妹を何度も泣かしたコト

エモの研究 その6

まとめ:悲しみの正体とは「物事が失われたときに感じる感情」というのが、僕の仮説です。正確に書くと、「モノ·コトへの期待値に対する負のフィードバック」になる。


ここまでは話をシンプルにするため、モノの喪失について考えてきました。
(あらゆるモノにはコトが付随するから、正確にはモノ・コトの喪失である)

でも、コトがそのまま失われることはままあります。
ままある、というか、悲しみの多くは、重軽濃淡あるコトの喪失によって埋め尽くされています。

●誰かに嫌われること

実はというか、まあ、そりゃそうだという感じだけど、誰かに嫌われることは、非常にオーソドックスかつシリアスな悲しみの源泉です。

恋愛の話にからめるとややこしくなるので、シンプルな例をあげます。
他人の話もそれなりに聞いたのですが、それはおいおい書くとして、まずは我が身を切りたいと思います、ってほどのことでもないけども。

この童謡をご存知だろうか。NHKみんなのうたの昔の定番楽曲である。
(いま歌い手が工藤夕貴であることに気づいて動揺している…)

サビが酷い。

ケンちゃんなんか きらいだよ
もう遊んで やんないからね

この耳に残るサビが一曲の中で5度繰り返される。
たいへんなヘイトスピーチ、いやヘイトアンセムだ。
(3番のオチで「ケンちゃん いちばん 好きなんだ」とひっくり返すんだけど、時すでに遅しである)

子供たちは、「ケンちゃん」の箇所を、ヘイトの対象の名前にして歌う。
もう小さい子は効果テキメンで泣き出す。
本当に悲しい気持ちになって泣いてしまう。

僕は昔、よくこの歌を歌って妹を泣かした。

妹も、最初は我慢をしているのだが、いつも最終的にはこらえきれず泣いた。
どんな状況でもしまいには泣くこと、そして、こいつボクに嫌われると泣いちゃうんだなとおもって、それがなんだか胸のすく思いがして、何度も泣かした。小学校に上る前ぐらいまではたまにやっていた気がする。

妹は、2つ上のにくたらしい兄に特に好いてほしいとは思ってなかったはずだ。でも、まさか嫌われるとは思っていなかった。

むしろ兄に嫌われているというより、世界中に嫌われている気がしてきて、わけもなく悲しかっただろう。
他人を含む外の世界が、まさか自分を拒絶するなんて知らなかった幼子である。この耳に残るフレーズは、たやすく幼い妹の期待、つまり世界への愛着や信頼を引き剥がした。

この手の悲しみを回避するのは、大人でも結構難しい。
多くの著者がエゴサで重いダメージをくらうのは、見知らぬ人のヘイトでも、その拒絶が、自分の期待する世界に、鋭角に切り込む負のフィードバック(それが、悲しみ!)であるからだ。

ヘイトから無傷でいるにはそうとうタフにならないといけない。
他人の言葉なんて、チリほどの価値もないと、他人への期待を下げるか、自分みたいなゴミ野郎は、世界中に嫌われていると自分への期待を下げるしかない。どちらにしても擦れっ枯らしの侘しい道行きである。


しかし、いまこうして思い返すと怒りすら湧いてきますね、ガキの自分に。
過去に戻って、サビの数だけゲンコツをかましてやりたい。
(まあ、バレたときは母親にこっぴどく叱られましたが)

ちなみにそんなことばかりしていたわけでもなく、そこそこ仲いい兄妹で、今もわりと仲いいです。


●大好きなバンドが解散したとき

次にいくつかのコトが積み重なる例を。

cakesで、樋口毅宏さんの「青春の終わりとは大好きなバンドが解散することである」というコラムを担当させてもらっています。

この表現は、樋口さんの怪作にして名著『日本のセックス』を皮切りに登場する表現で、あのなんとも言えない悲しさを一言でとらえたリリカルなフレーズです。


まずバンドというのは、実存しているが、解散したからって、モノはなくならない。
バンドとは、組織であり、機能であり、象徴とかだ。

メンバーがこの世からいなくなるわけではないし、もちろん楽曲がなくなるわけではない。
ていうか、新曲だってこのところあまり発表していなかったし、ライブもしばらく行ってない(とする)。

お気に入りのバンドに僕らは何を期待していたか。
彼らの歌は、僕らをノセてくれた。
クソみたいな時代を切り裂き、アホな僕らをどやし、甘やかし、背中を押してくれた。ステージの上で輝いて、陶酔と幻想を与えてくれた。

バンドが解散するということは、多くの場合、未来の喪失である。
端的に少なくともそのバンドの活動は停止し、未来が失われた。
新曲はもう発表されることもないし、ライブで目にすることもない。
彼らの新しい曲に励まされながら、ともに時代を生き延びることはない。
そして、彼らにも歳を感じ、時代の変化を感じ、聞き手自身も老いを感じる。

それを樋口さんは「青春が終わる」と一言で表現したのであります。
秀逸だよ。作家かよ。(作家です)


とまあ、2つ例をあげたが、この定義でいろいろなコトが説明できます。

受験に失敗して悲しいときは、憧れのキャンパスライフや親の期待を失ったり、上司や先輩に叱られて悲しいときは、信頼やできる自分のセルフイメージを損なったりしている。
その悲しみの深さは自身の期待に比する。

ただ、コトの喪失の場合は共通体験が同じでも、人によって、期待が千差万別なので、一緒くたに語りづらいんですな。


次回は、「ブレードランナー2049」と「わたしを離さないで」をモチーフに、コトの喪失のディープなところを考えみたい気持ち。
でも、ちょっとネタが大きく、書ききれるか心配な気持ち。

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yoichi nakajima

編集者。papyrus→cakes→NewsPicks. 「やせた?」と100万回ぐらい言われてますが、体重変動はほぼありません。

エモの研究

悲しみとはなにかなど、感情について考えます。
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