見出し画像

ニンジャという存在と生物の定義(ニンジャ学会誌895号掲載)

※本稿はニンジャ学会誌895号掲載の論文を、投稿規定に基づき半年以上の経過後に公開したものです

Extended Definition of Life Including Ninjas

NJRecalls開発チーム @NJRecalls *

 生物とはなんであるかという問題に対しては、現在でも明確に定義することが難しい。主に挙げられるのは「自己複製」「代謝」「自己と非自己の境界」であるが、例えばウイルスは自己複製に他の細胞を必要とするし、境界を形成する膜を持たないものも多いが、社会通念上は生物に類するものとして扱われる。一方でコンピューターウイルスやチェーンメールなどは、自己複製能力を持っていても生物として扱われるのは比喩的な文脈のみであろう。ここで、ニンジャについて先の3要件を考えてみると、彼らは通常の生物とは異なり、遺伝子による自己複製が不可能である。にも関わらず、ニンジャという存在は平安時代に繁栄を極めていたし、彼らが生き物であるかと問えばまず間違いなくそうであろう。本稿では、このようなニンジャの特性と既存の生物種、周辺の概念を含めて考察する。

*: https://twitter.com/njrecalls
Keyword: ニンジャ 生物 遺伝子 ミーム

ニンジャの増殖と生物の増殖
 ニンジャが元の人間が保持していた生殖能力を失っていることは、リーおよびドラゴン・ユカノの言葉1)からも確からしいことが伺える。

その代わりにニンジャが増える手段として、リアルニンジャにおいては、クランのドージョーを構え、そこで通常の人間がシュッギョを行いカラテを高めること、最終的にハナミをしてメンキョを授かることが挙げられている1)。ディセンションニンジャに関しては、上記のリアルニンジャ由来のニンジャソウルが憑依することにより、細胞レベルでの変化が起こり物理身体が不可逆にニンジャ構造になることが述べられている2)が、この過程でニンジャの総数が増えているわけではないため、これを増殖と呼ぶのは差し控えたい。

 ニンジャを生物として捉えると、このような振る舞いはいささか奇妙なものである。例えば、自己の増殖のために他の生物の体を最大限活用するものとしては、内部寄生を行う生物が挙げられるが、寄生生物とてその増殖は自らの遺伝子を残すことにより行われるのである。生物の要件として一般的に挙げられる「自己複製」「代謝」「自己と非自己の境界」のうち、遺伝子に拠らない自己複製を行うものを生物として捉えられるのだろうかという点が問題となろう。しかしながら、自己複製が不能なものが生物でないならば、例えば生殖能力を失った個体は生物ではないことになってしまう。従って、この自己複製とは「種として自己複製の能力を持つ」と厳密化すれば、より正確な概念であろう。ところが、この種の定義についても必ずしも厳密なものではないのである。一般に種の違いとは、交配が不可能であるということによって認識されているが、ニンジャにおいては同じニンジャ同士でも交配による子孫は生まれないため、ニンジャという種を定義できないのである。「ニンジャは種族ではない」というリーの言葉通りである1)。

 このように、既存の生物の概念ではニンジャという存在をうまく捉えることができない。そこで本稿では、既存の「生物のようなもの」とニンジャの類似性を元に、ニンジャを含む生物の概念を作り上げることができるのか検討し、そのような存在に対して我々人類を含む通常の生物がいかに対抗しうるのかについても考察する。

生物とミームとニンジャ
 遺伝子以外によって増殖する生物のようなもの、と考えた時に真っ先に連想されるのはミームであろう。例えば人間においては、言語や文学、文化といったものは集団内で複製され増殖するものであるが、それは遺伝子によるものでない。このような概念にミームという名を与えたのは、リチャード・ドーキンス3)であるが、ニンジャスレイヤー作中では「ミーミー」としても表記される(邪竜ミーミーとはまた異なる)。

 ミームは「複製」され増殖する点で、生物やそれに近いものに見える。言語や文化といったものは、決して生物のような遺伝子を持つわけではないが、それを認識し伝達できる存在であれば、複製され、改良され、遺伝子のように広まっていくことができる。もっと直接的な例では、あなたがいわゆる不幸の手紙や、チェーンメールを受け取ったとしよう。そこには「これと同じ文面を○人に送れ(複製)」のような指示が記載されているはずである。また、文面が変化して送り先の人数が変わったり、内容が面白くなったようなものは、その後の増殖に差異が出るであろう。これは生物で言えば突然変異に相当する。

