メンヘラ・ハッピー・ホームと母のこと

noteを始めてみたい、と思ってから、でも何書いたらいいんだろ、みんなどうやって始めてるんだろ、ともじもじしていた。
こういう時は言葉が溢れてくるのを待つのが1番よい、と経験上わかっていて、だから今回もそうした。
今日がどうやらそのタイミングだったみたいだ。

言葉が溢れるきっかけになったのは、cakesのこちらの連載の今日の記事。
私は有料版で購読しているが、今日(3月4日)の更新分はまだ無料で読めるみたいだ。
https://cakes.mu/posts/24697

かいつまむと割かし大変な想いをした恋愛の、元彼が忘れられないという相談に対して、エッセイストのスイスイさんが答えていく。
中盤、「理由も言わず泣き続ける彼女」への対応コースを過保護コースと自立促進コースの2つに分けている。過保護コースは泣いている彼女に寄り添いケアするやり方で、自立促進コースは干渉せずどうして泣いているのか、どうしてほしいのかを言語化することを求めるやり方だ。
スイスイさんは自分の子どもには自立促進コースの対応をしていて、それは「我が子には成長してほしいから」らしい。

それを読んで、私はもう15年くらい前の遠い記憶の中の母の行動が、腑に落ちたような気がした。
「ああ、母は、私に成長してほしかったんだ…」と。

その頃私は小学生で、ピアノを一緒に習っていたIちゃんと一緒に漢検を受けることにはまっていた。
私の住んでいたのは地方の田舎で、漢検を受けるとなったら県庁所在地まで行かねばならない。
会場で待ち合わせて、一緒に受けた時、多分楽しかったのだろう。
友達が少なかったから、「友達と一緒に何かをする」ということ自体にわくわくして、嬉しくて仕方なかったのかもしれない。
「次の級も○月(確かその回の半年か1年後)に一緒に受けようね!」と約束した。

しかし、何ヶ月か経った頃、学校の帰り道だったか(Iちゃんとは学校も同じだった)、ふと何かの拍子に漢検の話をした時、Iちゃんは笑いながら言ったのだ。
「漢検○月に受けちゃった~」と。

あまり覚えていないけど、私はショックだった。「えっ約束したじゃん。。。てか申し訳なさそうに言うならまだしも、なんで笑ってるの?受けるまでに時間あるんだし、一言言ってくれたらよかったんじゃないの?」と。

家に帰ってももやもやしていて、私はその話を家族のいるリビングで誰に聞かせるでもなく話した。
いや、姉に漢検の勉強の調子について聞かれて、答えたんだったか。
「Iちゃん、漢検、○月に受けちゃったんだって…」言い終わるか終わらないかの内に私はぼろぼろ泣いていた。
約束したのになあ、どうして破られちゃったんだろ、そんな気持ちだったと思う。

母はその時ダイニングテーブルの近くに置いてあったパソコン用のデスクで、持ち帰った仕事をしていた。
目はパソコンに向いたまま私の話を聞いて、「あらま」みたいなことを言ったと思う。そのまま泣き出した私を見て、「何泣いてんの~」と呆れた顔で笑った。泣き止まない私を見て、「じゃあ(漢検なんて)やめたらいいじゃないの」と言った。

今思い出すと、Iちゃんと一緒に受けられないことが泣くほど嫌だったわけではないのだ。
私は、「約束を破られてしまったこと」「それを相手がまったく大したことだと思っていなさそうなこと」「つまり私との約束なんてIちゃんにとってはさっぱり重要じゃなさそうだということ」が悲しかったのだと思う。
もちろんその時は言葉にできなくて、私はただ自分でもよくわからないまま泣いていた。

その時、少し離れたソファに座っていた父が母を諌め、「ただ聞いてほしかったんだろう」というようなことを言った。
私はとっさに「だからお母さんに話したくなかった」「どうせ怒られると思った」とかなんとか、言ったと思う。

怒られそうになって逃げるようにお風呂に入って、湯船の中でまた泣いた。
自分の気持ちをわかってくれる人なんて、この世に誰もいないような気がした。

次の日の朝、母は私に謝ったが、私は許せなくて、「どうせお母さんには何を言っても怒られる」と言い返してしまった。
夕方祖母の家に(共働きだったので、小学校の下校後から祖母の家に預けられていた)母が迎えに来た時、寂しくなって擦り寄ったら、「私に話すとなんでも怒られるんでしょ」とそっぽを向かれた。この時のことがきっかけで、私は1年半ほど母に対する反抗期に入った。

母は「こうあるべき」とか「こうあらねばならない」という思いが強く、その通りに行動できる。強い人だ。
「漢検を友達と一緒に受けられなくなって泣く」という行為は母の中の「あるべき姿」に沿っていなかったのだろう。
母はいつも、娘達に、人とつるまなくても、1人で自立して行動できる人間になってほしがっていた。

だから、泣いていた私を笑ったのも、「じゃあやめたらいいじゃないの」と言ったのも、私に強くなってほしかったからなんだろう。
そんなことで泣くんじゃないの、1人だって漢検は受けられるでしょう。
友達と一緒に受けないと嫌だなんて、そんな甘えた考えでやっても自分の力にならないじゃないの――厳しくて、しかし先を見据えた優しさに溢れた考えだ。

でも。
母の反応が愛情からだとわかっても尚、あの時のことに関しては、自分の中のよくわからないまま泣いてしまった部分をこそ大切にしたいと思った。
友達に約束を破られて悲しかった、それはごく自然な感情だ。
あるべき姿に囚われて、自分の感情を押し殺す必要なんてない。
よしよし、悲しかったね、泣いてよかったよ、と今の私からあの時の私に言うことで、ようやく涙が少し晴れた気がした。

これまでこのエピソードについては「泣いているのにきついこと言うなんてお母さんひどい」という感情しか無かったのだが、スイスイさんのおかげで「あれも愛ゆえか。。。」とこれまでとは違った見方ができた。歳をとるとこういうことがある。興味深い。

スイスイさんの話からはだいぶ離れてしまったが、昔のわだかまりが残る記憶を1つ消化できた。ありがとうスイスイさん。
この連載は大好きなので、これからも読もうと思う。

最後までお読みいただきありがとうございます。 これからもたくさん書いていきますので、また会えますように。