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自己主張と協調性

先日読んだこのnote、「わかるぅ~~」と共感すると共にいろいろ考えたので、書いておく。

私も面接で、「人と話し合うのが好き」「自分の意見を述べることを大切にしている」と言うと、よくこんな質問をされる。

・じゃあ、人を引っ張っていくタイプですか?
・自分の意見が通らない時、気持ちの折り合いはつくんですか?

どうも、「自分の意見を率直に述べる=人の話を聞かない、自分の思い通りにならないと気が済まない人」と思われているようなのだ。
いや、だから人と話しあってアイデアを磨くのが好きだって言ってるじゃん…と何度丁寧に言い直しても、「で、結局あなたは1人でやる方が好きなの?人と協力する方が好きなの?」という趣旨の質問に戻ってくる。

一体、なんなんだ?
1人で行動できることと他者と協力することは、両立できない能力だとでも言うの?

就活サイトなんかの自己分析ツールでも、「自己主張力」と「協調性」は対立する概念として扱われている。
両端に「自己主張力」「協調性」と書いてあって、どちら寄りかを示すような造りになっている。

けれど、その2つは、本当に対立する概念なのだろうか?

私は、自己主張できない人は協調もできないと思っている。
協調とは自己を殺すことでなく、自己と他者をぶつけ合って新たな答えを見つける行為だと思っているからだ。

だから、自分の意見が通らなくたって、他にいい意見があるならそっちの方がいいに決まっている。
だって、議論の目的は「よりよい答えを出す」ことだ。
その目的を忘れてエゴを優先したいなんて、思ったことがない。

仮に、私が言ったことに周囲がのっかってくると、不安になる。
え、ほんとにこれでいいの?
自分じゃ気付かないような点を指摘してほしいから話し合ってるんだよ?と思ってしまう。
むしろ(建設的な)批判をどんどんしてほしい。
そっちの方がいいアイデアに辿り着けるに決まっている。

私の話し方に問題があるのかもしれないが、こちらから質問をしても、「ニワオの言う通りでいいよ」という答えが返ってくることが多い。
本気で思っているのならいい。
でも、ほんとは反対だけど合わせているなら、そういう遠慮はいらない。
私が思ったことを言うように、あなたにも思ったことを言ってほしい。
じゃないとフェアじゃない。

私は、他者を無条件で褒め称えるような文化にも馴染めない。
自分が尊敬している人なら、その人が何をしても「すごーい!」「〇〇さんの言う通り!」となるような感じ。

私は、大切なのは人ではなく、行為だと思っている。
尊敬している人の行為でも、いいと思ったら評価するし、よくないと思ったら評価しない。
盲目的に称賛するのって、思考停止のように思えてしまうのだ。

そんなにおかしなことを言っているつもりはないのだけど、なかなかこの考え、共感を得られない。
あなたは自己主張と協調について、どう思いますか?

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最後までお読みいただきありがとうございます。 これからもたくさん書いていきますので、また会えますように。