 ではニンジャという概念を、これらの生物(及びそれに近いもの)やミームと比較してみよう。ニンジャはインストラクションによって新たなニンジャを生む。これは増殖であるが、「自己複製」ではない。一方、ニンジャとて人間同様にスシを食べるなどの「代謝」は行う。当然、自己と他者の「境界」を持つ。

表1. 生物及び遺伝子で増殖する存在とミーム、そしてニンジャ
 ある生物を形作る遺伝子のセットであるゲノムと、それを内包する細胞が分裂増殖するというのが通常私たちが考える生物である。数少ない遺伝子で構成され、自身では増殖できない「ウイルス」や、ある生物のゲノム中を移動/増殖する利己的遺伝子である「トランスポゾン」など、遺伝子を単位としていても生物と呼べるかどうか微妙な存在も多い。これに対してミームは、遺伝子以外に個体から個体へと伝達複製される情報と考えられる。

 生物及びそれに類するものとミーム、そしてニンジャの違いを表1にまとめた。一見して分かるように、ミームはその増殖様式からしてウイルスやウイロイドに似ている。しかし、インストラクションというミーム的作用によって増殖するニンジャは、自己複製するわけではないという点でウイルスやミームとは大きく異なるのである。

ニンジャに似る増殖存在
 では、ミームそのものでは無いがミームによって増殖するというニンジャに類する存在は何があるだろうか。例えば吸血鬼などは、血を吸うことにより眷属を増やすという点で非常にニンジャに近いが、吸血鬼はフィクションの存在であり交配が可能か否かという点でも作品によって異なるので、以下では実在する例を挙げて検証してみたい。


図1. ニンジャと似た増殖形態をとる存在
 A.ニンジャは自己複製することはないが、インストラクションによって新たなニンジャを増やす。B.サムライアリは他種のアリにミーム的侵略を行い、自己の集団の一部とする。C.異常プリオンは元は同じタンパク質であった正常プリオンを異常プリオンへとコンフォメーションを変化させ、異常プリオンが増加する。D.修道士のように独身を貫くというミームを持つ人間は、生物学的な自己の複製を残すことはできなくとも、ミームを伝達して同様の存在を増やすことができる。

 さて、サムライアリはこれら一般的なアリとはさらに異なり、働きアリに至っても通常の労働を行わない。その代わりに彼らは、多種のアリの巣を襲撃し、他種の働きアリの蛹を攫ってくる。サムライアリの巣で育った他種の働きアリは、遺伝的に異なるサムライアリの女王のために労働し、寿命が来れば死ぬのである。

 このようなサムライアリの生態は、攫われてきた他種の働きアリに着目すると非常にニンジャ的と言えるのではないか(サムライなのにニンジャなのである)。他種の働きアリは、サムライアリの巣で育ち、サムライアリによってミームを伝達されることでサムライアリに尽くす一員となってしまうのである。彼らは自身の子孫を残すことはないが、彼らの労働によってサムライアリは生きながらえ、次のサムライアリコロニーを作り出すのである。相違点としては、ニンジャは自身の遺伝的複製を作ることはできないのに対して、サムライアリはあくまでサムライアリの女王が次代を生む点がある。ただし、サムライアリからのアナロジーで言うならば、ニンジャにも女王ニンジャと働きニンジャがおり、我々が観測可能なのは生殖できない働きニンジャのみであるという可能性は残る。

・プリオン
 プリオンは、牛海綿状脳症(BSE)やヒトのクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)の病原体として同定されたタンパク質である。プリオン自身は遺伝子を持たず、正常な哺乳動物の脳内にも存在するタンパク質であるが、その立体構造(フォールディング)には二種類あり、異常なフォールディングとなったプリオンは正常なプリオンと相互作用し、異常なフォールディングとしてしまう連鎖的反応を起こす。このフォールディングをミームと見なせば、プリオンはまさにミームの伝達により遺伝子によらず同類を増やす、ニンジャ的存在なのである。相違点としては、プリオンはニンジャのようにスシを食べない。すなわち代謝を行わない。

・修道士
 「利己的な遺伝子」の中でドーキンスが述べたところによれば、例えば修道士など宗教的理由で独身を貫くという遺伝子の自己増殖には明らかに不利な振る舞いであっても、「独身主義」というミームの視点では生殖に要する時間などをミーム伝達に充てられるために有利と考えることができる3)。この独身主義ミームは、ミーム伝達によって同類を増やしかつ宿主の遺伝的複製を阻害するという点で非常にニンジャ的である。相違点としては、独身主義になったところで身体に物理的変化が起こるわけではないし、修道士がモータルを搾取しているかというとそうは言い切れないであろう。

遺伝子媒介型とミーム媒介型の増殖存在
 ここまでの比較を元に、生物及びそれに類する存在とニンジャ及びそれに似た増殖様式の存在を分類してみたものが表2である。以降、これら増殖する存在を「増殖存在」と呼称する。

