なろう系文体および異世界転生の定着経緯


・なろう系とは

 いわゆる「なろう系」とは、小説投稿サイト「小説家になろう」の投稿小説群を中心として発展したスタイルであり、ネット小説から、商業出版、コミカライズ、アニメ化等の派生作品までを含むものである。

「なろう系」については、様々な種類のものがあり、現在も増え続けているが、少なくともある時期において、異世界転生と呼ばれるジャンルが支配的であったと言えるだろう。

 特に、現在、漫画化・アニメ化されてる作品では、異世界転生率が非常に高い。漫画でも、ラノベでも、流行り物が席巻するのは世の常だが、にしても、多いんじゃないか、と感じるだろう(比較調査のデータが必要なところだが、とりあえず流してほしい)。
 また、いわゆる、なろう系の文体においても、間接的な描写がなく、説明的な、そっけない文章が続いており、大衆文学、娯楽小説の中でも、その傾向が強い(と思う)。

 こうしたジャンルの集中および、文体は、どのように生まれたのか、について、仮説を述べる。

 以下、かなりの単純化と主観、偏見、データが欠落したままの断定などが多く、「おおざっぱにそんなことがいえなくもないのではないか」くらいで読んでいただけるとありがたい。さらなる研究を待ちつつ。

・「小説家になろう」と分量


「小説家になろう」は、ランキングつきの、小説投稿サイトである。ランキング自体には賞金・賞品があるわけではないが、ランキングを目指す作家も数多いことは間違いない。後にランキング上位が、実際に商業出版されることが増え、この傾向は加速した。

 結果、「ランキング上位を取ることに特化した文章・文体」が、切磋琢磨される環境であると言っていいだろう。

 ランキング上位を取る方法は、実際に、なろう作家陣によって研究が進んでいる。
 基本的には、露出が多いほうが望ましいので、できるだけ頻繁な更新が望ましい。実際、多くの、なろう小説は、日刊もしくは、それ以上で書かれている。
 日刊が望ましいと言われても、読む側も長文を毎日読むのは大変であり、また、ウェブサイトである以上、携帯・スマホで読まれることが多いため、一度の更新料は、ほどほどであることが望ましい。

 ランキング上位を取るために、「毎日更新」「一度の量は、ほどほど」が、なろう小説に求められるクオリティである。

※何度も繰り返すが、非常に単純化した話であり、そういう淘汰圧がある、くらいの話である。

 このあたり、新聞連載小説などと共通項が多い(ただし、新聞連載小説には、ランキングによる競争はない)

・「小説家になろう」と双方向性

「小説家になろう」においては、連載中の作品に、読者は批評・感想を投稿することができる。従来の書籍では感想は作品全体につく場合が多いが、ここでは、更新される度に、今回の話数は、ここがよかった、ここが気になる、と言ったコメントがつく(この状況を追認するように、2019/11/06に、システムが変わり、感想に、どの話数かのタグがつけられるようになった)。

「活動報告」という、作者の近況や進捗状況を述べる機能もあるが、ここは記事に作者・読者ともコメントを載せることができるので、読者と対話したり、読者から意見を応募したりする作者もいる。

そうした作者の反応もコミで、読者はブックマークしたり、評価を投稿し、それがランキングに反映されるわけで、こうした環境では、リアルタイムで読者の意見を柔軟に受け入れる姿勢がランキングを取る上で重要になってくる。

※完成した作品を前提として、作者と読者を峻別する従来の小説と比較して、この点は非常に大きい。「なろう系」とは、「読者参加企画」や「TRPG」、あるいは、「炉端での昔話」にも近いジャンルであると言っていいだろう。

・文体


 一般的な書き下ろし小説の場合、始めから終わりまで全体を通しての構成の完成度が評価に影響しやすい。

 一方、なろう系小説は、前述の理由から、全体の構成よりかは、各話単位で、読めることが求められる。また双方向性により、構成の柔軟性が求められる。端的に言えば「このキャラ、思ったより受けてるから、メインに昇格させよう」といったものである。

 理論的には、連続短編小説的な形で、一般的な小説文体と、各話で読めることと、読者の意見を聞きつつ毎日の投稿を両立させることはできる。
 とはいえ、非常に高い技巧を要し、現実的でない、と言っていいだろう。

 双方向性により、読者と作者の距離が近い「小説家になろう」において、読者は自分も作者になりたい、という夢を持っており、「自分でも書けそうな」小説は好感度が高い、という面もある。

 では、逆に、それほどの技巧もなく、毎日更新できて、かつ、短い分量で、それなりに面白い文体とはどういうものだろうか?

