大人なんていない

「大人」って単語は小さい頃からずっと聞いてきた。なんなら小さい頃は大人は正しい、大人はしっかりしている、大人は見本にするべきだとか思っていたわけで。つまり、小さい頃は「大人」っていう存在に無意識で無条件に畏怖し敬意を払っていた。

まだ僕は22歳の青二才。なんなら、子供とも若造とも言われてもなんら反論することはできないしする気もない年齢である。それでいて、小学生や中学生から見たら22歳なんて十分「大人」なわけだ。このなんとも言えない微妙な年齢になってやっと気づいた。自分が小さい頃に畏怖し敬意を払っていたような「大人」なんて存在しないこと。存在しないといえば語弊がある。そういった人間は存在しているが、それが「大人」ではなかったこと。

それじゃあ、「大人」ってなんなんだろう。それはただ、ある程度まで年を食った人間であり、それ以上でもそれ以下でもない。

結局人間っていうのは自己中で全員が全員自分が主人公なわけで。だから人間が全員自己中であることに対してはそれで良いと思っている。逆に言えば精神をすり減らしてまで他人のために働いている、自分を殺しているようなサラリーマンの方々には、「あなたはモブキャラですか?」ってぐらいの煽り文句を言ってやりたいぐらいである。

自分はいくら年食っても「大人」にはなりたくないし、せっかくなら小さい子がみてもお手本になれるような、自分が小さい頃、「大人」だと思って勝手に思い描いていたような人間になりたい。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?