表2. 生物、ニンジャ、それに類するもの
増殖存在は遺伝子を媒介とするものとミームを媒介とするものに分けられる。さらにそれぞれを代謝の有無で分類すると、表のようになるであろう。

 まず、通常私たちが生物と認識している、遺伝子を媒介として増殖し、代謝を行う存在がある。これには単細胞生物、多細胞生物、当然ヒトなども含まれる。

 次に、遺伝子を媒介として増殖するが代謝を行わない存在である。これにはウイルス、ウイロイド、トランスポゾン、そしておそらくは利己的な遺伝子も含まれるであろう。

 ニンジャや修道士のような存在は、ミームを媒介として増殖しかつスシを食べるなどの代謝を行うものとして分類される。ただし、ニンジャは身体的強化を伴うという相違点は残る。

 最後に、ミームを媒介としかつ代謝を行わない存在である。これにはプリオンが含まれる。コンピュータウイルスをミームによって増殖する存在だとすれば、それらも含まれるであろうが、本稿では物理的実態を持つものを対象とするため省いた。

ミーム媒介型増殖存在への遺伝子的対抗策
 ここまでニンジャという存在の増殖形態の特殊性により、ミーム媒介型増殖物という分類を提起してきた。しかし、ニンジャがミーム媒介型かつ宿主の生殖能力を奪うという観点からは、例えばニンジャがインストラクションによってモータルからニンジャを生成してばかりいると、モータルが絶えてしまいどちらもが増殖できなくなるという可能性が考えられる。では、モータルのように遺伝子媒介型の生物がこれに対抗する術はあるのだろうか。その一つとして考えられるのが、ニンジャ・リアリティ・ショック(NRS)である。

 NRSとは、モータルがニンジャの驚異を目の当たりにした際に起こす精神的錯乱であり、失禁、嘔吐、転倒などの失調はもとより、記憶障害、発狂にまで至る例がある。ここで注目したいのは、作中でNRSの前提として、ニンジャへの恐怖が遺伝的に刻まれていると述べられていることである4)。

 では、種族的な捕食者とも言えるニンジャを前に、モータルが失禁、嘔吐、転倒など明らかに生存に不利と考えられる反応を起こすことには、何か遺伝的に有利な点があるのであろうか?単純に考えれば、このような症状で行動不能に陥った場合生存可能性が減少するため、むしろ症状に耐性を持ち、闘争か逃走かを選択するような遺伝子が残るとも考えられる。しかしながら、前項までに述べてきたようにニンジャとはミーム媒介型の存在なのである。モータルはインストラクションによってニンジャになりうる。そして、モータルがインストラクションを受けようと決意するのはどのような時であろうか?それはつまり、「ニンジャは超常的な力を持つ」「その力を自分も得たい」と思うことであろう。つまり、ニンジャがモータルにミームを伝えニンジャを増やすには、「ニンジャという存在を知る」「インストラクションを与える」という二段階のミーム伝達が必要なのである。このいずれかでも妨害することが出来れば、ニンジャの増殖可能性を減少させることで、モータルの増殖可能性は向上するのである。この妨害において、NRSはまさに記憶障害、精神的錯乱によってミームの伝達を阻害する。たとえそれによって殺されたとしても、ニンジャの存在を知りそれを周囲に伝えたり、まかり間違ってニンジャに成ることを目指すなどの可能性を減らすことが出来れば十分なのである(図2 AとB)。

図2. ミーム媒介型増殖に対抗する遺伝的・ミーム的手段
A.ニンジャがミームを媒介に増殖する存在であるとすると、モータルにとってニンジャのミームが伝達されることは自らの種族が減少し、捕食者が増加することにつながる。B.NRS(ニンジャ・リアリティ・ショック)が存在する場合、ミームの伝達先となったモータルは精神的ショックによりミームが不完全になる。あるいは生存行動が不能になるとしても、捕食者の増加を抑えられるため種としては有利になる。C.対抗ミームによりニンジャの実像を歪ませ、正確なミーム伝達のチャンスを減らすことでも、ニンジャの増加を抑えられる。

ミーム媒介型増殖存在へのミーム的対抗策
 ニンジャがミーム媒介型増殖存在だとして、その増殖に対抗する手段としてはミーム的なものも当然考えられる。前項で述べたように、「ニンジャという存在を知る」ことを妨害する、つまり「ニンジャとは架空の存在であり実在しない」というミームを広めたり、「ニンジャはニンポを使う」といった間違った情報のミームを広めるのである(図2 AとC)。こうしてニンジャという存在に対する誤解が広まった状態では、その実像を知ったり、インストラクションを受ける機会も相対的に減ることになるため、ニンジャの増殖を抑える効果があるであろう。いわゆる「立ち枯れの時代」、ニンジャの力が衰え数を減らした5)背景には、カブキやハイクといった対抗手段の他にも、上記のような遺伝的・ミーム的対抗があったのではないか。

