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重荷に感じた時は少し休んでみるほうが良いというシグナルかも

noteでもランニングやトレーニング、勉強や遊びでも。それを続けている限り際限なくどこまでも意欲高く元気にやれる人って多くはないと思うんですよね。

そんな風に思ったことないよ、という人は回れ右で去るのではなく、こういう考え方もあるんだなー程度にお読み頂ければ(笑)

中にはそういう人も居て飽きもせず、常人とはかけ離れた感じでがんがん行ける&行き続ける人も居られます。そういう人には確かに時短や働き方改革などによる制限は不要どころか悪しき風潮と言えるかもしれません。

でもそういう人は一握りだし、特別で。

そういう人はそれなら個人で活動しても良いと思うし、組織から離れたところでの活動を増やしていくのも良いですよね。特に今はそういうのがやりやすいし。

ただ一所でそれをやる、その風潮を妨げられると大多数の人は困るんですよね。そうそうに延々と意欲は保てないし、休み無くトレーニングでもなんでもこなしていたら無理が出る。バーンアウトするし、身体が保たない。


だから重荷に感じた時、ちょっと無理だなと思う時は休んでも良いし、むしろ休むべきシグナルかもしれないというのはよく考えておいた方が良いですよね。それが広義の意味でのリスクマネジメントでもある訳で。

無理し続けて行っている事業、仕事、活動はやはりどこかで品質が落ちると思うし、質量ともに下がっていくのではないかと思います。

そうならないよう、どこかで線引きと「勇気ある休養」を取る必要があります。周りがやっているとキツいんですよね。自分だけが取り残されたような気になる。

でも実際は同一人物の行動を分析したら見えてくると思うのですが、大抵はどこかで休んでいるはず。個が集合し、居もしない架空の人物がみえちゃっているから「休まない超人」という幻想が登場しちゃうんじゃないでしょうか?


あの人もこの人も投稿している→だから誰も休んでいないように見える。

個々には不定期の投稿なのにタイムラインには誰かの投稿が常に表示されるから自分との比較で自分「だけ」が休んでいる、意欲が落ちているように見えたりする。自己肯定感を毀損する。

そうではないんですよね。

その辺を冷静に分析できるならどんどんフォローし、情報も追いかけても大丈夫。自分の活動も可能性を信じてがんがん攻めても良さそうです。

だけど、そう思えないなら一人一人のクリエイターの投稿を確認してみては如何でしょう?もちろん中には毎日投稿&重厚なnoteを生産し続けている人も居るでしょうけど、大抵はどこかでクオリティが下がっているか、途切れ途切れだったりしますよね。

濃厚な、専門だらけではなく、エッセイのような、肉まんうまいのようなnoteが挟まれたものも多いはず(神屋のnoteもそういう雑多系です)


だから色々工夫したり、検討、思考していくのは素晴らしいことですが、あまりに重く感じはじめたら。重荷を背負っている気分になったら、一度その荷物をおろしてみては如何でしょう?

背中が軽く、気持ちも軽やかになればまた荷物を背負う気にもなるし、そもそもその荷物を持たずに軽やかに進んでいくことが出来るかもしれません。

いつのまにやら荷物が増えていくのも人の性かもしれませんが、当面は軽いですよね。重くなったらまた違う手でいく。

自分なりの良い手を生み出し、ペースを作っていくことは大切ですよね。

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