・ゲーム攻略日記


「小説家になろう」が躍進し、商業化がされるきっかけとなった作品の一つに「異世界迷宮で奴隷ハーレムを」(商業タイトルは「異世界迷宮でハーレムを」)がある。

※他にもキーとなる作品は幾つかあるが、とりあえず、単純化して説明する。

 この作品、自分が考えるには「ゲーム攻略日記」ブログに近い。
 今日は、ダンジョンの何階まで潜った、レベルアップして、スキルを取った。パーティが増えた。エロいことをした。

 ゲーム攻略ブログって、別に作ったような、すごいドラマとかがあるわけではないけど、なんとなく淡々と読んでしまうことってありません?

 謎が謎を呼び、スリルとサスペンスで先が気になる、すごく泣ける……といった話ではないが、一日一話くらい読む分には、すいすい読めるし、そこそこ楽しい。癖のなさが癖になる。だから、大勢が読む(ブックマークする)し、ランキングがとれる。

 説明の都合上、従来の小説としては劣るとされる面を強調しているが、もちろん「ゲーム攻略日記」にも面白さや技巧はある。個人的には非常に面白く、一時期、はまっていた。また、そういう境地・文体を切り拓いたことは、非常に画期的であり、数多くの追随作を生むことになる。

・二次創作性と量の原理

 追随するのもいいんだが、もう少し、オリジナリティはないのか?という疑問はあるだろう。

 もちろん、どんなジャンルにも流行はあるし、なろう作品にもオリジナリティはあるし、のだが、「さすがに異世界転生おおすぎねえか?」という疑問は、あるだろう。

「小説家になろう」というサイトは、量の原理が強く働いていることから、これは説明できると思う。

「小説家になろう」というサイトは、誰でも投稿・発表できるサイトで玉石混淆である。
 単純に考えると、作品を指導したり選別したりする編集者の存在する、新人賞などのほうが面白くなりそうなものである。

 では、「小説家になろう」が、ラノベ新人賞より優れている点は何か?
 量と速度である。
「小説家になろう」は、恐るべき数の作品が投稿されており、ランキングによって、一日単位の人気が分かる。
 大量の作品が、高速にランキングされ、それを見て、さらに次の作品が投稿される。このサイクルが早いほど、「なろう系」は面白くなる。

 逆に言うと、「練りに練った作品」よりも「雑だけど、とりあえず投稿」する人が多いほうが、「小説家になろう」というサイト全体としては、良い理屈になる。

 その意味、異世界転生系というのは、とにかく書きやすいフォーマットであった。ゲーム日記文体の書きやすさに加えて、「ドラクエみたいな感じの冒険者ギルドのあるファンタジー世界」というのは、一種のフォーマット、二次創作として、敷居を下げる働きがあり、「あれなら俺でも書ける!」と思う人が続出し、実際に書いた。


 これは読む側にも言える。自分は一時期、数十の連載をブックマークして読んでいたが、こうなってくると、あまりオリジナリティのある作品は、記憶するのが辛くなる。いつものテンプレ異世界転生に、1要素オリジナル、くらいのほうが読みやすいのだ。

 異世界転生系の発想の元となった、実際のCRPGやMMORPGのプレイ経験が生かされた作品もあるが、読者も作者も、それほどCRPG、MMORPGに思い入れがないほうが多数と言って良いだろう。結果、「なろう系異世界」は、おおもとのMMORPG等とも、似て非なるものとして、一般化していった。

