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【やが君二次創作】七海澪・お姉ちゃん奮闘記 "What will you be like tomorrow?"

「失礼しました。」
一礼して職員室を退出するのは遠見東高校生徒会長・七海澪。両手には大量の書類。文化祭の準備が本格化してきているのだ。
「七海さんはよく働くなあ。生徒会劇の準備も頑張ってるようだし。」
すれ違う教師が感心して声をかけると、生徒会長は柔らかな笑みを浮かべ、裏表なく答える。
「生徒会のみんなが、ほんとうによく頑張ってくれますから。」


高校2年、9月12日

「雪くーん……これなんだけどさ、」
生徒会室に入るとあたしは書類を押し付けにかかった。早速だけど、よく頑張ってもらおう。
「うまーく分担して、こう……なんとかしといてくんない?みんななら多分……きっと何とかなるから!それじゃ!」
書類を置いたあたしは踵を返し、出口へ向かう。流石雪くん、頼りになるねえ。
「待ってくれ澪、今日こそはお前にも書類仕事やってもらうからな!いつもいつも逃げやがって!」
「人聞き悪い!あたしも、書類……持って来たし?……そ、それ終わったら今日は上がっていいから!」
「おい待……走って逃げやがった!?」
雪くんや役員のみんなを残し、生徒会室を後にする。そりゃあ、丸投げは流石によくないよ?よくないんだけど……。やっぱり会長なんてガラじゃないんだよね。そういや朝は晴れてたけど、なんだか雲行きが怪しいんだよなあ……


「失礼しました。」
本日何度目かの職員室から退出。今日はこれでおしまい。職員室を出てきた先生があたしに声をかける。これも本日何度目か。
「お疲れさん。生徒会の書類の直してもらったとこ、全部七海さんの字になってたね。劇の打ち合わせもやってるのに、ホント頭が下がるなあ。」
なるほど先生ってのはよく見てるもんだ。(宿題みんなに手伝ってもらったのバレてないよね……?)あたしは苦笑いして、変にごまかさないで正直に返した。
「いえいえ、私なんて、役員のみんなに仕事を押し付けてのんきにしてるだけですから。」
苦笑い……だったと思うけど、みんながいつも助けてくれるのが嬉しくて、表情が緩んでたような気がする。

歩き去る先生に会釈して窓の外を見ると、あたしの表情はただの苦笑いに戻った。さっき降りだした雨がすっごい勢いになってる。傘なんか持ってきてないよ……。

先生とか、劇を手伝ってくれる文化部のみんなとか、対外的なやり取りは結局のところ会長のあたしが出向くのが早い。なんというか、そういう仕組みになってる。その分雑用を役員のみんなに押し付けるようになっちゃったけど、みんなが早く帰るにはそれがいちばんだった……たぶん。頭が下がるなあ……。

あたしの見立てじゃ生徒会のみんなは30分前にはあの書類を済ませて帰ってるだろうから、濡れずに駅や家まで行けたはず。個別に劇の打ち合わせをした部活のうち、美術部と文芸部も多分オーケー。手芸部は……今頃雨にふられてるだろうなあ。先生から突き返された書類を直してたら開始が遅くなってしまった。申し訳ない。

ちょっと外に出たくないくらいの雨が降り続く。夕立っぽいから少ししたら止みそうではあるけど、最近の天気ってわかんないからなあ……。どうしたもんか考えていると、廊下の端から声。
「澪、お疲れ様。」
あれれ、由里華だ。生徒会はとっくに帰ったと思ってたけど……
「ありがと、由里華。……もしかして、結構長引いちゃった?」
「大丈夫、みんなとっくに帰ってる。それより澪、傘ないんでしょう?折り畳みでよければ入ってく?」
「おお、ありがたいっ!もう雨がどんどんひどくなるもんだから困っ……て…………」
再び窓の外を見たあたしが言葉を途切れさせたのは、校門のあたりにちっちゃな人影が見えたから。
「……せっかくだけど、あたし行かなきゃ。気をつけて帰ってね。」
あたしの視線を追って外を見ていた由里華は、
「ふふ。じゃあね、澪。」
とだけ言った。あたしは駆け出した。


見間違えようがない。校門のところでキョロキョロ、モジモジしているのは7つ下の妹・燈子だ。70センチ以上もある、我が家でいちばんでっかい傘に両手でしがみついている。
「とーこ!」
あたしは昇降口を全速力で飛び出した。小学生が知らない人だらけの高校に来るのは、流石に怖いよね。それでも、とーこは校門まで来てくれた。それなら、校舎から校門まで行くのはあたしの役目だ。