おわりに
 本稿ではニンジャという存在と既存の生物の概念の差異から、これらを統一的に扱う「増殖存在」を仮定し、その中に遺伝子媒介型とミーム媒介型の二種を考えた。さらに、ミーム媒介型増殖存在であるニンジャに対して、遺伝的あるいはミーム的対抗手段が考えられ、遺伝的に発達した防御機構こそがNRSなのではないかという考え方を提起した。

 ミーム媒介型増殖存在として、ニンジャと修道士が似ているという結果は衝撃的である。一方で、この二種の単語から「ギルティ・オブ・ビーイング・ニンジャ」作中のニンジャ修道会6)という存在を思い起こされた方もおられよう。ニンジャと修道士が酷似した存在だからこそ、ニンジャ修道会が登場したのであろうか?この問いに関しては、YesでもありNoでもあると答えたい。確かに、遺伝子の媒介によらず、ミームの媒介で増殖するという点でニンジャと修道士は似ている。しかしながら、ニンジャ修道会の面々が得たものはゼンの境地でもブッダの境地でもなく、閉鎖空間においてもなおモータルを虐げていたのみであった。それは修道会という形をとってなお、ニンジャには根源的な暴力性があるのかもしれないし、ニンジャとモータルという圧倒的なカラテの差が生み出す歪みなのかもしれないが、このエピソードで描かれたニンジャ修道会の末路そのものが、両者が似て非なるものであることを示しているといえよう。

 また、NRSが遺伝的に獲得されたニンジャ対抗手段であった可能性、ニンジャ真実の隠蔽もニンジャのミーム伝達への対抗手段であった可能性、この二点からは容易に最悪の展開が予想されるであろう。何故ならば、既にニンジャ真実が明らかになってしまった時代においては、NRSにも耐性ができやすく、隠蔽も難しくなってくるからである。我々モータルは平安時代のように、ニンジャの増殖と暴威に怯えて生きなければならないのだろうか。「利己的な遺伝子」において、リチャード・ドーキンスはいささか楽観的な主張を述べている3)。遺伝子やミームといった自己複製子は、それ自身は思考することがないために、先見性を持たない。そこに我々人間が対抗しうるのだと。例えば、センセーショナルなデマはひととき世を賑わすことはあろう。しかし、我々にそれがデマであり、拡散してはならないものだと判断する能力さえあれば、それは防ぐことができるのである。ここで、第三部「レイズ・ザ・フラッグ・オブ・ヘイトレッド」のタニグチの主張を思い出していただきたい7)。

 タニグチは自身の「正しい考え」をリスナーに伝えるのではなく、自分の頭で考えるのだと繰り返す。なぜ自分の頭で考えることが重要なのか。それは、他人の考えたことをそのまま繰り返すだけでは、ミームやミームを媒介して増殖するニンジャに対して無力だからではないだろうか。ニンジャに対抗する力、それは我々自身が自分で考え、世にミームを送り出し、あるいは変化させること、そのものなのである。

参考文献
ブラッドレー・ボンド, フィリップ・N・モーゼズ(訳:本兌有, 杉ライカ). 「ニンジャスレイヤー」シリーズ
公式アカウント: @NJSLYR
ネオサイタマ電脳IRC空間: http://ninjaheads.hatenablog.jp
物理書籍公式サイト: http://ninjaslayer.jp
(以降本連載を出展とする場合@NJSLYRと略記する)
1)@NJSLYR: “ホワット・ア・ホリブル・ナイト・トゥ・ハヴ・ア・カラテ ”. 2013;#1:17他
2)@NJSLYR(リー・アラキ) : “ニンジャについて”. 2011
3)リチャード・ドーキンス. “利己的な遺伝子”. 1976
4)@NJSLYR: ”デッドムーン・オン・ザ・レッドスカイ”. 2011;#2
5)@NJSLYR: “ギルティ・オブ・ビーイング・ニンジャ ”. 2013;#7 6)@NJSLYR: “ギルティ・オブ・ビーイング・ニンジャ ”. 2013;#2
7)@NJSLYR: “レイズ・ザ・フラッグ・オブ・ヘイトレッド ”. 2014;#6

図表のイラスト素材:かわいいフリー素材集 いらすとや(http://www.irasutoya.com)より

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?