 逆を言えば、ほとんどの作者にとっては、「異世界転生」である必要はないとも言える。「異世界迷宮で奴隷ハーレムを」他の代わりに、別の作品がフォーマットを作っていれば、そのジャンルが、大量発生していたかもしれない。

 こうした諸条件によて、「小説家になろう」というサイトでは、異世界転生系作品が数多く生まれ、それらが、ランキングにより、文字通り、一日単位で、切磋琢磨、世代交代をすることで、進化していった。

そうした進化の中、なろう系、異世界作品も多様化を遂げている。

初期の異世界転生系といえば「チーレム」と言われる通り、チートと言われる特殊能力を授かった主人公が、快進撃をしつつ、様々なヒロインを従えてハーレムを作るというタイプが主流であったが、スローライフ系、悪役令嬢他、様々なサブジャンルが生じている。

※このあたり、テンプレの共有がなろう系の強みであると書いた点と矛盾するようだが、完全に同じものは、やはり飽きられるので、共通点を残しながら、流行は移ろってゆく。多様化の果てに、「なろう系」という括りが、今後、拡散するかもしれないし、しないかもしれない。「なろう系」というのは、現在進行形のスタイルであり、完全に定まったものではないのだ。

・メディアミックス


「小説家になろう」が、大きなヒット数を集めるようになると、これを商業出版したり、各種メディア化したりする機会が増え出す。

 さて、これまで、異世界転生および、なろう系文体は、「小説家になろう」というサイトに特化したものであるという議論をしてきた。
 では、それらを、一般的な書籍の形で出版したら、面白くないのではないか、という議論はできるだろう。

 自分の意見は、そうでもあり、そうでもない、といったものである。

 まず、淡泊なゲーム攻略日記として始まった、なろう系小説も、量による切磋琢磨を遂げる内に、様々に強化されていった。全体としての構成に凝ったもの、ドラマ性の強い作品も現れた。
 これらは、書籍として読んだ場合でも、優れた性質である。

 加えて、なろう系作品も、商業化される際は、大なり小なりリライトされており、書籍として楽しめる工夫が増えている。漫画化、アニメ化する際には、そうした再構築は、さらに大規模なものとなる。

 そもそも、多くのラノベ読者や、新規読者において、なろう系の、説明的な文体は読みやすく、それはそれで受け入れられたという点も大きいだろう。

 これらが、凋落傾向にある、電撃文庫他の従来のラノベに取って代わった故の成功と言えるだろう。

 もちろん、なろう系作品も増えてくると、全部成功とはいかず、「さすがに異世界転生系多すぎて売れないよ」という声もあり、その一方で、「小説家になろう」サイトから、少し遅れて、商業小説でも、サブジャンルの多様化が進行している。漫画やアニメの場合、成功した小説の上澄みから作られる関係上、市場の影響には、さらに時間差がある。これらは、2019年現在、まだ、異世界系チーレム系が強いが、時間の問題で移り変わるかもしれない。

・まとめ

「小説家になろう」というサイトのランキングおよびコメントシステムによって、なろう文体は形成された。
 それは「数の原理」と「双方向性」を前提とし、一度生まれた異世界転生というフォーマットが広く共有されることを導いた。

 話の都合上、なろう系作品が発展した時の共通部分を中心に書いたが、なろう系が人気を得るほどに、当然ながらオリジナリティのある作品も増え、多様性が増していった。2019年現在の、なろう系作品の説明としては大きく不十分であることを、ご理解いただきたい。

・追記

 筆者の、なろう体験が、「異世界迷宮で奴隷ハーレムを」が人気が出た2012年頃からであり、それ以前、また、最近の動向については、曖昧な点が多い。

 コメント欄でも指摘をいただいたが、「異世界転生して神様にチートをもらって無双」といったテンプレについては、「小説家になろう」以前の、二次創作系SS文化に端を発していると聞く。

参考:http://katoyuu.hatenablog.jp/entry/reincarnationtruck

このへんは、筆者は未体験で調査が大変なところなので、識者の意見を待ちたい。

・追記2

「「小説家になろう」と双方向性」のところで、不正確な記述が多かったので、修正しました。救空【スクエア】さん、ご指摘ありがとうございました。

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