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届かない贈り物

※このお話はオリジナル創作「狼の城」の小説になる前の作者の構想を書いたものです。
読みづらいところがありますがご容赦ください。


金曜の夜、仕事を終えた九葉はようやく小刀を手に取る。
ずっと作りかけだった木の塊を取り出すと、少しずつ掘り進めていく。
今週の初めに急にイメージが湧いて作りたくなった。
簡単な完成図を作り終えたのが水曜日、集中して製作するため週末まで待った。
食事もそこそこに、自室で作業を進めていく。

一度集中し出すと、外界の音が一切遮断される。
室温はちょうどいい。
作業するのに邪魔にならないシャツも、目に入らない前髪の長さも完璧。
そして明日と明後日は会社が休みだ。
土曜は本当なら出社して会議に出なければならなかったのだけど
桐生が急な出張になり取りやめになった。
急ぎの仕事も無いのでそれならばと休みにした。
いつも自ら進んで仕事をする九葉なので、急な休みを渋る者はいない。

集中して彫っていく。
イメージが固まってからはひたすら完成に近づける作業だ。
これが一番楽しくて辛い。
妥協はしたくない。
どうしても日曜日までには完成させたい。
木の香りと音と削る感覚だけが五感を刺激する。
もう完成図は見えている。
あと少し。

「……………」
「うん」
「……?…………、…………?」
「ああ」

柊哉が何か言っていた気がする。
彬だったかもしれない。
おそらく「ご飯くらい食べなよ」とか「ちゃんと寝ているのかい」とかそんな用事だ。
良平は…俺に忠告しても無駄だと思っているのか近づいてこない。
邸内で一番気が合わない男なのに、こういう時に一番九葉のことをわかっているのも良平だ。
よし、完成までもう少し。

「……九葉?くーようっ」
「……………」
「ダメだ。爆睡してる」
「仕方ないですね。食事は起きたら取って頂きましょう」

日曜の昼、午前11時、柊哉と良平は諦めたように部屋を出て行った。
九葉は机に突っ伏して眠っていた。
周囲には木の削りカスだらけ、
手には木で彫られた椿の花―。

今日は5月の第2日曜日。
彬が教えてくれた。
西洋ではこの日は母に感謝を伝える日だと。
決して言えないありがとうをただひたすらこの花に込めて、
九葉は穏やかに眠った。



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