たかが校門までの距離でも、結構濡れてしまった。そんなあたしを見て、とーこは申し訳なさそうな表情でアワアワしている。あたしは弾む息を抑えつけながら微笑み、声をかける。
「とーこ、私のこと迎えに来てくれたんだ、ありがとうね。」
「お姉ちゃん……。……あっ!…………」
とーこは何かに気づいた様子で、さらに青ざめ、アワアワしだした。
「どうしたの?」
「傘、1本しかもってきてない……私のばか…………」
とーこがしゅんとする。そういうことか。こんな時は、偽らざる本心ってやつを伝えてやればいい。
「うちで一番大きい傘、持って来てくれたんでしょう?助かったよ、とーこ。ありがとう。」
「お姉ちゃん……」
とーこが安堵の表情を浮かべる。
「帰ろう?とーこ。」
「……うん!」
目をキラキラさせたとーこから傘を受け取り、並んで歩きだした。

ふたりで1本の傘を差す、いわゆる相合傘。傘が1本しかないのがむしろ嬉しい。とーこはあたしの腕にぴったりくっついている。かわいい。掴まれたあたしの袖が濡れてるのが申し訳ないけどね。

信号待ちをしていると、とーこがハッと何かに気づき、言い募ってきた。
「お姉ちゃん、傘、私がもつ!お姉ちゃんにばっかりもってもらって、よくない!」
かわいい。けどそれは流石に……ねえ。
「ありがとう、でも大丈夫。私の方が背も高いし。」
「でもぉ……」
予想外。食い下がってきたか……あ、そうだ。あたしは空いてる方の手でとーこの手を取り、傘の取っ手のはしっこまで誘導した。
「じゃあ、これでどう?」
とーこの表情が明るくなる。信号が青になり、ふたりで傘を持って歩きだした。今日も我ながら冴えてるね。

「このあたりでちょっと休憩しようか。」
雨をしのげそうな屋根のある駄菓子屋を見つけ、あたしはとーこに提案した。高校は徒歩圏だけど、けっしてご近所じゃない。この雨の中ずっと歩かせるのもねえ。それに……
「もうちょっとしたら雨も弱まると思うから。」
とーことの幸せな帰り道、引き延ばしたい……っ!

屋根の下に入り、傘を置くと、あたしは鞄からタオルを取り出し、とーこの髪とか袖とかを拭いた。傘を差してても、この雨じゃ結構濡れちゃうもんだから。
「お姉ちゃんのほうがぬれてる!だめ!」
けなげ……すき……
「だーいじょうぶ。」
「だって、私が学校、こわくて入れなかったから……」
ああ、そんなこと。
「本当に大丈夫。とーこが来てくれて私、嬉しかった。」
偽らざる本心。
「…………ほんとう?よかった。」
とーこが安心したように微笑む。うんうん、このまましばらく……いや待て。あたしは、とーこがちょっと寒そうにしていることに今更気づいた。あたしとしたことが。
「とーこ、そろそろ行こうか。」
幸い雨の勢いが少し弱まっていた。傘をふたりで持ってまた歩き出す。あたしのばか。何が引き延ばしだ。とーこがカゼでも引いたらどうすんだ。

とーこが来てくれて、あたしは本当に嬉しかった。お母さんに頼まれたのかな?……そんなわけないか。お母さん今日もお仕事だから。あのタイミングで校門にいたってことは、雨が降り出してすぐ、でっかい傘をひっつかんで家を飛び出してきてくれたんだ。
「お?」
そんなことを考えているうちに、いつの間にか雨が止んでいた。でも黙っておこう。傘を下ろしちゃうのがなんかもったいない。とーこはまだ気づいてないかな?……そんなわけなかった。とーこの目の位置からは、あたしに見えてなかったものが見えてたから。
「お姉ちゃん、虹!」
意味を成してない傘をちょっとずらし、あたしもそれを見た。
「本当だ。綺麗だね、とーこ。」
少しゆっくりと歩く。とーこの横顔を覗く。天気はこのまま良くなるかな。明日はどんな日になるかな。生徒会劇はうまくいくかな。とーこはどんな風に、素敵に成長するかな。傘をふたりで持ったまま、あたしたちは家に帰りついた。


ちなみに、明日がどんな日になったかと言うと、朝から熱が出て、何とか平気な顔して学校へ行ったけど、一日中保健室で横になってた。とーこには内緒だ。


(What will you be like tomorrow? おわり)


【エピソード一覧とか】

【導入編】1. sister to bloom

【七海家訪問編】”fear of favor”

【夏休み宿題編】"priority"

【藤代書店編】"sight of YOU"

【醤油おつかい編】"999 hectopascal"

【前日譚・会長選】"For whom the flower blooms?"

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