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『脳が目覚める「教養」』#5 教養の土台を作る

2019年8月20日に発刊される新刊『脳が目覚める「教養」』(茂木健一郎著)の試読版として、「はじめに」および第1章を無料公開しています。"雑学の寄せ集め"のような薄っぺらい教養入門書では得られない「真の教養」を身に付けるために必要な考え方とは――?

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動的教養を磨く3つの方法─広く知る・深く知る・疑う

動的教養を磨く。そのためには、僕は次の3つの方法があると考えています。

1 広く知ること
2 深く知ること
3 常識を疑うこと

ひとつずつ説明しましょう。

僕たちの脳は、コンピューターでいうとAIのようなものだと前述しました。カナダ出身のニュー・クリティシズムの研究家であり、文明批評家、メディア論の創成期の重要な人物の一人ともいわれるマーシャル・マクルーハンは、1962年の著書『グーテンベルクの銀河系』で「グローバル・ヴィレッジ(地球村)」という言葉を紹介しました。

マーシャル・マクルーハン(1911-1980)
カナダ出身の英文学者、文明批評家。もともとは文学批評の技法である「ニュー・クリティシズム」を論じる英文学教授で、メディア研究の分野で重要な著作を遺した。

そこで述べられたグローバル・ヴィレッジとは、電子的なマスメディア(テレビやラジオ)によって時間や空間の差、距離感が縮まり、地球全体がひとつの村のように緊密な関係を持てるようになるだろうというものです。

現代では、インターネットを指す隠喩としても使われていて、ワールドワイドウェブが地球をおおい、情報がどこでも簡単に入手できるようになり、文化的にも社会的にもいろいろな変化が起きているのは、皆さんご承知のとおりです。

このグローバル・ヴィレッジという世界においてはさまざまな文化が統合されていきます。その世界では、何よりも「広く知る」ことで教養は磨かれていくのです。

わかりやすい例でいえば、片づけコンサルタントで知られるこんまりさんこと、近藤麻理恵さんです。彼女は、「片づけ」というコンテンツでアメリカをはじめ、世界中で話題になっています。

こんまりさんが世界中でウケているのは、彼女の片づけが単なる整理整頓に終わらないからです。

彼女は「ときめき」や「おもてなし」などの概念を片づけの中に取り込みました。「ときめくかどうかを基準に断捨離する」というクールジャパンチックな整理整頓を、日本から来た小柄な妖精のような女の子があざやかに手際よく行なうところに、こんまりさんの独自性があります。

妖精のような女の子が「このお洋服にはまた会いたいと思いますか?」と、ときめくかどうかを問い、家に置くものは「おうちの子」として大切にしましょう。ときめかないものはお礼を言ってお別れしましょう。新しいもののタグを切るときは「へその緒」を切るような気持ちで……と、ものと対話しながら片づけていくのです。

ものにお礼を言う、我が子のように扱う……これは器物に魂が宿るという"つくもがみ"的な、もしくはすべてのものに神が宿るという八百万の神を敬う日本的な思想です。

こんまりさんは日本でも大人気でしたから、日本人だけを相手にしていても良かった。でも、彼女はどこかで、自分のアニミズム的な発想が唯一絶対の神を信仰する欧米で新しいものとして受け入れられると気づいたのではないでしょうか。その気づきは、世界を広く見渡したからこそ得られたものです。

アニミズム(animism)
ラテン語で気息、霊魂、生命などを意味するアニマ(anima)に由来した、生物・無機物を問わないすべてのものの中に霊魂が宿っているという考え方のこと。

こんまりさんのように、グローバル時代に優れたコンテンツをつくろうとするならば、まずは世界中を広く知ることが大切です。

足元を深く掘ることで教養のベースができあがる

広く知ると同時に、深く知ることも、教養を磨くためには大切です。「広く深くができれば苦労しないよ」。そんな声が聞こえてきそうですね。確かに、そんな時間も暇もない、というビジネスパーソンは多いでしょう。

そんな方は、クラスター(集団・群れ)に気づき、そのクラスターを深く掘ることがお勧めです。

現代社会では、マクルーハンのグローバル・ヴィレッジという着想にも見られるように、情報は均質化しています。

けれどその情報を誰もが広く知っているわけではなくて、世界はさまざまなクラスターに細分化されていて、そのクラスターごとに共有する情報の種類が異なっています。かつてのようにメジャーやマイナーという区分だけでは世界をとらえきれなくなっているのです。

テレビの視聴率、新聞の発行部数、書籍の印刷部数などはもちろん大切ですが、一方で、それぞれの関心領域においてロングテールのクラスターがあって、それぞれにアクティヴな人たちがいます。

もはや日本国内のことでさえ、何がメジャーなのか、わからなくなりつつある中、いわゆる古典的教養やNHKで取り上げるようなメインストリーム的なもの、すなわち静的教養だけをキャッチアップしていては、動的教養は磨かれません。

むしろ、世界をよく目を凝らして見渡せば、あなたのビジネスや人生に深く関わる、あなたにとっては重要なクラスターが見つかるでしょう。そうしたら、そのクラスターを深掘りする。そのクラスターについて深く知ることで、あなたは動的教養の土台をつくることができます。

僕自身が体感したクラスター

僕自身、クラスターの存在を実感したできごとがあります。中国には「微博(Weibo)」という中国版ツイッターがあることは前述しました。僕は2012年に面白半分で微博にアカウント登録したのですが、いくつか呟いただけでその後、放置していました。

それが、最近、来日した北京大学の学生と話をする機会があったので、微博を復活させることにしました。中国語ができるわけではないので、日本語をGoogleトランスレートで中国語に翻訳して発信しているだけなのですが、再開時には146人だったフォロワーが188人まで増えました。

しかし、日本語のツイッターアカウントのようにはなかなかフォロワーが増えません(笑)。

そこで、どうしたらフォロワーが増えるのか、「微博のフォロワー数が多い人ってどういう人なんだろう?」と思い、フォロワー数の上位5人を調べてみると、1位はきれいな女優さんでフォロワーが1億人近くもいたのです。

ここで驚くべきことは、彼女は中国国内では1億人ものフォロワーがいる、まぎれもなく大スターなのに、僕は彼女のことを見たことも聞いたこともなかったのです。僕だけでなく、日本人のほとんどは彼女を知らないと思います。姚晨(ヤオ・チェン)という女優さんなのですが、ご存知ないでしょう?

次に、この微博で何が呟かれているか調べたのですが、中国にいくつかあるタブー、たとえば天安門事件や新疆ウイグル自治区の弾圧などを除いては、ありとあらゆることが呟かれていました。

共産主義国家なので、みんな窮屈に生きているかというと、もはや全然、そんな時代ではないのです。

たとえば、どこかの村である男が自分の妻が死んだ後にその義理の母親と1カ月も経たないうちに結婚した、「これはどう思う?」といった人間臭いことや、微博のフォロワー数が多い芸能人の恋愛スキャンダルなど、日本人とほとんど変わらないことを日夜呟いているのです。

中国は、この先2030年くらいにはアメリカの経済規模を抜いて独走するであろうと予想されています。日本の経済的ポジションとしては、中国とうまくやらない手はありません。ですが、僕を含めてほとんどの日本人は、中国について多くを知りません。

だからこそ、微博などを通じて、中国のいまを身体感覚でわかるようになること=クラスターを深掘りすることが、動的な教養として必要なのです。


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