”何者かになりたい”という願望を目にすることが多い…と感じている。

特に若い人が、具体的に何とは言わずに「何者かになりたい」と言葉にしている。
Twitterで、noteで、あるいは普段の会話の中で。

その言葉を見聞きすると、数年前の記憶が呼び起こされて、ウッとなる。
苦笑とも困惑ともつかない感情が胸の内に浮かびあがる。

◇◇◇

ふわふわしたことばかり話す私に、Sさんは言った。

”そんなんじゃ、何者にもなれないよ？”

久しぶりに2人だけで話している時だった。
互いに会っていなかった間のできごとを話し、これから1年くらいの間の予定について話していた。

私はその頃これからの人生、特に結婚とか仕事についていろいろ考えていた。
Sさんと会うことが決まった時から、Sさんが既婚と言うこともあり、結婚と仕事について聞いてみようと思っていた。

ところが、それがよくなかったらしい。

私は将来の展望について聞かれて、「まだ考え中のことが多いけれど～～」というスタンスで話した。
はっきり言ってかなり甘めの、そんなうまいこといったら奇跡だろうと言えるような希望を話した。
言い訳すると、軽いお喋りのつもりだったし、「こうなったらいいな」と理想を語っているだけのスタンスは十分に示したつもりだ。

そんな私は、結婚と仕事の両立についての悩み真っただ中のSさんにはとんでもない甘ちゃんに見えたのだろう。割かしきつめの詰められ方をした。

いろいろ言われて、中には「確かに」としか言えない言葉もあった。
けれど、不可解だったのは”何者にもなれないよ”という言葉だ。

Sさん自身が何になりたいのかは語られないまま、とにかく”何者にもなれないよ”と繰り返し言われた。
”なんていうか…本当に、何者にも、なれないよ”と。

その時は「Sさんは目標をもって達成するようなスタンスで生きてて、私はそうじゃなくてその時の直感を大事にしたいってスタンスなんです。価値観が違うんだからどっちが正しいとかの問題じゃないですよね」と笑顔でごり押しし、話題を変えた。

◇◇◇

”何者かになる”とはなんだろうか。

Sさんに”何者にもなれないよ”と言われた時、私は”私は生まれた時からニワオニコだし、これ以上何になるって言うんだろう”と思った。

Sさんの言葉の意味するところは、未だによくわからない。
あまりの気迫にその場で尋ねることもできなかったが、後悔している。
修羅場になることを覚悟で聞けばよかった。

”何者”とはなんだろうか。
ある特定の職業に就くこと(キャリア)を示しているのだろうか。
何かを成し遂げること(目標)を示しているのだろうか。
有名になること(知名度)を示しているのだろうか。
”マザーテレサみたいな人”といった理想(人物像)を示しているのだろうか。

どれも合っているような気もするし、どれも違うような気もする。
捉えどころがないから、”何者”なんて不明瞭な言葉で語られているのかもしれない。

”何者かになりたい”と言う人が、自分なりに”何者”を定義できているならいいけれど、そうでないなら大変そうだなと思う。
目標を明確にしないままもがいても、近づけている実感が得にくいんじゃないだろうか。
私ならそんな曖昧な行為、嫌になって続けられない。
本人たちからしたら、こんな心配は余計なお世話だろうけど。

◇◇◇

Sさんと話してから、他の友人知人とも”何者かになりたい”願望についていろいろと話した。
やはりと言うべきかなんというか、誰もそんな願望に心当たりがなかった。
さすがみんな私と親しいだけある。

そして私はと言えば、何度考えても、先述の”私は生まれた時から～”という答えしか浮かんでこないのだ。

推測するに”何者かになりたい”とは、今の自分を認めたくないという、ある種の逃避願望なのではないか。
他者から見えやすいもので自分を定義しなおして、元々ある自分とは違う自分像を創りたいのではないかと思う。

でも…やっぱり、私は別にそんなことに興味ないなぁ。
職業や所属、肩書と言ったラベルで自分を語るより、自分の内面にあるもの、感情や考え、好き嫌い、性格によって自分を語りたい。
”何者かになりたい”願望をもつ人達に、”何者でもない”と揶揄されても構わない。

私は生まれた時点でニワオニコだし、それは他の人だってそうだ。
今の自分と違う誰かになる必要なんてない。

”何者かになりたい”願望をもつ人が邁進しているのは好きにすればいいと思うけれど、もし”自分は何者でもない…”と落ち込んでいる人がいたら、思い出してほしい。
まあいいじゃん、あなたは生きてるだけで、あなただよ。