマークの刺青が入っており、
右手には巨大な剣を持っていた。

「タマちゃんのくに」の住人たちは、アザラシは意外と少なく、大半は人間だった。
だれもがお茶碗に焼きそばを入れて、左手に持って歩いていた。

「お茶碗一杯程度の焼きそばでは、お腹がいっぱいにならないだろう」
そう思って同情していたら、大きなトラックが広場のようなところに止まり、そこで大皿いっぱいのダークマターを配り始めた。

ダークマターとは科学用語で、宇宙ヒジキのことである。

人々はトラックが来たとたんにイヤな顔をして、バッグからガスマスクを出してそれをかぶり、ダークマターが配られているのを無視した。
強引に押し付けられる者もいたが、何やらキツい言葉を叫び、大皿に盛られたダークマターを、配っている人に突き返していた。

気が付くと当たりはすっかり日が暮れていて、いつの間にか路上にだれも人がいなくなった。トラックも去った。

そこにやってきたのが「新時代ピエロ・爆笑人間ゲラゲラ560(ゴーロクマル)」であった。

「新時代ピエロ・爆笑人間ゲラゲラ560(ゴーロクマル)」は史上最高のエンターテナーと呼ばれている。

彼に対抗できるのは、タマちゃんしかいない!

私はそう直観的に思ったが、テレビでマルシンハンバーグのCMを見たいと思い、家に帰ることにした。

「新時代ピエロ・爆笑人間ゲラゲラ560(ゴーロクマル)」は、だれもいない夕暮れの広場で一人でパフォーマンスをしていたらしいが、よく知らない。

何しろ、私は帰宅してしまったのだから。

(第二部 「ジェダイの時代」に続く)



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おしまい


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