読書会を再開します

3月の頭にこんなツイートをしました。

いろいろと手はずが整ったので、5月のゴールデンウィーク明けから始めたいと思っています。

--

今回の読書会でも思想・哲学寄りの本を扱おうと思っているのですが、こうした分野の本の読書会は、2009年の社会人になった直後から、2014年にぼくがアフリカに行くまで、約5年間続けていました。

ツイートにも書いた通り、当時はミシェル・フーコーやハンナ・アーレントなど、わりと重めの哲学書を読んだりしていたのですが、ぼくらの当時の問題意識は、

「日々の仕事に追われる中で忘れてしまったり、疎かにしてしまったりしがちな、学生時代に大切にしていたことを考える時間を、なんとか(半強制的に)確保したい」

というものでした。

当時社会人になったばかりで、周囲には似たような問題意識を抱えていた友人が少なからずおり、その友人がさらに友人を呼んだりしながら、毎回10名を少し超える位の参加者が集まっていました。

--

ここで言う「学生時代に大切にしていたこと」が、ぼくにとっては政治哲学・社会思想史の勉強でした。ぼくにとって思想・哲学は、「どのような社会があるべき社会(What)なのか」について、たくさんの示唆と考察を得られる分野です。

大学での勉強を通じてできるだけWhatをクリアにし、就職してからの最初の数年で「(Whatはいったん置いておいて)より効果的で、インパクトある形でWhatにアプローチする力(How)」を身につける。そしてその後、本当に自分が目指すところに向けて、最大限の成果を出せるようになりたい。

自分は当時そんな風にキャリアステップを考えていました。これはある意味、変に凝り固まった考えだったといまになると思うのですが・・・

いずれにせよ、こういう考えがあったために、新卒で戦略コンサルティング会社を選びました。

なので当初の入社理由は「Whatへ上手にアプローチする問題解決能力を身につける ≒ Howをみがくため」だった、と言っても過言ではありません。恥ずかしながら・・・

しかし、コンサルティングの仕事を始めてみて分かったのは、そもそもこの仕事自体が面白いこと、それなりに給与が良いこと、そして決定的なのが、本来自分がなにをやりたかったのか(自分にとってのWhatはなんだったのか)を簡単に忘れることができるくらい多忙なことでした。

この「Howに追われる中でWhatについて考えなくなってしまうこと」に対する恐怖感が、思想・哲学分野の読書会を始めた/続けた最大の理由だったと自分では理解しています。

(Howを通じてWhatが変わることは悪いことではないと思いますし、両者は相互に影響しあって然るべきものだと思うのですが、社会人になる前後ぐらいのときはかなりラディカルにその二つを切り離されたものだと考えていました。極端でした。)

--

コンサルティング会社を卒業したのち、その読書会には出なくなってしまいました。正確には、他の一部のメンバーでしばらくは続いていましたが、ぼく自身はやめてしまっていました。アフリカにいた2年は仕方ないにしても、本当は帰国したあとすぐに再開しても良かったはずなのですが。

「この頃にはしっかりとビジョンが構築できており、それに対しコンサルティング会社で磨いたスキルを用いてしっかりとアプローチできるようになったから」

と書ければとても格好がいいのですがそんなことは全くなく(笑)、一番大きな理由は、アフリカという地理的に離れたところに言って強制力が働かなくなったからかな、と思っています。

もしかしたらもっと原因は深刻で、好奇心が摩耗していたためだったかもしれませんが・・・(苦笑)

いずれにせよ、自分のビジョンを継続的にアップデートしたり、そのためにインプットをするということを、ストップしてしまっていました。

しかし近ごろ、ビジョンについて考えたりそのためにインプットをすることを、継続的にやっていきたいなと再び感じるようになりました。

これには、昨年の7月に自分で会社を始めたことが大きく影響しています。

--

アフリカでは、「病院のサービスの質が低いことで、かからなくてよい感染症や病気にかかって苦しんだり亡くなったりする人を減らすため」の医療衛生の事業にかかわっていました。

日本に戻ってからは、メンタルヘルスや発達障害、不登校・ひきこもりの問題に取り組む会社で働いていました。

どちらに所属していた時もそうなのですが、

「最後のひとりですら、後回しにされたり、疎外されたりしない社会をつくる」

というのが、ぼくの言葉で定義するぼくのビジョンでした。

(そもそもなぜこういう角度でビジョンを定義してきたのかについて話し出すと、社会福祉学の大学の先生だった父の話とか、大学時代に訪れたフィリピンの山奥やケニアのスラムの話とか、大島の知的障がい者の施設の話とか、とにかく長くなりそうなので、今回は省略します)

こうした形で定義していたビジョンですが、上に書いた通り去年から自分で事業をつくろうと動いたり考えたりしている中で、

「もう少し解像度をあげられないかな」

「『最後のひとり』って、どういう風に定義されるべきなのかな」

「そもそも、社会とは?」

と、いろんな観点でもう少し突き詰めて考えたいな、その方が長期的にも自分にとって良さそうだな、と思うようになりました。

当然、これらを考えること自体は売上や利益を生むわけではないのですが、自分の納得感のためにももう一度、時間を取りながら勉強したい。

これが、読書会を再開しようと考えた理由です。

--

上記のようにやや私的な理由で再開する読書会なのですが、同じような問題意識をもってくれている方に集まってもらえるとうれしいなと思っています。

関心があると連絡をくれた方が既に20名近くおり、少し驚いているのですが、一部の方から「なぜ読書会をやりたいと考えたのか」「どういう読書会なのか」を教えてほしいとリクエストを受け、これはたしかに説明する必要があるだろうと思い、このnoteを書いた次第です。

話題のビジネス書を読む勉強会ではありません。明日から役に立つ知識を仕入れる場でもありません。

それでも、「社会の在り方や構造」もしくは「あるべき姿」について、ちょっと日常から距離のある本を読んだり、議論をするのに適した場にしていきたいな、と思っています。

関心がある方は、ぜひnoteなり、TwitterなりでDMを頂ければと思います。ブックリストなど、詳細をお送りしますので。

月に1回、オフラインでの開催になりますが、まずは半年続けてみたいなと考えていますので、どうぞよろしくお願いいたします。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

10

森本真輔

株式会社ソシエテ代表。 東大教養学部(国際関係論)を卒業後、戦略コンサル(NRI、ローランド・ベルガー)、サラヤ・イースト・アフリカ現地代表、キズキの共同経営者を経て現職。 趣味はサッカー(クラブユース出身)、旅行(50ヵ国超え)、読書(月5冊)、映画(月2本)、コーヒー(毎日)

雑感・時事

身の回りで起こったことについて書く場です。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。